第139話 トゥルスと魔道具
「まさかあのアゲハ嬢ちゃんがな」
「ええ。第1階層の探索者が見ていました。色の白い少女を、ネプトゥとウェヌスたちが運んでいったのを。おそらく正同命会のアジトに連れていかれたと思います。僕がついていながらすみません」
コロが悔しそうに報告した。
アゲハたちを追っていたコロは、しばらくしてアジトへと戻ってきた。第1階層には嫉妬や魔線組の探索者でひしめいていたがコロは運よく中立派の冒険者と接触し、アゲハたちの動向を知ることができた。
「厄介だな。アゲハ嬢を助けるためには奴らのアジトに乗り込まねばならぬが・・・。あそこは広い。どこにいるのかは検討もつかねえ。こっちには街に行けぬものも多いというに」
アオはしょんぼりしてしまう。
イゾウの言うとおりだった。アオだけでなく、元フェイルーンたちも門に弾かれてしまう。ケイたちだって街で正同命会の探索者にあったらどうなるかはわからない。
「やはり俺がいくしかないだろう!! 俺だって四正天の一人だ! 本部にだって何度も足を運んでいる! あそこに忍び込むくらい!」
「やめよ! お主まで行ってどうする! せっかくお主だけは助けることができたというに!」
叫び出すトゥルスをイゾウが叱責した。
トゥルスの身柄は何とか確保することに成功した。それどころか、クレアもウェヌスの部下の2人も救出している。経緯はどうあれ、こちらはまさに100点満点の出来栄えだったのだが・・・。
イゾウがちらりとアオを見た。アオは何も言わず、ハーパーが拾ったという釘をいろんな角度から眺めていた。
「アオさん」
『これは魔道具だな。奴らにとって秘中ともいえる希少で高度な魔道具だ。これがあそこにあったということは・・・』
つぶやく声は少女のものだった。
「ケルベロス。お主は」
『これは魂を縛り付けるための魔道具だ。天族がお前たち人間の体を乗っ取るためのな。ほら、あの社畜が持っていた魔道具があっただろう。魔族の力を封じるという。あれを、もっと進化させたものだ』
ミツの言葉に、眉をしかめるレビアタン。その言葉にエスタリスが強く反応した。
『そんな! 私たちにはそんなものは!』
『お前には渡されておらんだろうな。何しろこれにはかなり希少な素材が使われている。我らの世界で作り出すことは難しい。この世界の素材を使わねば、それこそお前たちの国家のトップの力を集めねばならんほどにな。おそらく、ごく一部の天族にしか渡されておらんのではないか?』
そう言うと、ミツはその場にいる全員の顔を見回した。
『これではっきりしたな。正同命会とは、人間の探索者が協力し合うための組織ではない。あれは天族が人間の体を乗っ取るために集められた組織だ』
ミツの言葉に、全員の視線が集まったのだった。
◆◆◆◆
「そ、そんな! ち、違います! 正同命会はこっちに呼び出された探索者を救うために生川先生が作った組織のはず! 名前だって先生が運営していた病院を元にしていて!」
『そうなるように仕向けたのだろうな。教主などとうそぶく人間の、中にいる天族がな。そしてスキルを使わせている。奴らは信仰心の厚いものにスキルを取らせているというが、それもその活動の一環だろう。おそらく信仰が深いという名目の上、第3師団の軍人たちを顕在させようとしているのではないか』
焦りだすアシェリにミツはこともなげに答えた。
「あなた! いい加減に!」
『やはり、そうか。『高慢の塔』で成功して以来、天族の試みはすべて失敗している。連中が何の手も打たずに暴食に着手するとは思わなかったが、そう言う手で来たということか』
レヴィアタンにまで言われ、ますます激高したクレアだった。だがクジラのレヴィアタンは見下すようにふんぞり返ったままだ。
ミツはさらに言葉を続けていく。
『おかしいとは思わなかったか? 正同命会の四正天。会の中心ともいえる部隊に、あんな子供が選ばれたことを』
「ウェヌスちゃんのこと? でもあの子は頑張っているし、才能もある! 素直でいい子なんだから!」
含み笑いをするレヴィアタンを不快に思ったのはアシェリだけではないだろう。だがその言動は不思議と説得力があった。
『四正天にあの小娘が選ばれたのは、ウェヌスと相性が良かったからか。ふっ。道理で名前に聞き覚えがあると思った。第3師団のウェヌス。害鳥どもの中でも指折りの実力者だな。マルスもネプトゥも、トゥルスも聞き覚えがある。天族ではよく見かける名前だし、偶然かとも思ったが。そうか、そう言うことか』
