第18話 オリジン
「いけえええええええ!」
掛け声とともに放たれた魔力の玉が木に直撃した。さすがの命中率だったが、木をわずかに揺らしただけだった。
見事に魔力の玉を当てたコロだったが、表情は浮かない。
「駄目、ですねぇ。威力が全然出ません。レベルの低いスキルだってもうちょっと戦えますよ。それに消耗も多いし」
コロがため息交じりに分析した。コロになんとか魔力を通したが、試し打ちをした時の印象は最悪だった。
「確かに威力は全くないが、相変わらず嫌な気配はなかったの。お主もそう思っただろう?」
「がう!」
イゾウに問いかけられ、アオは勢い良く返事をした。
コロはアビリティの名手らしく、相当に優れた探索者らしい。確かにゴブリンレイダーを音もなく襲った手腕は見事の一言だった。そんな彼から見ると、アオの魔力操作は頼りなく思えるらしい。
「コロさんはアビリティの使い手として有名だからねー。でもさ。このオリジンを鍛えれば、私たちでもスキルみたいにこの姿のままで使えるようになるんじゃない? あ! ガソリンみたいに魔道具を使うときに利用してみたら!?」
アキミが言ってもコロは首をかしげていた。
ちなみにオリジンとは、アキミが命名したアオの魔力操作を使った魔力操作のことだ。アオが教えたそれは習得してもスマホのプロフィールには追加されないらしく、ポイントをつぎ込んでレベルアップすることもできない。そんな特性を持った得体のしれない技だったが、アキミがそう呼び出したことで、いつの間にか定着していった。
そんな話をしていると、門が光った。シュウたちだ。なぜかテツオはおらず、オミだけがタバコをふかしながら歩いていた。
「あ! オミさん! こっちこっち!」
「おう。こんなところにいたのか」
シュウとオミが笑いながら近づいてきた。
「あれ? テツオは?」
「組に戻った。最近アイツも勝手に動くようになってな。もしかしたら、俺たちも割れることになるかもしれん」
そんな話をしていた。サトシが苦虫を噛みしめたような顔をしている。
「爺さんに大将じゃねえか。なんでこんなところにいるんだ?」
「ちょっと縁があっての。お前を待っておったのだ。そこな2人はオミとやらに話があるようだし」
シュウが驚いて話しかけていた。というか、驚いたのはアオたちだった。
シュウは今、何と言った?
「えっと、爺さん、ですか? それに大将って・・・。コロさんの年齢は分かりませんが、イゾウさんはどう見てもまだ20歳くらいですよね? 大人の落ち着きはありますが、爺さんって言うのはちょっと」
「ああ。この2人とは転移前から知り合いなんだ。大将は赤堤市にある居酒屋をやっててな。そこで2人はもっと違った姿をしてて。大将は貫禄がある料理人って感じだったし、爺さんはもっと年を取った姿だった。確か、数年前に還暦の食事会をやったよな?」
一同、驚いた様子だった。
「還暦って60歳ですよね? それより上ってことですか?」
「うむ。確か63歳になっておったはずだ。それがこっちに来ると若かりし頃の姿だったからの。人生何が起こるか分からんよ」
「また始まった。人生は意外性に満ちているだっけ? この爺さんの言うことはあんまり真に受けるなよ。酔うと適当なことを言い出すからな。前は、確か超能力者と戦ったとか言ってたよな?」
シュウが肩をすくめた。イゾウは「適当なことじゃないわい」とか言っていたが、酔うと大きなことを言ってしまうのは確からしい。
それにしても、とアオは驚いた。まさかイゾウがかなりん年上だったとは。角があっても20歳くらいのイゾウが実年齢63歳。こっちに転生して若返ったということか。
「しかも、転移前からの知り合いですか。俺はもう少ししかいないから、今でも仲のいい人がいるのはちょっとうらやましくあります」
サトシがまぶしそうに言った。アキミもなんだか落ち込んでいる。
シュウとイゾウたちは転移前からの知り合いと言うことになる。アオがそれについて思いを馳せていると、シュウがその様子に気づいてくれた。
「あ、アオには言っていなかったか。俺たちはよ。みんな赤堤市の出身なんだよ。たまに出身が違うヤツもいるが、おそらく転移が起こった際にあの街にいたらしいんだ。アオもそうなのか?」
シュウに何度もうなずいた。
アオが祖父と暮らしていた古い家は、確かに赤堤市にあった。そこで気が付いたらここにいて、虎人間になってしまっていたのだ。
