第17話 街でのひと時
買い物を終えたシュウたちは喫茶店に入った。ここは探索者がやっている店でコーヒーのほかに酒も出している。
「いいのかよ! あいつら、あんたを裏切ったんだろ? もっと徹底的にやるんだと思ったら宣言だけして抜けるだけなんて拍子抜けだぜ」
ビールを呷りながらテツオが愚痴った。どうやらシュウがウスハたちにしたことが手ぬるいと感じたらしく、いらいらした目で睨みつけてきた。
「べつに、あいつらに没落してほしいわけじゃねえからな。あいつらのセリフじゃねえけど、ここには警察も法律もない。それでもあいつらを罰するとすれば殺すか? そこまでやるこたぁねえよ。それに、あいつらが間違っているなら俺が手を出す必要もねえしな」
「だがよ! あいつらが成功したらと思うと気に入らねえだろ! あいつらのドヤ顔を想像するだけでもムカついてくるぜ」
グラスを叩きつけるテツオに、シュウは笑ってみせた。
「成功したら成功したで別にいいんだ。俺たちが間違ってたってことになるが、誰かが成功するなら俺たちの勝ちってことさ。まあ、あいつらの嘲笑には耐えなきゃいけないがな」
テツオは鋭い目で睨んできた。親の仇を見るような目にシュウは内心で警戒するが、テツオはビールを飲み干すと「先に帰ってます」と言って店を立ち去っていく。
残ったのは、静かにコーヒーを飲むオミだけだった。
「すまねえな。だが、助かったぜ。俺だけだったら戦いになってたかもしんねえ」
「いや、いいさ。それよりも、お前はどうするんだ? お前さえよければ魔線組に入れてやるぞ」
オミは言うが、シュウは渋い顔で首を振った。
「わりいが、それは遠慮しておくぜ。組織に入るってのは性に合わねえし、今の俺じゃあ足手まといだしな。アオさんがどういうつもりかにもよるし。お前としても、組織の外に話せるやつがいたほうがいいだろう?」
「まあ、な」
魔線組と言うのは、いうなればこの土地の地回りだ。アキミやサトシみたいな一般人もいるが、基本的に信じられる存在ではない。そんな組織に在籍して、しかも信じられるオミが例外なのだろう。
「それにしても、へこむぜ。あいつらのためにいろいろ言ったつもりなんだけどなぁ。俺の言う事、上から目線に感じられたのかなぁ」
「ちょっと説教臭かったのかもな。俺にも覚えがあるぜ。上の人間の言うことがうっとおしいく感じたことがよ。あとになったら言ってたことが正しかったと分かるんだがな。まあ、指導するときは相手をよく見ろってことさ」
そんな話をしている時、店に新たな客が入ってきた。
「あ! シュウさん!」
「ユートじゃねえか! しばらくぶりだな! これから塔に行くのか?」
喫茶店に入ってきたのは旅装の6人組だった。彼は親し気にシュウに話しかけると、近くの席に陣取った。
彼らは中立派の探索者たちだった。とはいえ、有名な使い手ではない。彼らが発現したのは、地面から土壁を生えさせる能力やカードや草などを鑑定するだけの能力、清潔な包帯を作り出す能力など、戦闘にはほとんど寄与しないアビリティで、初討伐に失敗していまったという経緯があった。魔線組や正同命会の選定にも漏れていたが、彼らはあきらめなかった。暴食の塔に挑戦し続けて魔物を倒し、スキルを身に着けてついには戦闘もできる探索者として塔に通うようになった。
「シュウさん、みんな心配していたんですよ。ゼンの奴、なんだか適当なことフカしてたから。顔を見られてほっとしました」
「おう。ヤマジ。心配をかけたようだな。俺は大丈夫だ。今までのところは抜けることになったがよ」
シュウが言うと、男たちは一瞬押し黙った。そしてちらりとオミを見ると、小太りの男が上目づかいでおずおずと尋ねてきた。
「えっと。パーティーを抜けるってことは、まさかシュウさん、魔線組に入っちゃうんじゃあ」
「リク!」
ユートが鋭く言った。リクと呼ばれた男は一瞬まずいことを言ったように顔をしかめるが、シュウはにやりと笑うとすぐに答えた。
「オミは魔線組だがこういうことを気にしないやつだから。相棒次第だが、俺はこのままどこにも属さないつもりだ。魔線組にも正同命会にもな。ま、そういうことだからこれからも仲良くしてくれよな」
「そうなんですね。ほっとしました。やっぱりシュウさんが中立派にいてくれると安心ですし」
ユートが言うと、他のメンバーも安心したようだった。
「シュウ。こいつらは、中立派のグループか」
「ああ。ユートたちのパーティさ。高校が一緒の若いやつらで組んだようだけど、かなりチームワークが良い。あの塔を攻略してこっちの世界を見て回るのが夢なんだと。こいつらの名前、覚えておくといいぜ。上のほうには内緒でな」
そう言うと、シュウはまじめな顔で話を続けていく。
