第141話 フィルムスとウェヌス
「ほああああ! こ、これが幻のポトゥス! こんな高級酒、まさか異世界に来て飲めるとは思わなかった!」
「うひひひ。どうだ? うまいだろう? これを手に入れるの、結構苦労したんだぜぇ?」
感嘆の声を上げるアヒルに、正同命会のウェヌスが笑いかけていた。
「ウェヌスは昔からおいしい料理を見つける才能だけは有りましたからなぁ。うむむ。美味であります!」
「なんだよだけって! 才能あふれる見目麗しい淑女だろ! これでも第3師団最年少で四正天に選ばれたほどなんだぜ! もっとあたしを敬え!」
フィルムスを小突き、大口を開けて笑うウェヌスだった。
2人はウェヌスの部屋で酒盛りをしていた。お酒やつまみはすべてウェヌスが用意したもので、フィルムスはアヒルの口を器用に使いながら楽しんでいる。
「うちの上司が相変わらず最悪でさぁ。こっちに来てからも無茶ばかり敷いてくるんだよ。この世界に連れてこられたのもあいつのせいだし。自分はやれもしないことをさも当たり前に命じてきやがって。四正天とか言われても実情はひどいもんさ」
「うちの上司も、ちょっとと思うことはあるであります。元王族なのにほんと弱気で・・・。上の人はもっと堂々としていてほしいのであります。むしろワタクシをもっと敬うべきであります! 毎日頭を下げるくらいに!」
「いやお前、それ不敬だから!」
突っ込みをはさみつつも、しみじみと語り合う2人だった。
2人は軍学校の同期だった。入学までは知り合いでもなかったが、同い年で同郷とあって気づけば頻繁に飲みに行く仲になった。6枚の翼を持ち、美人と評判のウェヌスと2枚のありふれた翼しかなく顔も平凡なフィルムスは能力的にもかなり差があったが、なぜか馬が合っていつもこうして愚痴を言い合っている。
「お前の上司は、あのアーテル様だろ? 旧王族で模範的な軍人の。ローテル橋の戦いの一件なんてすごかったらしいじゃねえか。お前だって自慢してたじゃん! 黒い翼があるからって尊い存在なんだぞ。そりゃ、家族からも迫害されてるって言われてるけどよ」
「ルシファー様以外からの扱いはひどいものだったらしいでありますけどね。それは分かるんですが、上司なんだからもっとしっかりしてほしいって言うのが本音であります。ワタクシたち下っ端はどうあがいても上に翻弄されるでありますから」
ため息交じりに言うフィルムスの盃にウェヌスは酒を注いだ。
天族にとって翼の色は枚数以上に重い意味を持つ。純白を頂点に赤、オレンジ、青、緑、紫と価値は続く。フィルムスのようなくすんだ灰色の翼は見下される傾向にある。まして、黒い翼は呪われているとして、忌避される存在なのだ。
「なんだかんだ言って冷遇されるのはちょっと辛いでありますよ。アーテル様の部下だというと、同情されるのはまだましなほうで、あからさまに馬鹿にされたりすることも多かったでありますし」
「そんな風潮もあるけどよ。でも羨ましがるやつも多いんだぜ? なんたってアーテル様は旧王族だからな。スペシャルだって2つあるって話だし」
そう言ってため息を吐くウェヌス。フィルムスはなんとなく、愚痴を言っていても美人は美人だなと思った。
6枚のオレンジの翼はかなり目を引くのではないか。ウェヌスは顔も役者張りに整っていて天族の街に行けば10人中7人の男たちが振り向くのではと、フィルムスは考えている。
「ふぇっふぇっふぇ。ウェヌスは出世街道にいますからなぁ」
「うっせえ。あたしが出世したのはただの偶然だよ。ただ真面目に仕事していただけなのによ。ソルのくそ爺なんか、ほんときもかったんだぜぇ? 体を奪ったのも、準備ができたら隙あらばあの釘を使えって言われたからさ。醜い体にされて悔しくないのか、とかよ。あたしとしては元の体に戻るのにそれほどこだわっちゃいない。どーでもいいんだよ」
ウェヌスはふてくされたように盃を煽った。
まるで女優のように整った外見をしたウェヌスだが、意外と本人はまじめだ。まじめで能力も高いから、どんどん軍功を積み重ねて、やがて四正天にまで上り詰めた。旧王家に対する忠誠心に至ってはかなりのものだから、いつもいい加減なフィルムスは突っ込まれてばかりいるのだけど。
「なあ。お前は今回の作戦をどう見ている? あたしは正直、天族はかなり厳しい状態になっていると思う。パンテラが食われたとき、勝負は決まったと思うんだ。そのせいでケルベロスを自由にしちまった」