「だからあの子は!」
ミツとレヴィアタンの会話に必死で抗議するクレアだが、あいにくと説得力がない。アゲハとウェヌスが連れ去られたことでミツの言葉に説得力が増したせいかもしれない。
「つまりこういうことか。正同命会は天族が組織したもので、俺たち四正天は天族が体を手にするための計画のために集められたと」
『他の者たちもおいおい体を天族に支配されるだろうな。しかし四正天が天族の名前をそのまま使うとは。何というか、本当にこちらを舐め腐ってくれる』
ミツの目は爛爛と輝きだしている。
『最初は、体をこの世界になじませることから始める。そして体にスペシャルを使わせてこの世界でも我らの力を使えるように仕向けていく。そうしてこの世界でもスペシャルできる体を育てたうえで、もう一人の魔族ごと体を乗っ取る。そうすることで害鳥どもは効率的にこの世界で動ける身体を手に入れられるというわけだ。魔族のスペシャルを奪った上でな』
「そんなわけないでしょう! 正同命会は、そんなことのためにあるわけじゃない! 私たちはここに転移してきたみんなを救うために動いてきた! 体を奪われるためにあるなんて、そんなことあるわけがない!」
必死で抵抗するアシェリを気にも止めずミツは釘を見せてきた。
『これは保険だな。何かの事情で魔力がなじむ前に危機が訪れた場合に、未完成でも体を乗っ取れるようにするための。もし、持ち主に危機が訪れた場合にこの釘で自分以外の魂を縫い付けて活動できなくするんだ。状態はどうあれ、魂が3つあれば状態は安定する。そのうえで自力でスペシャルに体を馴染ませて乗っ取ろうという魂胆だな。人間にスキルを使わせるより相当に手間はかかるが、それでも体を作ることはできる』
そこまで言った時だった。トゥルスが机を蹴飛ばして後ろに飛ぶ。その体が膨れ上がり、背中から6対の触手がうごめきだしている。
だけど、トゥルスが次の行動に移ることはなかった。
『行動が、遅い。様子見にしろ、もっと早く決断すべきだったな』
「ば、ばかな! いつの間に!」
飛び上がったトゥルスの懐にアオが潜り込んでいた。吹き飛ばされたトゥルスは、それでもなんとか着地したものの、その胸にはあの釘が刺さったままだった。
「ケルベロス!! あなた!!」
『攻撃に転ずる瞬間は無防備になる。第3師団の四正天と言われたお前でもな。この場で動けたのはさすがだが、まあそれだけのことだ』
わなわなと震えるトゥルスを見ることもなく、アオは静かに席へと戻っていく。イゾウすらも動くことのできなかった早業に全員が絶句していた。
「トゥルス!!」
『天族のトゥルスはともかく、その人間は無事だ。私は教えてやったに過ぎない。魂を扱う専門家として、その魔道具の本来の使い方というヤツをな。知らなかったか? それを使えば天族の力も封じることができるんだ』
胸の釘は吸い込まれるように消えていき、あとには人間のトゥルスだけが残っていた。呆然としていたトゥルスは、驚愕な目をミツに向けた。
「俺は、どうなった? 俺の中の天族は、どうなった!」
『お前は今まで通りだ。お前の中の天族が動き出すことはもうない。お前の中に縫い留められて、泣こうがわめこうがもう抵抗できん。まあ奴がお前にしようとしたことが自分に返ってきたんだ。自業自得というヤツだろうな』
嫌らしく笑うミツは、そのままトゥルスを見つめた。そして、食堂の隅を指さした。
そこにあったのは、ケイが作り出した人体模型だった。
『そこにお前の体を用意した。お前ならそれを扱うことができるだろう。しばしの間、語ることができるはずだ。なあ、ドヴェルグ』
『相変わらずだのぉ。まあ、今回は助かったと言っておこうか』
しわがれた声が聞こえ、全員が目を見開いた。
ケイが作った人形が姿を変え、しゃべっているのだ。その人形は、いつの間にか髭の長い、4頭身の姿に変わっていた。豊かな髭をしごきながら、いたわるような目でミツをみつめていた。
『ドウェルグ。力を貸せ。通信用の携帯機と、いくつかの魔道具を作るためにな。作ってもらいたいものはたくさんある。そのために助けてやったんだ。それくらいの仕事、お前なら簡単なことだろう?』
『やれやれ。相変わらず人使いが荒いな。まあよいだろう。今回のこれは借りだ。速めに返さんとな。お前に借りを作ったままだと気味が悪いわい』
そう言ってその老人、ドウェルグは笑ったのだった。




