第27話 幕間1
その一室はまるで会社のオフィスのようだった。
大きな席が一つあり、それに向き合うように机が並べられている。机の上にはモニターが設置されていて、一人一人がキーボードらしきものを叩いている。その様子を、上司の席に座る銀髪の男が冷めた目で見つめていた。
「なぜ、あれを移動できるようにしたのですか!」
だらしなく座るその男に話しかけたのは、スーツのような服をまとった男だった。サングラスをしたその男は、鋭い目で銀髪の男を睨んでいた。
「ああ。君か。おはよう」
「答えてください。なぜイレギュラーをかばうような真似をしたんですか!」
抑揚のない言葉で詰問するサングラスの男は手加減するつもりはないようだ。銀髪の男はそこで初めてサングラスの男に目を向け、心底おかしそうに笑った。
「ただ計画通りに進めて何が面白いんだい? 不測の事態こそ歓迎すべきものだ。あれによって私の計画はさらに優れたものになる」
「ばからしい! 上もご立腹ですよ! 不測の事態など起こらないほうがいいに決まっている! あれは、我々の計画をすべて無にする可能性もあるんですよ! せっかく無魔の魂を利用する方法を見つけたというのに!」
激高する様子を見て、銀髪の男は楽し気に笑い出した。
「君は計画通りにいけば我々の望みが叶うと思っているのかい? 甘いと言わざるを得ないな。君こそ事態を甘く見ている。あれを止めるのは容易ではないさ。何か起こらなければ計画は失敗に終わる。チャンスは少ないんだ。万全を期すためにも、あれをきちんと活用したほうがいい」
「何を言っているのです! ばかばかしい!」
銀髪の男は立ち上がると、サングラスの男を皮肉な顔で見つめた。背はサングラスの男のほうが高いのに、あまりの勢いに思わずのけぞってしまう。
銀髪の男は目を覗き込みながら静かに語り掛けた。
「うまく言ったのは最初の〈高慢の塔〉だけじゃないか。〈憤怒の塔〉はかなりまずいことになっているし。あの人自らが指揮を執っているから〈高慢〉はうまくいっただけに過ぎない。〈嫉妬〉は〈憤怒〉とは違った意味で駄目になったし、他の塔はそれまでの経緯を活かしきれずに失敗してしまったよね? どの塔もカギになる人次第ってことさ。〈暴食の塔〉でカギになるのは彼女しかいない。制御できなくなった今でもね。彼女の力をいかに引き出すかで、ここの成否は変わってくる。上のやつらはそれが分かっていない。分別も見識もない、あの人らしい盲目さだとは思うけどね」
「何を言っているのです!」
サングラスの男は激高したが、銀髪の態度は変わらなかった。
「この計画を成功させるためには飛び切り優秀な被験者が必要さ」
「しかし!」
激高するサングラスを制するように、銀髪は見下した笑みを浮かべて説明を続けた。
「上のことなんいて気にする必要はないさ。この計画がうまくいくかは良くも悪くも被験者次第なんだよ。〈暴食〉によって作られた彼は〈高慢〉の彼や〈憤怒〉の彼女のようにカギになる可能性がある。他は今のところ小粒だからね。個人的には期待できる奴もいるようだけど」
「あなたは!」
銀髪は笑うと、上目遣いでサングラスを見上げた。
「つまらなくなると思った〈暴食〉が彼女がやってくれたおかげで面白くなった。この計画に横やりを入れた甲斐があった。彼ら以外は失敗作ばかり集めたのに興味深いことになったよね。彼によってどこまでルールが変わるかは私でも予想できない。ひょっとしたら〈高慢〉や〈憤怒〉を超える人財を作り出せるかもしれないよ」
「何を馬鹿なことを! 結局はあなたが楽しむためじゃないですか! 面白いか面白くないかではない! そんな不真面目なものではないだろう! この事業は!」
叫び返すサングラスの男に一本の指を突き付けた。口を閉じろと言うばかりに指を押し付けた銀髪は、笑いながら宣言した。
「黙ってみていたまえ。〈高慢〉に続き、〈憤怒〉を抑えられるのは他の5つでもない。僕の〈暴食〉こそが、真に我らの願いをかなえるのだ」
「ば、ばかげている! 行き当たりばったりの計画がうまくいくはずがないだろう! 横から割り込んできただけのあなたが偉そうに!」
銀髪の男は言うだけ言うと、その場を離れて後ろに向かって歩き出す。サングラスの男は激高すると、歩き出した銀髪の男を睨んだ。
「貴様! いい加減に!」
「僕の動きは認められている。君はあのたぬきの言うことを真に受けているのかな? あの恥知らずがいくら文句を言おうとも関係ないさ。イレギュラーが起こったことも、それ込みで計画を進めようとしている動きもあると知りなさい。文句があるなら言ってみるかい? あの銀髪が勝手ばかりしている。助けてくださいとね」
銀髪の男の言葉に、歯ぎしりせんばかりに睨んだサングラスは、勢いよくその背中を指さした。
「勝手なことをするのはここまでだ! お前がしていることはすべて報告させてもらう! あいつすらも、お前がやろうとしていることを知ればどうなるかな!」
ずんずんと帰っていく足音を聞きながら、男は教壇の前の画面を見つめていた。そこには体格のいい虎男と、30代くらいの男が笑いながら進む姿が映っていた。
「さあ。期待しているよ。僕の〈暴食〉。君が僕たちの望みをかなえてくれることを心から信じているからね」
そう言って、銀髪は心底うれしそうに笑ったのだった。




