第24話 ユートパーティーの実力
「があああああああああああああ!」
アオは飛び起きた。
猛烈に寝汗を掻いている。悪夢を見た後だから、冷や汗をかくのはしょうがないと思える。それほど、アオが見た夢はとんでもなかった。
いきなり追いかけっこが始まった。あの少女の一言で、アゲハとともに2匹の犬に追い回された。必死で逃げ回り、時には反撃も試みたが、すべてが失敗に終わってしまう。いつの間にか組み付かれ、体のあちこちを噛まれてしまう。そんな日々が続いていたのだ。
「おっ。やっと起きたな。2日ぶりの目覚めだ」
あくび交じりに目覚たのはシュウだった。どうやら看病してくれたらしく、なんだか眠そうに見えた。
「が、がう」
「心配したぜ。いきなり意識をなくして眠りこけたりするんだからよ。ま、起きてきてくれて何よりだ。ここは第2階層に入ってすぐのところにある広場さ。魔物はほとんど入ってこられないようになっているみたいでな。もう少し休んでいていいぜ」
シュウはそう言って、起き上がろうとしたアオを制した。
アオはそっと周りを見回した。第2階層はどうやら迷宮のような場所らしく、広場の外は暗い通路が広がっている。アオは噴水の近くに作った寝床に寝かされているようだ。なんだか申し訳なくなって、アオはたまらず手で目を覆ってしまう。
「あの後、偶然俺の知り合いがこっちに来てくれてな。比較的安全なこの場所まで案内してくれたんだ。まあ、困ったときはお互いさまってやつさ。助けてくれたのは中立派に属する気のいい奴らだから、あんまり心配することはないぜ」
シュウがあくび交じりに説明してくれた。眠っている間はシュウが守ってくれていたらしく、アオは安堵と申し訳なさが混じったような溜息を吐いた。
「ま、あんまり気にすんな。お前と組むことが決まった時点でこういうことになるのは想定していたからよ。暴走しないに越したことはないが、こっちはそれも織り込み済みだからよ」
「が、がう?」
慌てて首を振るアオに、シュウは気にするなと言わんばかりに首を振った。
「あ、シュウさん。相棒のその人、目覚めたんですね」
押し問答しそうになるアオたちに声を掛けたのは、軽装の戦士風の青年だった。彼はシュウに微笑むと、アオにも話しかけてきた。
「無事でいるようで何よりです。こっちに着いた時は死んだようにピクリとも動きませんでしたからね。意識が戻ったようで、俺たちも安心しました」
「ユート。改めて紹介するぜ。俺の相棒のアオだ。第1形態の虎の魔物みたいな姿だけど、気のいいやつなんだ。よろしくしてくれや」
何でもないように紹介してくれるシュウに、思わず言葉が詰まってしまう。暴走して、人間を攻撃してしまったアオを、シュウはまだ相棒だと思ってくれるのか。
「アオ。こいつはユートって言って、中立派の探索者さ。前からよく話す友人だったんだ。第2階層を案内してくれてな」
「アオさん。初めまして。探索者をしているユートです」
笑顔で挨拶してくれるユートに、アオは慌てて会釈を返した。さわやかだ。大学生くらいのに見えるけど、革鎧に剣を装備していて、こっちの住人だということが一目でわかる。
「が、がう」
「ああ。シュウさんから聞いています。アオさんは話せないんですよね? 事情がいろいろあるようで。意識を取り戻したようですが無理は禁物ですよ。しばらくは俺たちが守りますから今はゆっくり休んでください。その代わり、俺たちがやばい時はお願いしますね」
茶化すように言ったユートに二の句がつけられなくなって、アオは頷きを返した。アオが暴走しそうになったのを知っているはずなのに、この反応か。あまりに普通な態度に、アオは困惑した表情を浮かべてしまう。
焦ったような声が聞こえてきたのはそんな時だった。広場の入り口に誰かが走り寄ってきていた。つらそうな荒い息に、アオにも緊急事態が起こっていることが分かった。
「おい! 大丈夫か? 待ってろ! すぐに癒しを使える奴を連れてくるからな!」
「あ、あんたたちは! 逃げて! あいつらが、来る!」
「トア! 駄目! 追いつかれた!」
切羽詰まった声だった。この広場まで逃げてきた女性を、広場にいるユートのパーティーメンバーが助けようとしているのか。女性のなかに怪我をした人がいるらしく、かなり追い詰められているようだ。
「ユート! なんか来る! こっちにかなり強い魔物が来ているようだ!」
「ここに入れるなら相当に強力な魔物だな。広場に入ったところを急襲しよう。エイタはいつも通り先行している敵の足止めを。タクミとヤマジで仕留めてくれ。アキラは怪我人の救助を。リクはそのサポートを頼む」
ユートが鋭く指示を飛ばした。魔物に襲われたにしてはスムーズな指示出しだった。ユートに応えるように、彼のパーティーメンバーが迅速に動いていく。あまりに自然な連携に、彼らが歴戦の戦士と言うことに納得してしまう。
「ユート」
「大丈夫です。これでも俺たちはここでの戦いに慣れています。なに、すぐに殲滅してみせますよ。俺たちがどれだけ成長したか、見ていてください」
◆◆◆◆
ついに魔物の姿が見えてきた。
アオは顔を青くする。現れたのは人間のようだった。顔色はかなり悪い。と言うか全身が腐っている。ところどころ骨が見えていて、ぼろきれのようなものを着ているようだった。それは、よく映画で見るゾンビに酷似していた。
突如として現れたゾンビは、意外なことに全力で走っている。映画とかじゃあゆっくりと動いているのに、姿に見合わぬ迅速な動きにアオは体を固くしてしまう。
だけど、ユートのパーティーメンバーは落ち着いたものだった。
「はっ! この程度で俺を倒せるかよ!」
斧と盾を持った青年が構えると、全身からオーラのようなものが噴き出した。と同時に漂いだす嫌な気配。おそらく、アビリティかスキルを使用したのではないだろうか。
部屋に駆け寄ってくる2匹のゾンビ。だけど――。
「おら! 散れや!」
青年が1体目の攻撃を盾で容易く受け止め、反撃の斧で突き飛ばしていく。その隙に入ってきた2体目の攻撃も、体を反らして難なく躱していく。
「土よ!」
「隙だらけだぜ!」
パーティーの2人が次々と攻撃を繰り広げた。土礫が倒れた1体目の頭を砕き、革の鎧を来た戦士の剣がもう1体のゾンビを薙いでいた。歴戦の戦士張りの連携で、ユートのパーティーは次々とゾンビたちを仕留めてしまう。
「て、敵はゾンビだけじゃない! もっとやばいのがいる!」
「大丈夫です。俺の治療を受け入れてください」
叫ぶ女を、パーティーメンバーのヒーラーらしき青年がなだめていた。もう一人も、どこか余裕のある表情で怪我人に薬を渡している。そうしている間に、こちらに駆け出してくる大きな影が一つ。
「ごあああああああああああ!」
叫び声を上げたのは、一回り大きな魔物だった。2メートル以上あるその魔物は、トカゲのような頭と赤く輝くうろこを持っていた。




