表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/101

第3話 目が覚めたら虎男でした

 目の前には死体がある。おそらくは、アオが殺してしまった、ゴブリンもどきたちの死体が。


「う、うげぇ。がはっ! おえっ! がはっ!」


 胃の中のものを吐き出していた。涙目になって口をぬぐいながら、アオはなんとか死体を見下ろした。そして手を見てぎょっとなる。腕に、何か靄のようなものがまとわりついているのだ。それは、手を振り払っても振り払ってもも取れなかった。あまりのしつこさに、アオは靄が着くのをあきらめてしまう。


 死体をもう一度見てごくりとつばを飲んだ。


 生き物を殺してしまったかもしれない。殺してしまったからには責任をとらなければならない。どうやって自首しようか。警察に行けばいいかと考えて、そっと視線をさまよわせた。


「おい見ろよ! この卵みたいなやつ、なんかいつもと違くね?」

「まじだな! おいおい! これレアイベントじゃね? お宝とかあるかもだぜ!」


 外からそんな声が聞こえてきた。誰かが話しているのだ。久しぶりに日本語を聞いたのに、アオはきょろきょろとあたりを見回してしまう。


 こんなシーンを見られるなんて。でも言葉が通じる! 事情を話して相談できる! 意思疎通すれば、これからどうすれば分かるはずだ。


「おっ。やっぱりここから入れるじゃん! よっとっと」


 ゴブリンもどきたちが入ってきた隙間から少年たちが次々と滑り込んできた。


 少年たちは奇妙な格好をしていた。先頭の少年は皮の鎧のようなものを着ていて、腰には剣を佩いている。全身鎧と槍を持った重戦士のような少年もいるし、身の丈ほどの杖とローブを纏った聖職者のような少女もいた。魔術師のような恰好をした男女もいて、みんなファンタジー世界の住人のような出で立ちだった。コスプレをしているようにも見えるが、身に着けている装備は、なんというか本物感があった。


 しかも、6人からすべて、嫌な気配がする。ゴブリンもどきと同じような、そうでないような・・・。一人一人違ってはいるものの、気配は異様だった。匂いも何だが気に障る。


「が、がう?」

「ああー! レアモンスター発見!」


 最初に入ってきた少年に指さされ、アオは手で顔を手で隠してしまう。


「見ろよ! レアモンスターだぜ! こいつぁ、ポイントもオラムも期待できるんじゃね? 確か第2階層に行った奴が自慢してたよな? レアモン倒したって!」

「慌てないで! あいつ、第1形態かもしれないでしょ! まずはちゃんと調べないと! エミ!」

「ええ! えっと、えっと・・・。これで!」


 エミと呼ばれた少女がアオにスマホのような端末をかざした。写真を撮るようにカメラを向けているのか。アオは思わず手で顔を隠すことしかできない。


「えっと、アンノウン? 正体不明ってことじゃない! 少なくとも第1形態ではなさそうね」


 少女の言葉に、全員の目が好戦的に輝いた。少年たちが戦闘態勢に入ったのが分かり、アオは思わず距離を取ってしまう。


「おい! 見ろよ! これ、死体じゃね?」

「死体なんて初めて見たよ。そう言えば同士討ちで死んだ魔物は死体が残るっていうけど、まさか!」


 そう言って、皮の鎧を着た少年が剣で死体をつついた。すると、予想外のことが起こった。ゴブリンの死体が光に包まれて消えてしまったのだ! 後に残ったのは、金貨となにかの結晶のようなものだけだった。


 そしてさらに、金貨と結晶が輝きだして粒子に変わる。その粒子は少年のズボンへと吸い込まれていった。


「お、おい! なんだ、それ!」

「ちょっと待ってくれ! 確認してみる!」


 少年はズボンのポケットをまさぐると、スマホのような携帯端末を取り出した。そして画面を確認すると、驚いたように周りの男たちを見回した。


「ポイントが20と、1000オラムって・・・。これってゴブリンの経験値だよな? 死体をつついたら経験値が全部入ったってこと?」

「うひょー! まじかよ! 分配されずに全部入るんだ! へへっ! いただきだ!」


 鎧を着た少年がうれしそうにゴブリンの死体を槍でつついた。芸能人のように顔が整った少年だったが、嫌らしい笑いが台無しにしている。少年がつつくと、ゴブリンの死体はさっきのように光り輝き、粒子がポケットへと吸い込まれていった。


