第129話 フェイルーンたちの治療と次なるターゲット
「あ、あああああああ! そ、そんな! そんな!」
体育館の真ん中から響いた声に、誰もが言葉を失っていた。第2形態のように姿を変えたその少女に全員が見入っていたのだ。
『まあ、こんなものだろう。次は』
「ちょ、ちょっと待ってください。少し、時間をください」
息も絶え絶えのケイに言われ、ミツは肩をすくめた。第2形態になった少女は信じられないような顔で人間の右手と竜のような左手を見つめている。
「ご、ごあ?」
「だ、大丈夫・・。・・・!!。私、話せてる!? 私、言葉を話しているよね!?」
半竜半人の女性の言葉に、熊の獣人が何度もうなずいた。竜のその少女――増島 和は目に涙をためている。
『それくらいで我慢しろ。お前たちがフェイルーンになって1年ちょっと。いくら私とはいえ、それが限界だ。あと2年くらいで完全に固定されてしまっただろう』
「十分ですよ! 夢みたい! 魔物として生きていくしかないと思っていたのに!」
ノドカは涙目になりながら叫んだ。
竜の魔物のようだった彼女は、もういない。目は赤く体の右側は鱗に覆われていて、右腕に至ってはまだ竜のように鋭い爪が生えていた。だけど顔は人間味をかなり残していて、街で見る第2形態の探索者と言われても何の不思議もなかった。
「フェイルーンをなんとかするって、こういうことかよ。さすがに人間とまではいかねえが、街にいても違和感はねえぞ。オークキングとの会合のこととか、新しいオリジンのこととかが全部ふっとんじまった」
『お前たち人間の魂の強度が足りず、不完全な姿で顕現していたのさ。私はそれを直してやったに過ぎぬ。感謝するならケイにするんだな。まったく。いちいち許可を取ろうとか言いだしたときはどうしてやろうかと思ったぞ』
ノドカははっとしたようにケイを見つめた。まるで疾走したときのように息を切らしていたケイは、ノドカと目が合うと優しく微笑んだ。
『さて。残りの4人もと言いたいが・・・。ケイが疲れているな。しばらくは休憩といこうか』
「は、はい・・・。その、カエデさんたちには申し訳ないですが」
申し訳なさそうに言うケイに、何度も首を振る狐の顔をした少女だった。彼女――松下楓はタクミの妹で、転生に失敗したフェイルーンだった。タクミがあんなことになって落ち込んでいたが、今は何とか立ち直っている。オリジンで狐を作れそうで、そう言う意味でも期待の新人ではあるのだ。
「お兄さんは複雑なんじゃない? しゃべれない同志だったのに、あいつらは話せるようになってさ」
隣に来たアゲハに言われ、慌てて首を振るアオだった。
存在が不安定だったフェイルーンとは違い、アオは虎男の姿で安定しているらしい。だから作り直してしゃべれるようになるのは不可能だとミツが説明してくれた。そのことに思うことがないわけではないが、あんなに喜んでいるノドカたちに異論があるはずはなかった。
『見事なものだな。お前の魂を操る技と、身体を作り出すその女のオリジンとの合わせ技か。お前なら、3つに分かれた魂を一つにすることもできるのではないか?』
『例えばお前の魂とその娘の魂を合成してか? 何度も言うが、身体と魂は密接な関係にある。お前の身体の持ち主はあくまでリヴィアであってお前ではない。お前がリヴィアの魂を吸収したとしても世界に弾かれて消えてしまうのがおちさ。世界から疎まれている限り人間の魂なしにお前たちの魂が主導権を握ることはない。逆はできてもな』
あきれたように言うミツに、リヴィアの姿をしたレヴィアタンはそっぽを向いた。
『さて。ケイの体力が回復次第、他の者にも同じ処置を行う。今後の話はそれからだ。良いな』
「「「「ぐおう!!」」」」
ミツの言葉に、4体のフェイルーンは元気に頷いたのだった。
◆◆◆◆
「すごい! まさかまた話せるようになるなんて! まあ、姿はまるっきりクマだけど」
「このままオリジンを鍛えればこの姿で暮らせるってことっすね!」
「この姿、兄貴にも見せたかった」
