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第138話 痕跡

『ふはははははは!』


 放たれた水弾の嵐が、サハギンをハチの巣へと変えた。


『くふふふふ! よいではないか! 最初にこの姿を見たときはふざけるなとも思ったが、よく馴染む! リヴィアの体を使うよりもすっと魔力の通りが優れているではないか!』

「楽しむのは結構ですが、遊んでいる暇はありませんよ。速くアゲハさんを追いかけないと」


 笑うレヴィアタンをコロが窘めた。


 第2階層での出来事だった。コロを筆頭に、アゲハとフジノとカエデが組み、さらにリヴィアとハーパーが付いてきて6人でトゥルスを探しに来たのだ。どこかめんどくさそうに探すアゲハは、ある時急に走り出した。


「アゲハ、まだ第3階層には行けないから追いつけると思うんだけど。まったく! いきなり走り出すんだから!」

「何かを見つけたのかもしれません。あの子のオリジンは特殊ですから。あっさり見失ったのは情けない限りですが。それよりも、こんなところにサハギンが現れるなんて思わなかったですよ」


 腹立たしげに言うフジノをコロが窘めるのもいつもの光景だった。コロやイゾウら年長組はアゲハに甘いがフジノは厳しく接している。と言っても、姉が妹を叱るような感じにはなっているのだが。


「レヴィアタン! あまり興奮しないで! 今はアゲハちゃんを探さないと! ケルベロス様に、ちゃんと恩返しするのよ!」


 たしなめるリヴィアの言葉を聞いてかいないのか――。レヴィアタンの興奮は止まらない。そんな彼女たちを尻目に、真剣な顔であたりを探っているのはカエデだった。狐耳をぴくぴくしながら真剣な顔で鼻をひくつかせている。


「カエデさん。分かりますか?」

「わずかだけど、アゲハちゃんのにおいがする。ここを通ったのは間違いないと思う。タマモちゃんも分かるよね?」

『うむ。あの娘、化粧も香水もつけておらぬからわかりづらいが、確かに匂いがする。ここを通ったのは間違いない』


 カエデの足元にいる赤いキツネもそんな答えだった。


 修行の最中、カエデはついにキツネを作り出すことに成功した。エスタリス曰く、顕現できたとは言え力が弱く戦闘には耐えられないだろうとの話だが、匂いを探るだけならできるらしい。


『そうだな。我も少しはケルベロスに恩を売っておかねばな。ほれハーパー。あそこをお前のスペシャルで探るのだ。オリジンを鍛えているお前なら、それくらいで乗っ取られることはない』

「なにを・・・! ふぅ。分かりました」


 一瞬怒りを見せたハーパーは、あきらめたように溜息を吐いた。そしてレビアタンの差す方向に手をかざした。


「レヴィアタン?」

『アゲハという小娘ではないな。これは、ハトホルか? 奴が何かを残した痕跡がある』


 コロがいぶかし気にハーパーを見て、目を見開いた。ハーパーの周りに無数の黒い靄のようなものが現れたのだ。靄は目玉に変わり、レヴィアタンの差すほうを凝視している。


「これはあなたの!」

「ええ。私のスペシャル、あなたたちの言うアビリティです。視覚を強化できるほか、短時間なら過去を映すこともできます。これをオリジンで再現するのが目標ですが、なかなかうまくいかなくて」


 ハーパーは苦笑を漏らした。


 レヴィアタンの差したほうから映像が流れ出した。慌てて振り返ったコロは、驚愕してしまう。そこにはオレンジの肌と牛の角を生やした大柄な少女が焦ったような顔をしていたのだ。


「これは!」

『すこし前の出来事だな。ハトホルのヤツ、ここで何が起こったかを伝えたかったらしい。まったく、我がいたからいいようなものの』


 コロがレヴィアタンを見て、すぐに立体映像に目を戻した。少女は苦しみだした。そして叫びながら自分の体を抱きしめる。背中から生えてくる、3対の翼。いつの間にか顔が変わり、体型も変化していく。健康的で筋肉質で、どちらかと言えばぽっちゃりしていた姿から、すらりとした手足を持つ美しい姿へと変わった。


「こ、これは、天族による乗っ取り?」

『あいつらは“取り込み”とか言っているようだがな。ああなればもう一度戻るのは難しい。体の主導権が、完全に天族に移ったからな』


 すっかり美人の天族になったウェヌスは、何か言葉を発した後、ネプトゥだった男と去っていく。途中で元の少女の姿になったことを、コロは何とも恐ろしく感じていた。


「あ! くっ! 行ってしまう!」

『正同命会とやらのアジトに戻っていくのだな。ふん。あの生意気な小娘も、どうやらそこに連行されていったらしいな』


 レヴィアタンの言葉にフジノは焦りだした。素早い動きで天族たちが去っていったほうを見つめる。


「追わないと! 今なら追いつけるかも!」

「!! 待ちなさい!」


 制止するコロに怪訝な顔をしたフジノだが、すぐに気づいた。


「あら。もう行くの? つれないわね」


 動こうとするフジノたちの前にリヴィアにそっくりな女が立ちふさがっていることに。


 リヴィア自身も言葉を失ってしまう。自分んと同じ姿かたちをした女がその場に立っていたのだから。


『リュムナデスか。貴様ごときが我が道を塞ごうとは。分際を知れ、と言いたいがな』

「うふふふふ。あの世界ではあなたは私ごときが話しかけれる存在ではなかったでしょうね。でも今は違う。この世界では、私はあなたたちの養分じゃない。今の私はあなただって簡単に倒せる。うふふ。私の毒に侵されたあの探索者。その死にざまはさぞかし見ものだったでしょうね」


