第29話 パワーレベリング1
「あ! シュウさん。やっほー!」
第1階層まで戻った2人に手を振ったのはアキミだった。隣でサナとサトシがそっと頭を下げていた。
「久しぶりだな。アキミ。サナも元気そうで。2ヵ月ってとこか?」
「いしししし。シュウさんたちは第2階層に入りたてってとこだよね。新しい階層に行ったら張り切って探索しちゃうよね。サトシだって大変だったんだから」
アキミが思い出し笑いをしていた。
ちなみにアキミたちはまだ第3階層を探索中らしい。イゾウたちはもう第3階層も終わりで第4階層に到達しそうな勢いだ。どうやらシュウは彼らと定期的に連絡を取っているらしく、お互いの状況はよく分かっているとのこと。
アオが暴走しかけた話もしているらしく、ちょっとだけ気まずかった。
「俺たちもいよいよって感じさ。いずれはお前らにも追いついてやるよ。で、どうしたってんだ? お前らが俺たちに頼みたいことがあるなんてさ」
「そうだね。ちょっとさ。アオの力を借りたいんだよね。今後、あたしたちが安心して前に進むためにさ」
アキミが覗き込むように見つめられ、アオは思わず身構えてしまう。アオたちが警戒したのを見て、サナが取り繕うように説明してくれた。
「今、街で物価が急上昇しているのはご存じですよね? 街で働くだけでは食べていけないようになりつつあるんです。塔で魔物を倒してオラムを稼げる人員が今まで以上に必要になっています。でも、現状戦える人材は一握りです」
「街にいる子で、あたしたちみたいに魔物を倒して稼げるようになりたいって人は結構いるんだ。でも、アビリティが戦闘向けじゃなかった場合は最初のスキルポイントを得るのに挫折しちゃうケースが多い。これからのことを考えればそういう人たちも戦力化していかなきゃいけないってことになってさ」
アオは頷いた。アビリティが戦闘向けじゃなかった人も多いとは聞いている。そういう人は当然、戦うことなんてできない。戦闘で魔物にかなりのダメージを与えないとポイントは付与されないと聞く。スキルを得られるポイントがなかなか稼げないなら、あきらめて街で安全に働く人が多くなるのも自明というヤツかもしれない。
「そういう意味では正同命会のやつらは効率的だよな。連中、アビリティに恵まれないやつらにスキルを取らせる活動をずいぶん前から続けているそうじゃねえか。ま、信仰心が強くなきゃそういうことはしてもらえないようだがよ」
正同命会と聞いてアキミの顔がこわばるが、サナは気にしないかのように説明を続けてくれた。
「実は、うちにも前からそういう話はあったんです。戦えない人にスキルを取らせて戦力化しようって。うちは戦闘力が強いだけの人ばかり集まってるんで、スパルタと言うか、魔物の群れに頬り込んで、うまくスキルを取れた人だけを育てようっていう乱暴な意見が多くを占めていたんですけどね」
苦笑するサナに心から同意する。たとえスキルを得られたとしてもそういう経緯では進んで協力しようという人はいないだろう。
「オミさんもそういう手は使う気はないようなこと言ってたしね。でも、レンジの奴とかはそれを本気で試そうとしてるんだ。このままだと、うちと新しい戦力とで禍根が残ることになるかもしれない。そうなる前に、アオの力を使って何とかできないかと思ってさ」
「がう?」
アオが自分を指さすと、アキミは屈託なく笑いながら頷いた。
「アオが倒した魔物って、なんでか知んないけど死体になるじゃない? あたしたちみたいにスマホに吸収されずにさ。んで、その死体に攻撃した人がポイントとオラムを総取りできる。つまり、アオがいれば、経験のない子にも安全にポイントを稼がせることができる!」
「本当は最初の一歩くらいは自分で何とかしてほしいって気はあるんですけどね。そうも言ってられない事態になっちゃったんです。アオさんの手を借りることになって申し訳なくはあるんですけど」
サナにまで頭を下げられて、アオはたじろいた。アオ自体はスキルの効果に懐疑的だ。それをみんなに取らせるなんて、本当に大丈夫なのだろうか。
「が、がう?」