「あ! バカ! お前が取ってどうすんだよ! 経験が得にくいエミに渡さなきゃだろ!」

「早いもん勝ちだろう! こんなチャンス、めったにないんだからな!」


 そう言うと、鎧の少年は残りの死体もつついた。


 得意げに微笑む鎧の少年に不満げに頬を膨らませる少女たち。アオにはよく分からなかったが、この一件で少年たちに亀裂が入ったように見えた。


「お前! 何考えているんだ!」

「へへっ。いいじゃねえか。そこのレアモンスターを倒せば、もっとすんごい経験値が得られるかもしんねえぞ」


 鎧の少年が気を反らすようにアオを見た。アオはターゲットが自分になったことに気づいて顔を青くした。


「が、がう? がう! がう!」

「へへっ! ラッキーだな! 塔に入ったなり経験値をゲットできて、レアモンスターを見つけられるなんてよ。こいつを狩れば、どれだけの経験値が得られるかな?」


 鎧の少年が舌なめずりしている。嬉しそうに笑うその顔に、アオは怯えて後ずさってしまう。


「ちっ! 今回のことはまたは後で話させてもらうぜ! 逃げられる前に、このアンノウンを仕留めてしまおう」

「ジョージ! 覚えときな! 一人だけ第5形態だからって調子に乗りすぎ! このレアモンを倒した後で説教してやる!」


 少年たちの敵意がアオに集中していた。自分が獲物になったことを感じ取って、アオはごくりとつばを飲んだ。


「しゃあ! 死ねや!」


 少年が、槍を構えて突撃してくる。一瞬だけ彼の全身が光った気がした。まだ若いこの少年が放ったとは思えない、鋭い突きだ。その瞬間、世界が何か悲鳴を上げた気がした。少年に嫌な気配を感じながらも、アオはその一撃をなんとか躱した。


「ちっ! これで!」


 また光があった。それまで黙っていた少女が杖をアオに向けてきた。そして悲鳴のような音とともに杖先からボーリングの弾くらいの大きさの火の玉が出現した。少女が杖を振ると、火の玉がアオに向かって突き進んできた。


「あ、あう! あおお!」


 避ける暇なんてなかった。火の玉は、直撃すると火柱に変ってアオの全身を焼いた。

 

「ちっ! 結局お前がレアモン倒すのかよ。これだからいいアビリティをもらったやつは」

「ふん! あたしのアビリティなんてレアでもなんでもないってけなしていたくせに! 決定力があるのは大事なんだよ!」


 声が聞こえる間も火はアオを焼いていく。


 熱い。苦しい。なんで俺が、こんな目にあわされているんだ!


「ごあああああああああああああ!」


 アオは叫んだ。同時に、全身から放出された何かが、火を弾き飛ばしていく。その様子を、少女たちが息をのんで見つめていた。


「う、うそ! あたしの『溶炎』が、あっさりかき消されたってこと?」


 火の玉を放った少女は茫然とした様子だった。そんな彼女を睨みつけるアオ。少女をかばうように、最初に部屋に入ってきた少年が剣を構えた。


「レアモンスターだぞ! 簡単に倒せるわけはないだろう! 落ち着いて、全員で仕留めるぞ!」

「ちっ! しょうがないな。やるぞ!」


 少年たちは本格的に攻撃してくるつもりのようだ。


 アオも、怒りで我を忘れそうだった。こっちは何もしていないのに、勝手にレアモンスター扱いされた。槍で突かれそうになるし、しかも火の玉まで当てられた。


 こんなの、許せるわけはない!


