第148話 生川法源
「魔線組のオフィスが襲われている? 首謀者は真原源一郎だと!? あのお尋ね者が、ついの現れたというのか!」
「くっ! やっと東雲の爺にわたりをつけたというのに! あいつら魔線組を取り戻す気か!? くそっ! そんなことをさせるわけには!」
正同命会は大騒ぎだった。スマホで誰かと連絡を取っている探索者もいれば、慌てて武器を持っていく探索者もいる。
「社長たち、うまくやっているみたいだね」
「そうだな。この混乱に乗じてこっちもうまくいかせたいもんだが」
アキミとシュウはひそひそと言葉を交わしていた。
シュウたちは、正同命会の隠れ家に侵入している。アキミのオリジンのおかげで誰にも気づかれずに進むことができたのだ。アキミのオレンジの靄は、魔物を操るだけでなく探索者から身を隠すことにも効果を発揮するらしい。
「よし! こちらも向かうぞ! 東雲剛也に恩を売る絶好のチャンスだ!」
「くそっ! 嫉妬の連中はもう集まっているだと! 人数が増えたからと言って調子に乗りやがって!! これで貸を作って有利になろうってか! 奴らにおいしいところだけ持っていかせるな!」
次々と出ていく探索者を見送ると、コロはそっと合図を送る。それに従って、シュウたちは足音を忍ばせながら進んでいく。平生を装っていたが、シュウの心臓はバクバクと大きな音を立てていた。
「ちきしょう。緊張するぜ。こんな潜入任務、全然経験がないのによ」
『もう少しでありますよ。もう少しで、アゲハさんが捕まっている場所にたどり着けますから』
フィルムスが自信を見せ、アキミが笑う中、シュウたちはアゲハが囚われた場所へと急ぐのだった。
◆◆◆◆
「外で騒いでるみたいなんだけど。行かなくていいの?」
「どうやら真原源一郎が現れたようだね。魔線組がまた変わるかもしれない。面白いことだが、まさかこのタイミングで事が起きるとは」
アゲハのめんどくさそうな言葉に、生川法源は溜息を吐いた。
正同命会の教主は今日もまたアゲハの牢に来ていた。ここに来て、とりとめのない話をする。アゲハの答えは適当だが、それでも生川法源は嬉しそうだ。まるでアゲハとの会話で何かを繋ぎ止めようとしているようだった。
「もう少しかと思ったが、それも敵わないか。すまないね」
「? なにが? あんたがロリコンってこと?」
すげなく言うアゲハに、生川法源は苦笑してしまう。
「何度も言うが、ロリコンではないよ。さすがに孫のような娘に欲情するほど元気ではないさ」
「でもいっつもここに来てるじゃん。大事件があったのに押し掛けるって、相当なもんだと思うけど?」
ぞんざいに扱われても悪口を言われても、生川法源の笑みは穏やかだった。
「そうだね。確かに、君と話したいという意識はあるかな。こっちに来て、君と再会して。私のために、君の顔を見たいという思いが強くなった」
「うわ・・・。認めたよ、こいつ」
嫌悪感丸出しのアゲハを気にも止めず、生川法源は話を続けた。
「私がまだ、今の君と同じくらいの年だったころのことだ。幼馴染がいてね。彼女は、私たちのあこがれだった。友人たちと何とか仲良くなれないかと考えたものだよ」
生川法源を胡散臭そうに見つめながら、それでもアゲハは時間つぶしに付き合うことにした。
「へえ。あ、私がその人に似ているとか? はっ。老人は本当にしょうがないよね」
「いや全然似ていない。彼女はもっとたおやかだったし。高嶺の花っていう言葉がぴったりな、君とは違っておしとやかできれいな女の子だったよ」
真顔で否定する生川に、憮然としてしまうアゲハだった。
「授業で意見を言う姿、真剣に話を聞く横顔、そして帰り道でのとりとめのない会話。懐かしい思い出だ。その後彼女が、倒れてしまったから余計にね」
「!!!」
茶化そうとしていたアゲハが、二の句を付けられなくなってしまう。