「ま、赤堤市の全員がこっちに来たわけじゃないらしいけどよ。こっちに来て友人と再会するパターンもある。俺と仲のいいパーティもそうだしよ。そいつらも赤堤市出身で、転移前の友人同士でパーティを組んだ探索者たちなんだぜ」
アオは生むふむと聞いていた。さらに質問を重ねようとしたアオの問いは、ハイテンションのアキミに遮られた。
「オミさん! 聞いて! アオのおかげで新しい力を身に着けたんだ!」
「新しい力? また騙されたんじゃないだろうな」
またというのが何ともアキミらしいが、彼女はまるで取り合わずに話し続けた。
「今度は違うんだよ! 見てて!」
そう言うとアキミは例の木に向かって野球のピッチャーのように構えた。そして振りかぶると、魔力の玉を思いっきり投げつけた。
玉は、今度こそ木に当たった。コロとはスピードも威力も全然ないけど、木の端っこ辺りに小さな音を立てて当たったのだ。
「なんだ、今のは? 確かに今まで見たことのない技術だ。スキルにも全然届いていないようだが」
「アオが教えてくれた魔力操作だよ! へへっ! あたしはこれをオリジンと名付けた! どう? アオが魔力を通すと誰でも使えるようになるんだって」
オミの視線がアオに映った。その鋭い視線に、アオは思わず背筋を伸ばした。
「どうやった? 俺たちが行く前はこんなことができるとは言わなかったよな?」
「えっとね。オミさんが言った後で魔物に襲われたんだ。それと戦ったり怪我したりといろいろあってアオが寝ちゃって。夢で魔力操作を教える方法を教わったんだって! それで」
アキミが身振り手振りで教えてくれた。その様子をはらはらして見ていることしかできなかった。
「怪しいな。と言うか訳が分からん。何のたくらみだ? 何かのアビリティで俺たちを操ろうってんじゃないだろうな」
ぎろりと睨まれてたじたじになってしまう。オミとは今まで穏やかに話していたのに、敵対するかもとなるとこの態度だった。この威圧感、やはりオミは堅気の人とは思えない。
「お、おいオミ! こいつは」
「大丈夫だと思うぞ。少なくともアオにワシらを操ろうという意図はない。我らの可能性を引き出したに過ぎぬ。アビリティやスキルと違い、どこかから力を持ってきたわけではなさそうだ」
救いの声は、意外なところから飛んできた。イゾウだ。イゾウがシュウの言葉を助けるように言ってくれたのだ。
「植草、以蔵。お前が、なぜ」
「なに。そいつらがたまたま新種の魔物に襲われておっての。あの魔物はワシのターゲットでもあった。それを倒したのが縁になって、そこなアオにそのオリジンを教えてもらったわけだ」
鋭い目を向けるオミに対し、どこか余裕のある表情のイゾウだった。2人のにらみ合いに誰も何も言えないようだった。
でも、どこにでも例外はいるようだった。
「オミさん! これ、面白いんだ! 威力も全然ないし、スキルみたいに狙いを補ってくれるわけじゃないけど、でも全部自分の自由にできる! 本当に自分の力って気がするんだ!」
「アキミ!」
鋭く静止したオミだった。そしてたばこの火を消して乱暴に捨てると、鋭い目で再びイゾウに目を向けた。
「アンタの目から見て、オリジンと言う技は問題がないんだな」
「ないな。あれはワシらの素質をひきだしたものだろう。だから威力もなく洗練もされておらぬ。鍛えねば使えぬのなら、まさに自分の力と言う気がせんか? それに」
そこで言葉を止めると、イゾウはオミの目を覗き込んだ。
「一期一会、という言葉もある。もしかしたら、今を逃せばオリジンを習得するチャンスはないやもしれんぞ。ワシらが欠けてしまう可能性は十分にあるのだからな」
「せ、先生!?」
焦りだすコロを気にも止めずイゾウはにやりと笑っている。
オミは溜息を吐いた。
「植草以蔵の名は聞いたことがある。赤堤市で道場を構える現代の武芸者だな。素手での戦いはもちろん、刀や槍なんかの技術も持つ武芸百般の老人。なかなかコンタクトが取れない代わり者らしいが、こんなところで出会えるとはな」
「まあ縁というヤツだな。ワシも聞いておるぞ。尾身 雅彦。魔線組に属するヤクザ者でありながら、筋の通った行動をする任侠者だと。一度会いたいと思っておったが、なかなか縁がなかったの。あいつらもなんだかんだ言って連れてきてくれんかったし」
そう言って2人はにやりと笑い合った。