「がああああああああああああああああああ!」


 叫んだ。そして怒りとともに体が勝手に一歩を踏み出した。さっきと同じように、虎のフィジカルを活かして襲いかかろうとするが・・・。


 ふと、さっきのゴブリンもどきたちの死体が頭を過ぎった。


 あの時と同じように怒りが込みあがってくる。死体は消えたけど、でも殺したことを後悔したばかりだ。このまま怒りのまま体を任せれば、日本語を話すこの少年たちを殺してしまうことにもなりかねない。


 無抵抗なこちらに攻撃したことに、怒りを覚えないわけじゃない。武器で攻撃されたことも、火をつけられたことにも腹が立たないわけじゃない。


 でも、だからと言って怒りに任せて攻撃するのは違う。もし、彼らを殺してしまったなら、アオはきっとものすごく後悔してしまうだろう。


「ぐるるるる」


 猫背になって、上目づかいで男たちを睨みつけた。アオの剣幕に、さすがの男たちも緊張しているようだった。


「ぐおおおおおおおおおおお!」


 アオが飛び掛かり、鎧の男に張り手をかました。男に触った瞬間、何かを打ち破った気がしたが、アオは手のひらで突き飛ばすことができた。そして、その勢いのまま、男たちが入ってきた入り口めがけて駆け出した!


「あ! 待てよ! 逃げんのかよ!」

「くそっ! 障壁が破られた? あの一瞬でかよ!?」


 叫ぶ男たちの声を背中で聞きながら、アオは素早くその場を離れていくのだった。



◆◆◆◆



 どこをどう走ったのかは分からない。気が付けばアオは森の中にいて、草をかき分けながら進んでいた。


「が、がう・・・」


 アオは混乱していた。起きたらしゃべれなくなって、ゴブリンもどきたちを殺してしまったかたと思ったら日本語を話す少年たちにいきなり攻撃された。


 なにより気になったのが、アオの体だった。


 服一つない素っ裸の姿だった。と言っても肌は見えない。体中に長い体毛が生えているようで、それが素肌を覆い隠している。


 はじめは、着ぐるみでも来ているのかと思った。でも、毛を引っ張ると痛いし、その部分の皮膚ごと引っ張られるのだ。


「がう・・・」


 気になるのは場所もだった。少年たちは塔に入ってすぐと言っていたがそんなふうには見えない。道があって、草があって、木々もある。空には太陽もあって、ここが塔の中なんて信じられなかった。


 そんなことも気にしながらとぼとぼと歩くと、お腹からぐうとなった。


 そういえば、最後になにかを食べたのはいつだろうか。ずいぶんと、腹が減っていた。喉も、ひどく乾いてきた。さっきのゴブリンもどきたちの死体がおいしそうに思い起こされて、アオはぶるぶると首を振った。


 これではまるで、獣になったようではないか!


 縁起でもない、と思いながら歩くと、何かの音が聞こえてきた。多分、水の音だ。近くに、水が流れる川があるのかもしれない!


「がう! がう!」


 音がしたほうに向かって四つん這いになって駆け出した。そして森の中に、小さな川が流れているのが見えた。予想通りだった。アオは川辺に駆け寄ると、水の中に思いっきり頭を突っ込んだ。


 ゴクリゴクリと水を飲んだ。満足するまでのどを潤すと、その勢いのまま顔を上げた。


「がうう!」


 顔を上げて、口をゆっくりとぬぐった。これからどうしようか。思いながら、なんとなく川を見下ろした。


 そして目を見開いた。水面に映ったアオの姿を見てしまったのだ。


 光彩の細い目に、つぶれたような鼻。口は大きくて大きくて、口内から牙が覗いている。ふぐりのある口には、猫のようなひげが生えていた。特徴的なのは、顔に隈取のような模様がいくつも描かれていることだ。


「が、がう?」


 アオは知っている。図鑑やテレビで見たことがあるし、動物園で檻の中にいるのも見たことがあった。


 水面に移っていたのは、まさに虎だった。虎の顔を持つ毛皮を着た人間が、驚いたような目でこちらを見ていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