第147話 ゲンイチロウと東雲
押し寄せてきた敵は、ゲンイチロウの元護衛たち。その相手に、さすがの魔線組幹部たちも躊躇いが生じてしまう。
「くそっ! こいつら、傷だらけじゃねえか! お前! こいつらを衰弱させることまでしたのか!」
「くくくく。かなりしぶとかったが、最後の一人が手に落ちた時は爽快だったぞ! ははは! 私の中の魔物も、喜んだに違いない!」
高らかに笑いだす東雲だった。
「てめえ・・・。やっぱり、こいつらに何かしているんだな! アビリティかなんかで、こいつらを操っているんだろう!」
「くくくく。まあ、わかるわな。そうよ! 私の『操心』のアビリティは、いわばお前の上位互換よ! 心を弱めればその隙をついて手足のごとく動かせるのだからな!!」
罵ってくるヨースケに、高らかに叫び返す東雲だった。
「ほれ! お得意の感情制御はどうした? ふふ。なにもできぬだろう? こいつらの心は、虚無だ。何も考えられておらぬ。怒りや怯えを増幅させるお前の力は使えぬ。なにせ、ゼロに何を掛けてもゼロになるのだからな!」
満面の笑みで罵ってくる東雲に、歯ぎしりせんばかりのヨースケ。東雲の言う通り、ヨースケの能力では元護衛に正気を取り戻させることはできないようだった。ヤヨイの援護のおかげで致命傷こそ抑えられているものの、終始押され続けていた。
「ヨースケ! 抑えろ! 俺が、やる! 俺の、俺たちの力であいつらに正気を取り戻させてやるぜ!」
「うん? お前が、なにをできるというのだ。オリジンなどにかまけ、ろくにアビリティを鍛えてこなかったお前に! オークの防御力か? はたまた腕力か? それとも、スキル? ああ、そうか。オークキングの雄たけびには気分を高揚させる力があるのか。だが、それが何になる? 知らんのか? アビリティにはレベルがあり、それによって威力は増減するのだ。ろくに鍛えてこなかったお前の叫びに、ワシの洗脳を吹き飛ばすほどの威力があると思うのか?」
饒舌に語りだす東雲に、ゲンイチロウは馬鹿にしたような笑みを返していく。
「はっ! いやに語りだすじゃねえか! お前、不安なんだろ? 俺の叫びがお前の洗脳を吹き飛ばさないか不安なんだな。へっ。ああ、お前の言う通りさ。俺はろくすっぽアビリティを育ててこなかった。確かに俺の能力じゃあ、洗脳を解くなんてできないだろうな! だが!」
ゲンイチロウは大きく息を吸い込んだ。
「「がああああああああああああああああ!!!!」」
そして息を吐くと同時に大声で吠えたのだ。
すさまじい音量だった。ビルの窓は震え、次々とガラスが砕けていく。この大きさならば。下で戦うサナたちはもちろん、イゾウやユートたち、そして街に住む住民たちにも届いたかもしれない。
「くっ! 大声を出しおって! だが、貴様ごときのスキルレベルなら! !!!」
東雲は言葉を止めてしまう。制御が、聞かなくなったのだ。ゲンイチロウの護衛たちは首を振りながら呆然としていたが、やがてすべてが東雲を睨んでいく。
「ば、バカな!!? 洗脳が、解けただとぉ!!」
「ははっ! やってやったぜ!! お前ら、疲れているところわりいが、もう一仕事だ!! この期に及んで東雲に力を貸すばかやろうどもの、目をさまさせてやれ!!」
「「「「うおおおおおおおお!!!!」」」」
形勢逆転は一瞬だった。『オークキングの叫び』に揺さぶられた護衛たちは高揚し、次々と東雲の部下に襲い掛かっていく。その様子を、東雲はあっけに取られたように眺めていた。
「な、なぜだ? お前はアビリティをろくに鍛えておらんかったはずだ!!」
「確かに俺はアビリティを鍛えなかったがよ。中の魔物は別だ。俺の相棒は、生きている間ずっとアビリティを鍛え続けてきたんだからな」
『クフフフ。それは悪魔・ダンタリオンの力か? たしかにあれはやっかいだが、使うのは人間ではの。本来の性能をまるでひきだせてはおらんではないか』
言うや否や、ダッシュで飛び込んでいくゲンイチロウは東雲の横面を力いっぱいに殴り飛ばしていく。もともといた仲間はゲンイチロウの護衛たちに抑えられ、ただ一人になった東雲はゲンイチロウに殴られて吹き飛ばされていく。
「あ、あ、あ・・・」
