第2話 最悪な目覚め
「◆●▽×! ◆●▽×!」
「××●●! ××●●!」
何かが叫ぶような声に、アオは飛び起きた。荒い息を整えながら、何とか口をぬぐう。
悪夢、なのか? あの小石浜で、黒い少女と出会ったのは!
毛むくじゃらの手で顔を撫でながら、あれが夢だったことに安堵した。まるで猫の顎を撫でたような感触に違和感がありながらも、アオは声をしたほうを振り返ってしまう。
そして、ごくりとつばを飲んだ。
「●×◆! ●×◆!」
「▽□◇! ▽□◇!」
壁の隙間からこちらを指さす3つの人影が、どう見ても人間ではなかったのだ。
背丈は低い。せいぜい140センチ程度で小学校の中学年くらいしかない。耳は細長く、小さな顔には深いしわが刻まれている。鼻は鷲鼻で、目だけが大きくてぎょろりと血走っていた。そんな3人が、叫びながら嘲笑っているのだ。
「が、がう?」
腰砕けになりながら後ずさった。
なんだ、あいつら? まるで、ゲームに出てくるゴブリンみたいじゃないか!
日本で暮らしていたアオにはゴブリンのような生き物を見たことがない。嬉しそうにアオを指さす3匹のゴブリンもどきたち。逃げようとしたアオは、足を滑らせて倒れそうになってしまう。
アオとゴブリンもどきたちの間にある隙間にはガラスのような膜があり、それ以上近づけないようだった。でもゴブリンもどきが攻撃するたびに膜が点滅しているのが分かり、アオは顔色を青くしてしまう。
焦ってきょろきょろと周りを見回した。アオはどうやら地面に寝ころんでいたようだ。あのゴブリンもどきたちは壁の亀裂からこちらを覗いていて、15メートルくらいの距離がある。でも残念なことに、隙間から入られたら食い止められそうな物は何も見つからなかった。
ドン! ドンドンドン!
大きな音がして、アオは思わずびくりと首をすくめた。ゴブリンもどきたちが凶器をたたきつけ始めたのだ! 膜にひびが入っていく。あの膜が割れのは時間の問題かもしれない。
ばりーーーん!
ゴブリンが凶器を叩きつけた、何度めかのことだった。ついに膜が割られてしまった。おろおろしていると下卑た笑いを浮かべたゴブリンと目が合った。
慌てて逃げようとするアオ。四つん這いになって走り出すが、ゴブリンもどきたちが隙間から体を滑らせ、笑いながら入ってきた。アオはあっという間に追いつかれ、
「があああ!」
背中に衝撃が走った。思わず振り返ると、ゴブリンもどきが笑いながら鈍器を振り上げたところだった。
勢いよく振り下ろされる凶器に、アオは思わず手で防御して目をつむってしまう。3匹のゴブリンは群がるようにアオを囲み、それぞれの凶器を叩きつけてくる。体のあちこちを殴られて、アオは頭を抱えて縮こまることしかできない。
凶器を振り下ろし続けるゴブリンもどきたちに、頭を抱えて倒れ込むアオ。打たれるがままのアオだったが、ふとした瞬間に気づいた。凶器を叩きつけられているはずなのに、刃物まで突き付けられているのにこちらのダメージがほとんどないのだ。
「が、がう?」
恐る恐る目を開けた。ゴブリンもどきたちは力いっぱい凶器を叩きつけてくるようだが、それにしては小さな衝撃しかない。ナイフのような刃物は固く本物のようなのに、分厚い皮に阻まれて傷がつかないのだ。
「▽□×◇! ▽□〇◇!」
「×●▽□! ×●▽□!」
ゴブリンもどきは何かを叫びながら凶器を振り続けている。だが結果は相変わらずで、こちらにほとんどダメージがない。
だんだん、腹が立ってきた。
こちらは何もしていないのに、ゴブリンもどきたちは当たり前のように凶器を叩きつけてきた。今も、アオが何も抵抗しないのをいいことに、必死で攻撃し続けている。
「がう・・・」
苛立たし気な声を上げた。顔を向けると、ゴブリンもどきの一人と目が合った。
「●×▽!! ●×▽!!」
焦ったのか、ゴブリンもどきはナイフを大きく振りかぶった。 やけくそになって力いっぱい振り下ろそうとしていた。
その様子を見た瞬間、アオの頭に血が上るのが分かった。
そして――。
アオの意識は、怒り一色に染まっていった。
◆◆◆◆
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
声が響いていた。それが自分の雄たけびだったことに数秒遅れて気づいた。
荒い息を吐きながら周囲を見渡した。口の中に鉄のような味が広がっている。何かを噛んでいるようで、反射的にぺっと吐き出した。地面に落ちたのは、血にまみれた何かの肉片だ。全然覚えていないけど、アオは肉のようなものを噛んでいたのだ。
はっとして、周りを見回した。そこにあったのは、さっきのゴブリンもどきが倒れている姿だった。
1人目は、何かに裂かれたように4つの大きな傷があり、そこから大量の血を流していた。2人目は、何かに殴られたように頭がへこんでいた。そして3人目は、首周りの肉がごっそりとなくなっていた。
アオは顔を青くした。
さっきまで、自分は確かに何かを嚙みしめてはいなかったか。そして、3人目のゴブリンもどきには、首のところが歯型のようにギザギザしており、肉がごっそりとなくなっている。
つまり、目の前のこの死体は、自分が暴れたせいででできたのではないのか。そしてアオは、3匹目のゴブリンもどきの首の肉を噛みしめていた?
「があああああああああああああああああ!」
アオは叫び声をあげると、その場で立ち尽くした。どんなに見つめても、ゴブリンもどきの死体は消えない。アオは、叫び続けることしかできなかった。




