第26話 これからの課題
リクの疑問に、その場にいた全員が色めきだった。
「な、何言ってるんだ。スキルのおかげで俺たちは戦えている。スキルがないと、俺たちは戦えず街で誰かを待つしかできなかったじゃないか!」
焦ったように言うヤマジに、リクは妙に真剣な顔になっていた。
「レベル3の魔法はすごいよ? 威力もすごいし詠唱時間だって短くて済む。俺も、土魔法が3になって、随分と魔物を倒しやすくなった」
「ああ! だから!」
リクは泣きそうな顔で続けた。
「でも、ちょっと変だよな? だって俺、魔法の使い方なんて知らねえもん。でも、スキルさえ使えばちゃんと発動する。威力だって高い。これ、おかしいよね?」
「いやでも! そんなもんだって! これがあれば協力な魔物だって倒せるじゃねえか! ゾンビだってスケルトンだって、イフリートだってよ!」
ヤマジが反論するが、リクは涙目になりながらそれでも答えた。
「俺、あんまり言えなかったけど、スキルって変だと思うんだ。アビリティもさ。なんか自分の力じゃなく、誰かの技を使わされているみたいなんだ。このスキルを覚えるのに協力してもらったけど、もう使いたくない」
「リク!」
アキラが焦ったような声を上げるが、リクは首を振るばかりだった。
「リクもそう思うのか。実は、他にもそんな疑問を持つ奴もいるんだ。お前ら、イゾウの爺さんのこと、知っているんだろう? アビリティやスキルのことを疑問に思っている。どうやらあの爺さんは、アビリティやスキルを一切使っていないらしくてな」
「あの植草先生が・・・」
イゾウの名前はユートたちも知っているようだった。直にイゾウの強さに触れたアオはこの反応にも納得していた。
「植草先生は、アビリティやスキルを使わずに魔物と戦っているんですね。あの人、第1層と第2層を初攻略したはずなのにすごいなぁ。でも、そんなの武芸の専門家にしかできないですよ」
「まあ、な。俺たち素人が魔物に勝てるようになるには難しいよな。この階層に出てくるようなつええ魔物はホント無理だ。でも、やり方によっては、何とかなるかもしれんのさ。な! アオ」
「がう! がう!」
気づけばアオは元気よく返事をしていた。シュウの狙いが読めたのだ。
「アオが俺たちとは少し違っているのは見ての通りさ。こいつにしかできないことがある。こいつは、俺たちに新しい能力を付与することができるんだ」
そう言って、シュウはオリジンについて説明したのだった。
◆◆◆◆
「スマホにも表示されない能力を付与できるですか。そんなものまであるんですね」
ユートは考え込んでいる。
シュウが提示したのは、ユートたちにとって今まで見たことも聞いたこともないオリジンと言う能力だ。初対面のアオにとっても彼らが悩むのは当然と言えば当然という気がした。
「ま、ぶっちゃけこのオリジンって能力には不明な点が多い。アビリティやスキルみたいにポイントをつぎ込んでレベルアップできないしな。目覚めたてだとレベル1のスキルにも及ばないんだが」
「でも、イゾウさんは自分の能力だって言ったんですよね?」
リクが上目遣いで尋ねてきた。
「ま、そんな感じだな。分からんことが多いから、一人でも多くの奴に試してほしいんだよ。もちろん、信頼できねえ奴には教えられないけどな」
「いやいや怪しいって! だって、スマホにも映らないような能力なんだろ? どんなデメリットがあるかわかんねえし! もしかしたらなんかの罠かもしれねえじゃん!」
エイタが思いっきり否定してきた。
分からないでもない、とアオは思った。スマホにも載らず、どんな原理で動いているかもわからない。しかも、スキルよりも使い勝手が悪いのなら、使おうという気は起こらないかもしれない。
「あの・・・。俺、やってみたいです」
「リク!」
タクミが叫んだ。
「これがさ。下手に使い勝手がいい能力なら俺もだめだと思ったよ。アビリティやスキルと同じで、誰かに使わされている気がしたと思う。でも、聞いた感じだとあの2つとは明らかに違う。誰かの技を持ってきたんじゃなく、自分だけの、自分で作り出す能力のように見えるんだ」
リクがパーティーメンバーの一人一人を真剣な顔で見つめていた。アビリティやスキルに疑いを感じていた彼にとって、オリジンの存在は希望に思えたのかもしれない。
「しょうがねえな。俺も付き合ってやるよ」
「ヤマジ! お前まで!」
ヤマジまでが言い出して、ユートのパーティーメンバーに動揺が走った。
「お前がそこまで言うんだ。決意は固いんだろ? ま、万が一罠だとしても俺とリクだけなら何とでもなるしさ。俺もちょっと興味があるんだよね。自分で能力を作るなんて、おもしろそうじゃね?」
「まったく。ヤマジはしょうがないな」
ユートが溜息を吐くと、真剣な目でアオを見つめてきた。