「え? スキルって結構役に立つからね。あれさえ覚えれば修行していない人でも技を使えるようになるし、いきなり魔法を使えるようになったりする。スキル一つあるだけで、魔物を倒せるようになるケーズは多いんだよ」
そういう事情があるのはアオにもなんとなくわかる。シュウが時々使うスキルは見る限りかなり強力だし、あれのおかげで戦いが楽になったことは一度ではない。
でも、他の探索者にスキルを取らせることが本当に正解なのか、アオには判断がつけなかった。
「おねがい! スキルが取れるかどうかって言うのは、探索者にとって生きるか死ぬかなんだよ。このままだとレンジみたいなやつが探索者と魔物を強引に戦わせてスキルを取らせようとするかもしれない。そうならないように、ね?」
お願いしてくるアキミに、アオは溜息を吐きながら頷くのだった。
◆◆◆◆
入口のそばではオミがタバコをふかしながら佇んでいた。
「オミ! 久しぶりじゃねえか!」
「おう。元気そうで安心したぜ」
そう言って後ろをちらりと見た。オミの後ろにはテツオと見慣れぬ若者が6人もついて来ていた。みんな緊張した面持ちでアオたちを見つめている。
「その様子では一応は同意してくれたってことだな。わりいな。報酬は色を付けるからよ」
「報酬も大事だが、応じないと無理やり戦わせられる奴がでそうだからな。街には顔見知りの奴も多いし、そいつらが無理くり戦わせられるのはちょっと嫌だしな。ま、しょうがなしにってやつだ」
「がう」
仕方なしに言うシュウに、アオは同意するように一吠えした。そんなアオたちのことを若者たちが緊張した顔で見つめている。そして背の高い女子高生くらいの少女が意を決したように話しかけてきた。
「は、初めまして。館林安衣花と言います! 趣味はバレーです! 今日はよろしくお願いします!」
「ぼ、僕は上村海斗といいます。日本では高校で野球をやっていてサードを守っていました。よろしくお願いします!」
「え、えっと。私は貝原藤野といいます。その、よろしくお願いします」
挨拶してくれたのは3人だけだった。他は何か不満そうな顔でこちらを見ている。オミはいらいらした目で残りの3人を睨んだ。
「お前は確か」
「ちっ。おっさんかよ」
どうやら若者の中にシュウの知り合いがいたらしいが、向こうは不機嫌そうにそっぽを向いていた。
「お前ら。いい加減に」
「ま、まあオミさん。それくらいで。えっと、彼らはスキルを覚えて戦えるようになりたいと立候補してくれたんです。今回はお世話になります」
サトシは激高しそうなオミをたしなめた。
3人はここに連れてこられたことが不満らしく、不審な様子でアオたちを見つめている。
「おいおい。ちゃんと納得してんのかよ。その3人はまだしも、他の連中は不満たっぷりみたいだぜ」
「! い、いえ! 決してそういうわけでは」
カイトが慌てると、アイカと言う少女がどもりながら説明してくれた。
「私たちはスキルをつけさせてくれるって言ってここに来たんです。その、最初のころは無理やりポイントを付けさせようっていう話もあったけど、オミさんが交渉してくれて」
アオはそっとうなずいた。正直、挨拶もしてくれない人に手を貸すのはちょっと嫌だったけど、彼女のような探索者に戦う力を与えるとなるなら同意できる気がした。現に今までだってアオが倒した魔物はすべてシュウが取っていたが、それに意を唱えるつもりはなかった。
「改めて説明するよ。アオが倒した魔物は死体になる。魔物のポイントやオラムは次に攻撃した人が総取りできるんだ。もちろん、いつまでもアオについててもらうわけにはいかないから、スキルを得られるのは今回だけだ。スキルについての説明は聞いたよね? 一つだけ、スキルを得るのを手伝うから、みんなは自分に合ったスキルを覚えてほしい」
アキミの説明を聞いて、オミは吸っていたタバコの火をかき消した。
「それじゃあさっそく行こうか。実は報酬はもう用意してある。これだけの食糧があれば、お前らなら数か月は持つだろうさ」」
そう言ってオミはスマホの画面をシュウに見せた。シュウは顔をしかめながらも納得した表情だ。
「ちっ。街でゆっくりできると思ったがそれもなしだな。まあアオだけを残していくのは不安だしな。よし。それじゃあさっさと済ませようか」




