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虎133話 2つの密命

「ここまでくればいいだろう。クレア。話ってなんだ?」

「そうね。ここなら、いいか」


 第3階層の、ボスエリア前にある野営地でのことだった。ボス戦を控えて一休みしていたトゥルスを、パーティーメンバーのクレアが呼び止めた。


「教主から直々の命令なの。誰もいないところでこれをあなたに読ませてほしいって」

「塔の中でか? あの教主が?」


 怪訝な顔でクレアから手紙を受け取った。中を見て、トゥルスは思わず目を見開いた。そこに書かれた文字に、衝撃を受けたのだ。


『四正天のトゥルスに密命を与える。ウェヌスと協力し、春山揚羽を守りなさい。君の命を懸けて。 生川法源』


 手紙とクレアを何度も見回した。


 トゥルスは筆跡を知っている。癖のあるその文字は、確かに生川法源その人が書いたものに間違いはない。急いで書かれたのか、文字はかなり乱れていたが、トゥルスがそれを見間違えるはずがなかった。


 でも、内容が意味不明だった。


「内容、私は知らないんだけど、教主はなんて?」

「春山 揚羽って、あのアゲハ嬢ちゃんのことだよな? うちの教主とあの子が知り合いなのか? 何で教主が、あの子のことを知ってるんだ? それに、あの子を守れってなんだよ!」


 クレアにつかみかかった。クレアも目を丸くしていた。


 アゲハは、分かる。オリジンを授けてくれた恩人で、習得方法を教えてくれる師でもある。生意気な少女だがオリジンについてはトップランナーだし、学べることも多い。危うくはあるが探索者の中で随一の実力者だ。


 その彼女を、ウェヌスと協力しながら守れとは?


「これは、教主自らが渡してきたものよ。教主って言われて最近はどうかなって思うことが多くなったけど、これを渡したときは会ったころのあの人みたいだったから、つい・・・。なに、これ?」


 密命を読んだクレアは、トゥルスを見上げた。ごくりと息を飲んだトゥルスは、もう一度内容を確認している。


「私、偽物でもつかまされた?」

「いや、筆跡は確かに教主のものだ。偽物とは思えない。でも、なんで教主が?」


 2人が手紙を見ながら考えている時だった。


「トゥルスさん!」


 当のウェヌスが息を切らせて駆け寄ってきた。彼女の後ろには5人のパーティーメンバーもついてきたようで、そのほとんどが不安そうな顔をしていた。


「教主様から手紙をもらって、この階層に来たら封を開けろって言われたんです。開けてみたら、トゥルスさんと協力してアゲハを守れって。なんですか、これ?」

「俺もわかんねえよ。てか、アゲハはうちの教主と知り合いだったのか? お前、なんか聞いていないか?」


 反対に問われたウェヌスは、必死で記憶を探っている。


「そういえば、アゲハ、言っていました。時々炊き出しに来るお爺さんが、なんかうっとおしいって。こんなところで再会するとは思わなかったって愚痴ってもいましたね。転移した直後って、教主はスラムにたびたび炊き出しに来てたんでしたよね? そして教主は、こっちでは珍しいお年を召した男性の姿だった」

「!! こっちに来た直後に、アゲハ嬢ちゃんは教主と会ってたってことか! でも、なんで教主がアゲハのことを? それにあの子を守れって? あの子は相当な実力者だ。自慢じゃねえが、助けられこそすれ守るなんてできねえぞ!」


 2人は首をかしげることしかできない。


「おいおいトゥルス。こんな時にあいびきとは余裕だな。クレアも教師のくせに大胆じゃねえか」

「デラ。そんなんじゃねえよ」


 いつの間にか、そこにはウィルトンのパーティーメンバーが現れていた。さりげなく、ウェヌスのパーティーメンバーの3人がデラたちに合流したのが分かった。


「愛を語らっているときに悪いが、今日はもう寝ろ。明日はボス戦だぞ。マルスから攻略方法を聞いちゃあいるが、相手はゴーレムだ。油断できる相手じゃねえ」

「待て! デラ! 教主から密命があったんだ! 俺にはやんなきゃいけないことがある!」


 必死で説得しようとしたトゥルスだが、デラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「密命なら俺たちにも課せられているぞ。お前を見張れってさ。オリジンなんかに傾倒する四正天の恥知らずに勝手なことをさせるなとな」