「ははっ。魔装ってやつはよ。魔族の力を直接借りることができるんだよ。どんなに鍛えても長年力を使い続けてきた魔族には敵わない。それこそ、植草の爺さんやアゲハの嬢ちゃんみたいな天才以外はな。この勝負は俺たちの勝ちだ」
「おっしゃ! さすが親父!! 俺たちの勝ちだ。おら! お前ら、武器を捨てやがれ!! 抵抗する奴はただじゃ済ませねえからな!!」
ヨースケの言葉に元気よく従うオミとヤヨイ。彼らもゲンイチロウの叫びに影響されたらしく、少し乱暴に東雲の仲間たちを拘束してく。
「勝鬨を上げろ!! 俺たちの勝利だって知らしめるんだ! がはははっ! 忙しくなるぜ!! 俺たちが戻ったってことを証明しなきゃなんねえんだからよ!!」
「まったく親父は・・・・。お前たちも叫べ!! 俺たちの勝ちだって証明するんだ!! けが人はちゃんと休めよ。どんなにひどくても直せるだけのつてはある。後で必ず直してやるからな!!」
楽しそうに笑うゲンイチロウとオミの言葉が、この勝者が誰であるかを物語っているのだった。
◆◆◆◆
その叫びが聞こえた瞬間は、まさに勝負が決まろうとしていたタイミングだった。
「う・・・・。くっ」
「あの叫びは源一郎さんのものか。ということは、我々の負けが確定したということだね」
まさに絶体絶命だった。クジョウのナイフはサトシの首筋に当てられており、あと少しで息の根を止められたはずだった。頼りのテツオもあおむけで倒れている。荒い息を吐くサナも、貯めた魔法を放つことすらできない。
「ど、どうした? そのナイフ、使わないのか」
「ああ。これはふりさ。元から君たちの命を奪うつもりはなかった。私は東雲さんに恩はあるけど、命のやり取りをするほどではなかったからね」
言葉通り、クジョウはナイフを収め、サトシから離れていく。その様子を、サトシはあっけに取られたように見つめることしかできなかった。
「お、おい、あんた・・・」
「もうやる気はないよ。私たちは負けたんだ。敗者は、おとなしく去るのみさ。怖い人も見つめていることだしね」
言われてテツオは気づいた。サナも厳しい目で入口を見つめている。
そこにいるのはイゾウとパメラ。2人とも息を切らしてクジョウを睨んでいた。
「イ、イゾウ先生・・・」
「私も消耗したからね。さすがに今の状態で植草先生とやり合うほど命知らずではないよ」
クジョウは衣服や体についたほこりを払っていく。その様子を、サトシは他人事のように見つめることしかできない。
「さすがに、わきまえておるの。見事だ。だが、いいのか? ワシとやり合うチャンスだぞ」
「いえいえ。あなたとやり合うほど自殺願望があるわけじゃないですよ。私たちの勝負は、どちらが先に塔を制覇するかです。それがきっと、街の皆さんを助けることにつながる」
含み笑いを漏らしながら去っていくクジョウの背中を、サトシは見つめることしかできなかった。
「サトシ。大丈夫か」
「イ、イゾウ先生・・・。すみません。その、あと一瞬遅れたらまずかった」
悔やむサトシに、イゾウは静かに首を振りながら微笑んだ。
今回の作戦で、イゾウたちは別の方面で戦っていたはずだった。だが、サトシたちの苦戦を感じて戻ってきてくれたらしい。直接助けてくれることはなかったが、それでも十分だった。
「すまぬ。遅れた。カーターの奴が、意外としつこくての。敵が増えておった。やはり、リヴィアの仲間以外にもかなり大勢が、この島に来ているようだ」
「残念だけど逃がしちゃった。私も足が速ければよかったんだけど」
「いえ、その・・。すみません。オリジンを鍛えてきたのに、あいつには、九条家重には手も足も出なかった」
サトシは、ほっとすると同時に悔しかった。何もできず、ただ手を抜かれただけの自分を、どうしようもなく思ってしまった。
「なに。あれほどの相手だ。命があったのは僥倖というものよ。それよりもようやった。お主らの活躍で、命を長らえた者も少なくないだろうて。ユートの奴に自慢してやるとよい。あ奴らは、ミナトを追い返すことしかできず、悔しがっていたからの」
サトシに手を取って立たせると、イゾウは街の南側に目を移した。
「イゾウ先生?」
「うむ。こちらは何とかなったがの。正同命会に向かったコロたちが、うまくやってくれると期待しよう。あのとおりコロは、本当に頼りになる男だからの」
そう返すイゾウの目は、どこか愁いを帯びているように、サナには思えたのだった。