「カエデ・・・。その、うん。大丈夫だから」
フェイルーンたちが口々に喜び合っている。
新たに加わった5人だった。緑の竜が混じったノドカに、クマのような第1形態のトウゴ。タヌキのような耳と髭を生やしたフウマに、狐の耳を生やした銀髪のカエデ。彼女を慰めているのが白ウサギの耳をしたおっとりしたレイカだった。
みんなしゃべれるようになって、ミツとケイには特段に感謝しているようだ。
「喜ぶのは後にしろ。その体になりしゃべれるようになったとはいえ、お前たちはまだ弱い。これからもしっかりとオリジンを鍛えるんだ。そうすることで人間の魂が強化され、その姿で安定できる。だが気をつけろよ。姿では魔物と間違えられることはないだろうが、ゲステレを使えば相変わらず魔物のフェイルーンの表示になるのだからな」
「は、はい・・・」
夢から覚めたように返事をするノドカに、ミツは静かに頷いた。
『さて。ノドカたちの件は片付いたとして、お前たちにはこれからやることがあるわけだ。特にアキラ。中の魔物と会ってどうだった? 協力を拒まれたんじゃないか?』
「・・・」
アキラは無言でミツを睨んでいた。
『当然だな。何のメリットがないのに我ら魔物が人間ごときに協力するはずがないだろう。まして、中の魔物にとってお前ら人間は自由を阻む敵だ。敵に塩を送るなどありえんよ』
『つまりは、お前たちの中にいる魔物に言うことを聞かせるには、それなりの対価が必要なわけだ』
レヴィアタンの言葉をミツが引き継ぐと、みんな考えるような顔になった。
「対価、ねぇ。人間なら金とか女になるが、魔物が何を喜ぶのかは分からんな。いけにえでも出せってか?」
「ヨースケ! でもわからないわね。魔物が喜ぶことなんて想像できないわ。ここは魔力が溢れているというからそれでもないだろうし・・・。さすがに体を渡すわけにはいかないし」
ヤヨイが唇に指をあてている。
「創造の力を使えるのはごく一部ですからねぇ」
『リクのように戦闘に耐えられる体を2つも作り出せるのは一握りだ。アシェリやアイカのように一体だけ魔物の身体を作り出すのも相当なものだぞ。常人ならば数十年かかって、やっと動ける身体を作り出せるのがせいぜいだろうな。もちろん、戦闘ができる動物を作り出せるのは夢のまた夢よ。相当な力を持った存在にしか、それは成し得ぬ』
ミツの言葉に、リクは顔を真っ赤にした。
「みっちゃんは本当に思わぜぶりだよね。もういいんじゃない? みっちゃんはどうすればいいと思うの」
『やれやれ。人が会話を楽しもうとしたのにな。まあいい。私が思うのはこれだ』
そう言って、ミツは虚空から何かを取り出した。その手に現れたのは、壊れたスマホだった。
「そうか! スマホだ! これがあれば時間を延々とつぶせるよね! ゲームとか小説とか! 通話機能もあるから外の人とも話をできるし! そんなの、ダウンロードできたらだけど」
『天族の協力を得られれば様々なコンテンツを落とし込むことができるだろう。この塔はリブラリとつながっている。それでゲステレを操作すれば、いろんなコンテンツを落とし込むことができる。時間を無限に使うことができるわけだ』
そう言えば、とアオは思い出した。
パメラの中でスクトゥムが言っていた。パメラからスマホを借りられればいろいろできると。つまり、彼ら専用のスマホがあれば、退屈せずに時間を過ごせるということか。
「それ、壊れてんじゃん。それを使えるようにするにはいろいろやんなきゃいけないんじゃない? みっちゃんもさすがにそんな知識はないでしょう?」
『確かに私にゲステレを作り出したり改良す技術はないが、そう言う技術を持つ魔物がこっちに来ている。都合よくな』
リヴィアからたじろいだような声が漏れた。
『まさか!? あの男が、こっちにきているというのか!?』
『そうだ。というか、お前も見ているはずだぞ。鉄の王ドヴェルグ。ドワーフを代表する技術の匠が、この世界に呼び出されているのだ』
ミツの言葉に、リヴィアが驚愕の顔のまま固まったのだった。