「ま、いいだろう。親父も植草は嘘をつかんと言っていたからな。独断専行は許されんが、アキミのすることだ。誰も止められなかったんだろう。植草のじいさんが保証するなら、おそらく価値はある。俺もそのオリジンというヤツを試してみたい。アオ。頼めるか?」
「がう!」
オミの問いに勢いよく頷いた。
というか、オミはやはりヤクザ者だったのか。お店にお客様として何人も来ているから、いきなり暴れたりする人ばかりでないことは知っている。恩もあるし、彼にオリジンを教えるのを断る気はなかった。
「他の奴も、オリジンを覚えたいならやっていいぞ。ただし、自己責任だ。何が起こるかはわからない。弊害があってもアオのせいにすんじぇねえぞ。そんなことは、俺は許さんからな!」
オミの言葉に、全員がほっとしたように息を吐いたのだった。
◆◆◆◆
「おわっ! なんか来た!」
魔力を流した時のシュウの反応だった。彼は当たり前のようにオリジンの付与を希望してくれたが、魔力を通すとびくりと飛び上がったのだ。
「注射みたいなものなのかな。あの魔力付与ってやつは。うまい人だったり相性が良かったりするとすぐに済むけど、運が悪いと、ねえ」
「さ、サナさん。お先にどうぞ。俺は次でいいですから」
アキミの説明を聞いてサトシの顔は青くなっている。
まずはシュウに、サトシ、サナ、そしてオミに続くつもりだったが、いきなりサトシがそう提案した。どうやらサトシは注射に嫌な記憶があるらしい。
「これがオリジンってやつか。へへっ。これをこうすれば!」
シュウは手をかざすと、魔力をボール状に丸めようとした。だが、なかなかまとまらない。まとめようとすると歪んで輪郭があいまいになり、何度も何度も霧散してしまう。
「なんだ、これ! 全然使えねえぞ!」
「ふむ。シュウの魔力はなかなかまとまらんようだな。スキルの使い方自体はアキミより上に感じるが、何かに邪魔をされて霧散した気がする」
「スキルってやつも結構個人差がありますよね。できることはできるんですが、取得ポイントが人によって違うというか。威力も人によって全然違うそうです。確か、正同命会の聖女もスキルの使い手ですが、彼女の回復は他の人とは段違いとか」
イゾウとコロに言われてシュウは憮然とした。反対にアキミは得意そうに胸を張った。
「ふん。シュウさんは全然だめだね! このアキミさんにかかればちょちょいのチョイだけど! あの正同命会の聖女の話が出るのは気に入らないけどね!」
「確かに最初はオリジンを使えんかもしれぬが、修練次第ではどうともなるさ。武術でもよくあるのだ。最初はセンスがないと思われた男が、いつの間にか達人と呼ばれるくらいに成長したと。シュウも修練を積めばアキミよりもうまくなるやもしれぬ」
イゾウが慰めるが、
「てか、どうやって修練すりゃあいいんだよ! 魔力を固めることすらできねえんだけど! 確かに少しばかりの身体強化ができるようだが、それだけじゃね? スキルより大分使い勝手が悪いし」
「それは、のう。うん? もうこんな時間か。合流もできたことだし、そろそろ戻ろうかの」
あからさまに逃げ出したイゾウだった。コロはそれを呆然と見ていたが、慌ててこちらに一礼してその後を追っていく。
「あ! 待てよ! 逃げんな!」
「まあ、しょうがないんじゃない? オリジンがなくてもスキルがあればなんとかなるよ。じゃああたしたちも行くね。行きたい店もあるからさぁ」
そう言津とアキミが入口の門へと向かっていく。そしてアオたちを振り返って笑顔を見せた。
「じゃあ、シュウさん。またね! アオ! 今度はいろいろおお話を聞かせてね! 夢の女の子に結構興味があるからさ!」
アキミはにししと笑うと、すぐに回れ右して去っていく。あっという間に消えたアキミを、シュウはあっけにとられて見送ってしまう。
「じゃあな。何かあったら俺のスマホに連絡してくれ」
「アオさん。ありがとうございます。私もなアビリティを再現させて見せますからね」
「イゾウさんから槍の使い方を習ったし、オリジンも鍛えなきゃ。やることいっぱいだな。ではこれで」
オミに加え、サナとサトシも手を振って出口へと向かっていった。
「ち、ちきしょう!! お前ら、あとで見てろよ! 絶対に、俺だってすげえオリジンを作り上げてやるからな!」
負け惜しみを言うシュウの言葉を気にも止めず、オミ達3人はそのまま立ち去っていくのだった。