「言いにくいが、魔線組の評判ってやつはそれほど良くはない。お前やサトシのように俺たちに甘いやつもいるが、街で暮らす奴らに横柄に接する奴も多いんだ。無銭飲食なんかするやつもいて、店からの評判は最悪さ。聞いたところによると、スラムで人さらいのようなことをしている奴もいるらしいじゃねえか」
「ああ。そういう話もよく聞く。レンジなんかの態度もたびたび問題になっている。嫌な話だが、テツオもそれに影響されたりしているからな。俺も口うるさく言ってるつもりだが、なかなかな」
オミがタバコに火をつけながら溜息を吐いた。
「ユート。分かっていると思うが」
「ええ。他の魔線組の人の前では文句なんて言いませんって。えっと、オミさんはこっちの事情が分かる人なんでしょう? シュウさんが言うってことはそうじゃないかと思うんですけど」
シュウはにやりと笑ってオミに顎をしゃくってみせた。
「さすがだな。お前の言う通りさ。オミの顔を覚えておくといい。魔線組でも話せる奴だからな」
「シュウ」
オミは止めるがシュウはどこ吹く風だ。
「なんだよ。別にいいじゃねえか。お前だってこいつらと縁ができるのは悪くねえだろ!」
「お待ちです!」
シュウのからかいを遮ったのは、お店のウェイターらしき少年だった。何が気に入らないのか、少年は不機嫌そうにシュウをねめつけた。
コーヒーを受け取るユートは戸惑った様子だった。むしろ、周りの反応が強かった。ユートパーティーのアキラなどな不機嫌そうに少年を睨んだ。
「ちょっと乱暴なんじゃないか? こっちは一応客だぞ」
「すみませんねえ。これ見よがしに塔の話なんかするもんだから」
そして、しばしアキラと少年はにらみ合う。
「お、おいミナト! す、すみません! どうか!」
「ちっ」
店長が謝罪するが、ウェイターの少年は不機嫌そうに立ち去っていく。アキラはその背中を睨むが、ユートはしょうがないといった具合で苦笑した。
「前に、あの少年に頼まれたことがあったんですよ。塔に連れて行ってくれって。第5世代だからスキルさえあれば戦えるようになるってアピールして。その時は俺たちにも余裕がなかったから断ったんですが、どうやらそのことを根に持っているようですね。あいつのアビリティ、それほど悪いものじゃないのに」
「負けん気は買うがな。文句を言えた義理ではないだろう。ま、あの年ごろの子供にはよくあることさ。思い通りにならないのを周りのせいだとばかり思うのは若さゆえかもな」
オミがたしなめるが、シュウは不機嫌そうな顔をしたままだった。
「アビリティが使いづらかったたんだろうが、それならユートみたいにあきらめず挑戦し続ければいいものを。それをしないでやっかむみたいなマネをするたぁな。若さゆえかもしんねえが、あんまりじゃねえか?」
「いろんな人がいますからね。なんで自分が優遇されないんだって嘆くだけの奴も多いんです。街で働く人もいますが、スラムでただ死んだように過ごしている人もいるし。なんでこの世界に呼ばれたかも分かんないのに」
パーティーの守り手であるエイタが乱暴にコーヒーを飲み干した。ユートは困ったように頬を掻いていた。
「シュウさんは、何か新しいことは分かりました? 俺たちがこの世界に転移した原因とか、帰る方法について」
「ヒントは、少しだけあった。まだ確証がないから言えないけどな。もう少し調べてみるつもりだ。こっちは相変わらずか? また『大失踪』が原因でとか言われてんのか?」
『大失踪』とは、10年ほど前から起こっている事件だった。生活環境はそのままに一夜にして人だけが消えてしまう事件。食べかけの食事やスイッチを押したままの掃除機がそのまま残されていることも多いという。
神隠しに会ったように人が消えてしまうことはまれにあったのだが、この事件の特徴は街にあるすべての人が消えてしまうことだった。何千人、何万人と言う人が突如として消えてしまうという事件が、世界各地で何度も起こっている。
「ま、そんな感じですね。『大失踪』で消えてしまった人はみんなこの世界に来るって言う人が多いみたいですよ。中には神様に呼ばれてここに来たと信じる人もいるけど。正同命会じゃないんだから」
アキラがぼやくと、シュウは苦笑いした。
「こっちの状況は相変わらずか。まあいい。俺のほうでももう少し調べてみるぜ。探索しながらになっちまうけどよ。なんかわかったら共有するぜ」
そう言って、シュウはゆっくりと立ち上がった。
「さて。俺はもういっちょ塔に行くことにするわ。向こうで相棒ができたんだ。次に会ったときは紹介してやるよ。きっと驚くぜ。お前たちが思ってもみないくらい、変わった奴だからよ」
「ええ。お願いします。俺たちもシュウさんの相棒には興味がありますからね」
そう言うと、シュウとオミは連れ立って店を出ていった。