「本当にあっさりでしたね! 気づいたらパンテラは死んでたし! うちの上司ならこうならなかっただろうというに!」
ふぇっふぇっふぇと笑い出すフィルムスにウェヌスは苦笑を返した。
ちなみにパンテラとはアオやケルベロスと合成された天族だ。四正天より格上で、第3師団随一の猛者。ケルベロスの力を取り込もうと息巻いていたが、結果はあっさりとしたものだ。アオが目覚める前に、死体をさらしてしまった。
「正同命会ではそう言う見解なの?」
「んにゃ。あくまであたしの意見。あたしが言うのもどうかと思ったけどさ。イエンスのくそ親父はいろいろやっているようだけどよ。うまくいくとは思えねえんだよな。正同命会って組織は、もう長くないと思う」
目を丸くしたフィルムスだった。本人は慎重だからなかなか言わないけど、ウェヌスのこうした予測はかなり当たる。ということはつまり、正同命会は長くないというところだろう。
「あたしの宿主が使っていて分かったけどさ。オリジンってのはやばい。あれを鍛えれば人間の魂がすさまじく先鋭化され、どんどん魔力をためこめるようになるんだ。3つの魂が、並び立ってしまうくらいにな。ある一定ラインを超えるともう止まらない。そうなるともう勝ち目がない。体のベースは人間のものだからな」
「だから、そうなる前にその体を乗っ取った?」
ウェヌスは勢いよく盃を呷った。
「それも、あるかもな。何しろあたしは宿主に嫌われてたし。あのまま行ったら二度と出てこられなくなったと思う」
「まあ、ウェヌスは露悪的ですからねぇ」
屈託なく笑うフィルムスに、ウェヌスは苦笑してしまう。
「お前にもあっただろう? その体を手に入れる前、暗いところで一人、ずっと佇むしかなかった頃がさ。あれは、本当にきつかった。何よりしんどかったのは、空を飛ぶことができないことだった」
「ウェヌスは、本当に空を飛ぶのがすきでしたからねぇ」
しみじみと語るフィルムス。ウェヌスも遠くを見つめるような目になった。
「覚えているか? 軍学校を卒業して、2人でキウィタスの空を飛んだ時のことを」
「あれは、ひどかった。だってウェヌスは6枚羽の天族ですから。ワタクシが付いていけるはずはないでしょう!」
憮然というフィルムスに大口を開けて笑うウェヌスだった。
「あたしはな。やっぱり空を飛ぶのが好きなんだよ。天族にとっては当たり前のことだけどな。この馬鹿正直なガキの目で空を見て、たまらなくなった。貴重な魔道具を使ってまで体を手に入れた理由は、言ってみればそれだけなんだよなぁ」
「そう。なら、仕方がないかもしれない」
その場に沈黙が落ちた。
冗談めかして言ったウェヌスだが、もしかしたらアーテルの元にいるフィルムスを羨ましいと言ったのは本音かもしれない。ウェヌスがアーテルの元に配属されていたらと想像すると、両者にとってこの上ない成果を上げただろう。
「うまく、行かないでありますなぁ」
「なに、そう悪いもんでもないさ。こっちに送られたのはあれだけどよ。こうしてお前とまた飲むことができたんだからな」
そう言って笑い合う2人。長い夜は、お互いが眠りに誘われるまで続くのだった。
◆◆◆◆
階段から足音がして、アゲハはそっと顔を上げた。手錠をはめられ、ほとんど身動きを取れない今でも、外の様子をそれとなく伺っていたのだ。
正同命会の離れにある牢屋での出来事だった。何か妙なものが潜んできたと思ったら、ルリコの体を乗っ取った女と連れ立って去っていった。そして、それを観察するような探索者の姿も、把握していた。
アゲハはその状況を警戒し、ひそかに何があっても対応できるよう構えていたが・・・。
階段を降りてくる人影にアゲハは身を固くした。
「春山くん。元気そうで何よりだ。命令通り、君に乱暴な真似はされなかったみたいだね」
「なに? そんなに私と話したいの? このロリコン。死ねばいいのに。こっちに来てまであんたのすました顔を見るなんて、本当にうんざりよ」
口汚く罵るアゲハに、しかしその男は苦笑しただけだった。
「正同命会のトップが、引きこもりの小娘になんのようがあるってのさ」
「ふっ。君は相変わらずだね。なに。少し君の顔を見たくなったのさ」
そう言って、生川法源は微笑みながら話し始めた。