「学校で急に倒れてしまってね。すぐに入院になった。君と、同じ病気だった。僕たちが見舞いに行くといつも申し訳なさそうな顔をしていたよ。でも日に日に弱弱しくなってね。そして間もなく」
ため息交じりに語りだす生川法源を、アゲハはにらみつけることしかできない。
「思えば僕が医者になりたいと思ったのは彼女のことがあったからかもしれない。彼女と同じ病気の患者が来ると何としても助けたいと思うし、助けられた時は誇らしい気持ちになった。反対に、助けられなかったときはくやしかったなぁ」
「ふん。同情? こんな時まで取り繕うのね。本当はお金のことしか頭にないくせに」
アゲハは恨みがましい目で生川法源を睨んでいた。
「取り繕ったようなことを言うけど、本音は違うよね? あんたたち医者ってやつはさ。聞いたんだ。私のこと、扱いにくい患者だって。我がままばっかりとも言っていた。ほとんど部屋から出られなくて食べたいものも食べられなくて、学校にも通えなかった。我慢ばっかりしている私を、あいつらは嘲笑ってたのよ」
「そうか。君はそれで」
生川法源は顔を手で覆った。でもすぐに覆った手を外すと、悲しそうに微笑みながらアゲハを見つめた。
「医者の仕事は忙しい、というのも患者の君からしたら言い訳に過ぎないだろうね。でも私たち医の道にかかわるものは、どこかで患者の力になりたいと思っているものだ。患者に救われることも多い。少なくとも私は、君が元気に過ごす姿に救われた」
「こんな時まで取り繕うんだ。もう名声なんて関係ないところに来たくせに。きれいごとはもううんざりよ」
文句を言いつつも、どこか遠くを見つめるような生川法源にアゲハは怪訝な顔になってしまう。
「私と、合成された天族はね。かなり、質が悪い。まだ魔力に慣れていないうちから、この体を手に入れようと企んでいてね。最初は優しい言葉で囁くだけだったが徐々に、力をつけてきてね。今では、あいつが体の主導権を握ることが、ほとんどさ。おそらく君と会うときは初心に戻るんだろうね。この瞬間だけ、自分を取り戻すことができる」
「あんたがたびたび会いに来るのはこのためってわけ?」
頷くと、生川法源は牢屋の扉をいじりだした。呆然とするアゲハを尻目に、彼女の手錠を外していく。そして2組のナイフをそっとアゲハに押し付けた。
「あ、あんた・・・。なんで・・・」
「君の仲間が助けに来ている。彼らの指示に従えばここから逃げることも可能だろう。ふふふふ。最後に話せてよかったよ」
生川法源は不思議と笑顔だった。アゲハは一瞬だけ呆然としたが、次の瞬間には出口の位置を改めて確認した。動こうとしたアゲハは、すぐに足を止める。何者かが、この地下室に近づいてきているのだ。
「生川先生。困りますな。貴重な人質を、逃がそうとするだなんて」
入口から入ってきたのは小太りの男だった。スーツを着た男もいて、冷たい目で生川法源を睨んでいる。
「山下くん。中川くん。そうか。君たちは、もう」
「本当はね。後しばらく待つつもりだったんですよ。無魔の人間たちに操らせるほうが、より簡単に適した体を作れますから。でも、こうなったら仕方がない。何。少し面倒ではありますが、ここまで来れば私たちでも対処できます」
そう言って、小太りの男はスマホをいじりだす。出てきたのはバイオリンで、男はいやらしく笑いながらそのバイオリンを構えた。
「山下くん!! それはいけない!」
「無駄ですよ。山下昭如の体はもう我らの手中にある。この私もね。ふふふ。もちろん私も、処置は済みましたから」
スーツの男はいやらしく笑った。そして響き渡る、きれいなバイオリンの音。瞬間、アゲハの心臓が大きな音を立ててしまう。
「お、お前!! 何を!!」
「人間の時間はもう終わりということさ。おとなしく、その体を渡すがいい」
正同命会の地下室に、アゲハの絶叫が響き渡った。