 女の嘲笑が辺りに響いた。


「あああああああああああああああ!! お前! お前ぇ!!」


 叫び声が上がった。カエデがすさまじい形相でリヴィアに似たリュムナデスを睨んでいた。


「あら? あの探索者と似た匂いがするわ。あの男、もしかしてあなたの身内?」

「お前だけは絶対に許さない! 兄貴の、かたき!」


 叫び出すカエデは、リヴィアのような女に駆け出していく。そして振るわれた詰めの一撃を、しかしリヴィアもどきは簡単に回避してしまう。


「あら? あらあら? 怒っているの? でもそんな攻撃」

「タマモ!!!」


 カエデが叫ぶと同時に赤いキツネが口から何かを吐き出した。魔法の玉のようなそれは、しかしリヴィアもどきに簡単に防がれる。何か障壁のようなものに遮られてしまう。


『カ、カエデ?』

「お前は! お前だけは!!」


 リュムナデスを攻撃した赤いキツネだが、本人は戸惑っているようだ。しかし、攻撃は続けている。本人の意思とは裏腹に攻撃し続ける赤いキツネにレヴィアタンは顔をしかめた。


「くふふ! くふふふ! 怒っているのね! まあ当然ね! 身内が殺されたんだから! ああ! いい気分! この世界に来てこんなことができるなんて! でもあなたの兄が悪いのよ! 私に騙されるほど頭が悪いし、私の毒を中和できないほど弱いだから! あら? 解毒できないのはケルベロスやそのお仲間も同じね。ということは、ケルベロスの部下はみんな能無しということになるのかな?」

「お前! お前ぇ!!」


 カエデの怒りに任せた攻撃は、しかしすべてがリヴィアもどきに避けられていく。余裕の表情で嘲笑しようとするリュムナデスは、しかし次の瞬間には吹き飛ばされていく。


 突如として出現した岩の塊がリュムナデスに直撃したのだ。


「カエデさん! 落ち着いて! そんな状態では当たるものも当たりません! 心を鎮めなさい!」

「でも!!」


 コロがリヴィアもどきを吹き飛ばしたのだ。大剣を抜き払い、そこから岩を放ったコロは、それでも緊張感に顔を引き締めていた。


「ふう。あなた、その武器を使えば土魔法も使えるのね。レヴィアタンだけじゃなくて土魔法を使う覚醒者もいるのか。もう少し、タイミングを見計らったほうがいいわね」

「ま、待て! お前!!」


 下がっていくリヴィアもどきに手を伸ばすカエデ。レヴィアタンが水弾を放つも、簡単に避けられてしまう。


「逃げるのか!! お前は! 逃げるのか!! 卑怯者!!」

「うふふふ! 近いうちにあなたもお兄さんと同じ場所に送ってあげる! 首を洗って待っているがいいわ。私があなたを、殺してあげるのをね」


 叫ぶカエデを気にも止めず、去っていくリヴィアもどき。その背中にかけていく叫び声が、あたりに響いた。


「あいつが!! あいつが!!!」

『悔しいが、見事だったな。ふん。我を足止めしようなど度し難い。おかげであの天族からずいぶんと引き離された』


 コロは第一階層への道のりを睨み、そのまま視線をカエデに戻した。泣き叫ぶ彼女を見ると溜息を吐きながらフジノを見た。


「奴らを追いましょう。私とあなたなら潜めるはず。運が良ければ奴らの動向を聞ける可能性もあります。四正天はただでさえ目立ちますから。カエデさんたちは先に拠点へ戻ってください。いいですね」

「でも!」


 反論するカエデを強い目で睨み、その肩を掴むコロ。そしてハーパーとリヴィアを見て頷いた。リヴィアは緊張した顔でコロに頷くと、カエデの肩を抱いて移動させていく。


「間に合えばいいのですが。でも、後悔している時間はない。追いつけないまでも彼女たちの居場所だけは見つけないと」

「コロさん! いきましょう!」


 悔やむように言うコロは、フジノに急かされてその場を去っていく。沈痛な顔で彼らを見送るハーパーは、床に何かが落ちていることに気づいた。


「これは、釘?」

『貴様! それは!!』


 ハーパーが拾った白く輝く釘を見て声を上げるレヴィアタン。いぶかしげな顔のハーパーは、釘を天にかざした。


「映像が流れた場所に、なんでこんなものが・・・・。確か、あのウェネスっていう女の子が大斧を落とした場所よね?」

『そうか。あの害鳥どもめ! それを使って! 我らの時よりも進化しているということか!』


 うなるレヴィアタンを尻目に、ハーパーはこの釘をケルベロスに見せることを決意していた。

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