第131話 レヴィアタンと元フェイルーンたち
アパート地下の道場でのことだった。
「うそ・・・。できた」
リヴィアが、ついにクジラを作り出すことに成功したのだ。バスケットボールくらいの大きさで、なぜかデフォルメしたような姿だったが、リヴィアが作り出したクジラは床の上でぴくぴくと跳ねていた。
「おめでとう! 言ったでしょう? これまで修行がうまくいかないのは体質とあわないだけかもって。ここに来てまだ数日なのに、もうクジラを作れるようになったようだし!」
「アシェリさんのおかげです! リクさんとアイカちゃん。それにシュウさんも! 信じられません! 身体強化もスペシャルの再現もレヴィアタンが望んだ効果は出なかったのに! 私でも、ちゃんとできたんだ!」
大声で喜ぶリヴィアを、みんな暖かい目で見つめている。リヴィアは泣きながら小さなクジラの頭を優しくなで続けている。
『リヴィアさんは決して何の才能もないわけではない。すべては指導方法にあったのです! 鍛え方を変えれば現探索者の最強の能力の一つである“創造”の力に目覚めたのですから』
『黙れ害鳥が。まだこれが使えるとは限らん』
誇らし気に言うエスタリスに、冷たい声が掛けられた。次の瞬間、ぴくぴくと動いていたクジラが静かになる。そしてゆっくりと、その体が宙に浮かんでいく。
「ク、クジラが勝手に! まさか!」
『なるほど。こうやって動かすのか。そしてこの体に我の魔力と混ぜれば、世界に拒否されずに魔法も使えるようになると』
クジラの周りにシャボン玉のような水が浮かび上がった。
『かなりの現実感だ。感覚も空気の流れも浮遊感も感じるぞ。それでいて世界に弾かれる感じはない。そして!』
『!! 逃げなさい!』
エスタリスが叫ぶのと同時だった。水の球が彼女めがけて次々と打ち出された。着弾するが否や響く轟音に、誰もが目を見開いた。
「エス子! よくも!」
『なかなかの威力だな。あのモラクスを攻撃した以上の威力ではないか。くふふふふ。大気中の魔力だけでこれを成せるとはな。リヴィアは全くのはずれではなかったというわけか』
クジラを操ったレヴィアタンがいやらしく笑った。水魔法の威力は相当だった。少なくとも、これほどの威力を出せる探索者を、アシェリは見たことがなかった。
だが、その強力な魔法もエスタリスには通じない。煙の中から現れた彼女は無傷だった。怒りをにじませながらも静かに翼を羽ばたかせていた。
『アシェリ。落ち着きなさい。ケルベロス様が言っていたでしょう。レヴィアタンがオイタをする可能性があるとね。その時狙われるのは天族だと。リクさん。フィルムスは出してはいけませんわ。レヴィアタンの的になってしまうかもしれない』
「で、でも! エスタリスさん!」
叫ぶリクの傍らで、いつの間にか召喚されたエンコウが低く笑っていた。
『さすがは大海の覇者、と言ったところか。出たてなのに、すさまじい威力だ。大気中の魔力をここまで操れるとは。だがさすがのお前でも今のエスタリスにはかなわんようだがな』
「レヴィアタン! あなたは!」
ハーパーがライフルを向けるが、レヴィアタンの声色は変わらない。ゆっくりと体をくねらせてハーパーを捕らえ、周りに水の玉を浮かばせた。
『我に銃を向けるとは。無礼が過ぎるぞ』
水弾が勢いよく打ち出された。打ち出された水の球は、しかしハーパーに当たる前に瞬時にかき消された。
「ふう! 驚いた! 悪ふざけが過ぎるでしょう!」
アシェリだった。アシェリがハーパーをかばうように立ちふさがり、水の玉をかき消した。更なる追撃を加えようとしたレヴィアタンが、次の瞬間には後ろに吹き飛ばされる。エスタリスが放った雷撃が直撃したのだ。
吹き飛ばされながらも一回転して態勢を戻したレヴィアタンはエスタリスを睨みつけた。
『さすがは、雷鳴のエスタリス。お前の名は我の耳にも届いているぞ。お前を下すチャンスかと思ったが』
『クカカカカ! 悔しいか! エスタリスは今のお前が手を出せる存在ではないのだ! 馬の差よ! お主が合成された人間とエスタリスのそれとは魔力の扱いが断然違う! リクはもとより、その女にも敵わんのだ!』
エンコウは嬉しそうに唾を飛ばした。エスタリスは彼を気にも止めず、負けじとレヴィアタンを睨みつけている。
『良いことを教えてやろう! 我らのこの体は人間のオリジンがものを言う! 宿主のオリジンが優れれば優れるほど、元の姿に近づいていく! 今のお前ではエスタリスには及ばぬ!』