「じゃあ、俺もやってみようかな。イゾウさんが使えると言ったんだ。試してみる価値はある。シュウさんも、オリジンは使えるって思ってるんでしょう?」
「まあそういうことだな。俺自身はオリジンがあんまり使えなくてな。修練もできなくて、使える奴が増えればその方法も分かるかと思ってな。まあ、新しい力が入るんだからお前たちにとっても悪い話じゃないだろう?」
そう話すシュウに、ユートは「抜け目ないですね」と笑った。
「お、俺はやらねえぞ! オリジンなんて聞いたこともねえし! 万が一罠だったらどうすんだよ!」
「俺も今は遠慮しておこうかな。安全性が確保できてからでも遅くはないだろうし」
「そうだな。いきなり今決められることでもないだろう」
他の3人は慎重な姿勢を崩さない。そんな彼らにもシュウは笑っていた。
「まあ、いきなり決断できる奴ばかりじゃねえよな。俺たちはしばらくこの階層でうだうだする予定だからよ。また会ったときに答えを聞かせてくれや」
「がう!!」
シュウの言葉に元気よく返事を返すアオ。3人はどこかほっとしたような顔になっていた。
こうしてアオは、ユートたち3人に魔力操作を教えることになったのだった。
◆◆◆◆
「じゃあ俺たちは一度戻ります。食糧の買い出しとかがあるんで」
「なんか悪いな。俺たちのせいで物資を使っちまったみたいで」
シュウが謝るが、ユートは何でもないというように首を振った。
「もともと今回は長居するつもりはなかったんです。街の大安亭って雑貨屋あるでしょう? あそこで物資が不足しているらしく、薬の材料を取るためにここに来たんです」
「最近多いんだよな。俺たち探索者に物資を入手するよう依頼があるケースって。なんだか街の物価も上がっているようで、どんどん値上げラッシュが続いているんだ」
ヒーラーのアキラが嘆いていた。
一方で、テンションが上がっているのはリクだった。
「このオリジンっての、ちょっとおもしろいですよ! 工夫は必要かもだけど、スキルを参考にすれば同じようなことができそう! いろいろ試したいなぁ。街ならゆっくり修行できるからちょっと楽しみなんだ」
「いいなぁ。俺もやればよかったかな? アビリティを活用するための能力作んのも面白そうだよな」
指をくわえて語ったのは、重戦士のエイタだった。タクミも羨ましそうな目でリクを見つめている。
「ほら! 名残惜しいのは分かるが、帰るぞ。大安亭の親父を待たせらんないだろう? この薬草を待っているのはあの親父だけでもないよだし」
「じゃあシュウさん。また。死なないでくださいね。アオくんも。次に会うときは3人もオリジンを身に着けたいって言いだすかもだし」
そう言って去っていく6人に、アオは手を振って見送った。彼らが見えなくなるまで、手を振り続けていた。
「次に会うときは、か。俺も頑張んなきゃなんねえよな」
見えなくなった彼らに名残惜しそうにしながらシュウはつぶやいた。
「がう?」
「いやよ。最近俺はアオに頼りすぎな気がしてな。ボス戦でも俺は周りを足止めするだけで魔物を倒すのはアオ頼りだった。これはいかんよな」
頭を掻くシュウをまじまじと見つめてしまった。どうやらシュウは戦闘に参加できないことを苦々しく思っていたらしい。
「がう! がう!」
アオは叫んで地面に文字を書いた。
「ん? なんだ? えっと、『暴走しないようになりたい』。そうか、お前にも課題があるんだな」
ずっと後悔していたのだ。あの聖女と言う女性を傷つけてしまったことを。
少なくとも、日本にいた時のアオは怒りに任せて人を傷つけたことはなかった。それどころか、人に暴力を振るったこともなかったのだ。それなのに、虎男になったアオは簡単に爪を振るうようになってしまった。友人が傷つけられたとはいえ、体が勝手に動いて相手を殺そうとしてしまったのだ。
もしかしたら、魔物のように簡単に人を傷つけられるようになったのかもしれない。でも、アオは嫌だった。たとえ姿が魔物に変わっても、人の心までは失いたくないと思うのだ。
シュウは文字を見て考え込むと、がははと笑ってアオの目を見つめてきた。
「じゃあ、あれだな。俺はスキルに頼らなくても戦える方法を見つける。アオは、どんなことがあっても暴走しない精神力を身につける。どっちも難しい課題だけど、きっと見つけてやろうぜ! そんで、また会ったあいつらに自慢するんだ。きっと楽しいぜ」
「がう!」
笑うシュウに元気よく吠え返すアオ。目が覚めたら魔物に変わって絶望していたけど、幸いなことに信頼できる人に出会えた。それなのに人の心をなくして暴れまわるようではせっかくの幸運も意味のないものになってしまう。
姿は変わっても人の心まではなくさない。
アオは自分らしく、人間らしく生きていくことを心に誓うのだった。