 デラはそう言ってトゥルスに手紙を投げつけた。そこには確かに教主の文字でトゥルスを見張るような指示があった。クレアが受け取ったという密命と同じものだ。ご丁寧にサインまでもあり、文字も整っている。


「これは・・・。どういうことだ? クレアとお前に、教主から別々の密命が下ったってのか?」

「バカが! 教主がお前にそんなガキを守るような命令を出すわけがないだろう! クレハが持っていた密命が偽物なんだよ! 女の色香に簡単に騙されやがって! ったく! これだから月のような女は」

「私たちにも密命があったんです。ウェヌスを見張れって。変な命令だと思ったけど、そう言うことだったんですね」


 ウェヌスのパーティーメンバーが静かにメイスを向けた。


「あなたが、正同命会を裏切ってたって」

「!! スズ! そんなわけがないだろう! 私が会を裏切るだなんて!」


 戸惑いながら叫ぶウェヌスに、その少女――スズは冷静に言葉を続けた。


「大体、おかしかったのよ。あなたのようなごつくていかつい子が四正天だなんて。何その体型! 無駄に筋肉質だし、一緒にされて恥ずかしいったらありゃしない! 大体、スキルやアビリティを捨てて使えないオリジンとやらを使おうなんて、私たちに死ねって言っているようなもんじゃない!」


 一方的にまくしたてられ、ウェヌスはショックを受けた顔をしてしまう。


「この子の言い分はともかく、どっちが嘘をついているかは明らかだろう。お前、クレアに騙されているんだよ。教主があのアゲハを守れなんて言うわけがないだろうが。大体、あの子の部屋は火事になったんだろ? 生きているって保証すらねえ。その女狐を捕らえて終わりさ」

「デラ」


 言葉を遮ったトゥルスは決意を込めた目でデラを見つめた。


「俺にはな。お前の手紙もクレアの手紙も本物に見えたんだ。しいて言うならクレアの密命は急いで書いたようだが、同じ人物が書いたようにしか見えない」

「だからそれは!」


 デラが叫ぶが、トゥルスの意志は変わらなかった。


「済まねえな。俺はアゲハに会いに行く。この塔を探せばあいつに接触できるかもしれねえ。生きていれば、あいつはケイたちに接触しているはずだからな」

「トゥルス!!」


 デラがついには剣を抜きだした。


「お前!! 分かってんのか!! そいつと行くのは、正同命会を裏切るってことだぞ!!」

「裏切る? なんでだ? 俺は矛盾する密命の意味を調べに行くだけだぞ。お前の密命が正しいと決めつけることが、なんで裏切ることにつながるんだ? お前もついてくるといいじゃねえか。俺を見張れと言う密命もアゲハを守るという密命も、どっちも守ればいい」


 冷静に指摘すると、デラは憎々し気にトゥルスを睨んだ。


「ちっ!! こいつは裏切り者だ!! 構わねえ!! 力ずくで捕まえろ!! こいつを教主の前に引きずり出せば、どっちが正しいかはすぐに明らかになる!!」

「そうですね。どういうことかは全然わからないけど、教主様にあいつを突き出せば事情は分かる。それに、こっちの増援も来たことですし」


 スズの言葉に、ウェヌスははっとした。そして見つけてしまう。緑の鎧を着た聖騎士がすさまじい目で睨んできていることを!


「ネプトゥ、さん・・・」

「ウェヌス。残念だよ。お前が裏切るなんてな。お前のことは本当に評価していたんだ。まだ中学生のくせによくやるよってな。せめて、俺の手で始末をつけてやる」


 ネプトゥに睨みつけられ、震えあがってしまうウェヌスだった。


「違うんです! 私は、別に裏切ったわけじゃあ!」

「黙れ! 言い訳なんて聞きたくない! お前は罪人らしく、おとなしく教主の前につきだされればいいんだ」


 剣を抜き、歪んだ笑みを浮かべるネプトゥに、ウェヌスは首を振ることしかできなかった。

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