「エンコウ・・・。動くなよ」
リクは溜息を吐いた。エンコウが攻防に加われないのは彼が押さえてくれているからだろう。
『これ以上やるならば容赦はしませんわ。アシェリとあなたたちの命では比べるまでもありませんから』
『ふん。戯れよ。今はこれで十分だ。リヴィアが成長すれば、我はさらなる力を発揮できることは分かったからな。あとはあの理由を探れば、こちらの準備も整うということか』
そう言うと、レヴィアタンの気配は消えていった。クジラは静かに停止すると、床に落ちて粒子になって消えていく。その様子を、ハーパーがライフルを構えたままいつまでも睨んでいた。
『ふん。それが何を意味するか、分かっておるのか? 忌々しいが、お前の馬の力を強めねばならんということだぞ』
エンコウの悔しそうな声が辺りに響いたのだった。
◆◆◆◆
「す、すごかったね」
「う、うん。やっぱり魔物を使役できるととんでもない威力になるな。多分、アビリティやスキルだってこれほどのことはできないんじゃないかな。少なくとも僕が見た探索者はこれほどの魔法は使えなかった」
「そうね。私たちも頑張ってあれをできるようにならないと」
元フェイルーンの3人組だった。
狐耳をした赤髪のカエデと、タヌキの耳と髭を生やした濃い緑髪のフウマ、そしてウサギの耳を生やした白髪のレイカだった。
3人は創造の資質があるということで訓練に参加したが、実際の魔物たちの強さを見てそれぞれ思うことがあったようだ。特にカエデとフウマら年少組は興奮冷めやらぬといった感じだった。
「いきなりで魔物を憑依させたリヴィアさんもすごいが、やっぱりアシェリさんだよ! エスタリスさんを召喚しただけじゃないんだ! 見た? レヴィアタンの水弾を全部かき消しちゃった! あれって、魔族を利用した奴だろう!」
「う、うん! 魔力をうまく操って一瞬だけ魔物の身体を作ったんだよね! ゲンイチロウさんたちやサトシさんもオリジンの新しい使い方を研究しているって言うし、サナさんも何かを試しているみたい! 動物を作り出す以外にもいろいろしているんだ。やっぱりみんなすごいなぁ」
そう感嘆すると、カエデは急に元気をなくした。
「兄貴も、こっちで頑張っていたんだよね。聞いたらいろいろ教えてくれたかな? 私、再会したときは全然話せなかったから」
「カエデ・・・」
泣きそうになったカエデを、レイカが抱きしめた。
カエデは、タクミの5歳年下の妹だった。年が離れていることもあってタクミはかなり可愛がっていたらしい。カエデが好きだったアニメのぬいぐるみを自作してくれたくらいの溺愛ぶりで、カエデはうっとうしくもうれしく感じていた。
タクミは妹がこっちの来られなかったと思っていたようで再会をとても喜んでいた。キツネになった妹の前で涙を流していたのだ。
「うん! 落ち込むのは終わり! 私だってちゃんと動物を作るんだ! 私の魔力ならキツネを作り出せるってエスタリスさんたちも言っていた! それに、アオさんの世界でタマモと約束したからな。必ずあなたの身体を作ってみせるって!」
「う、うん。僕も。カイリに自由を味合わせてあげるって言ったんだ。まあ、リクさんたちみたいに戦闘にも耐えられる体を作り出せるとは限らないけどさ」
「そう。私は天族と相性がいいようだけど、アシェリさんたちみたいにかわいい鳥を作り出せると良いな」
あえて明るく言うカエデの頭を、優しくなでたレイカだった。
「でもノドカさんたちは大丈夫かな。おそらく創造に向いた力は出せないって話だけど」
「きっと大丈夫よ。身体強化とかアビリティの再現はできるみたいだし。それに知っている? 今はここでも上位の力を発揮しているリクさんだけど、前はオリジンをうまく使えずに悩んでたんだって。今できないからって他にできることもあるかもしれない。だから、あきらめることなんてないんだよ」
カエデは少しだけ元気を取り戻した。無理に笑いながら、フウマとあれこれを語りだしている。
レイカはふと天井を見上げた。これからの自分たちのことを考えたのだ。
「ケルベロス様は次のターゲットは正同命会のトゥルスと言っていたけど、嫌な予感がするのよね。多分、能力のことじゃない。私たちをこの姿に変えてくれたように、あの方ならオリジンの新しい可能性を見つけ出してトゥルスから力を引き出してくれるでしょう。でも、本当にうまくいくのかしら。正同命会って、なんか怪しいのよね」
笑いながら話す2人を眺めながら、それでも不安が消えないレイカだった。




