第128話 再びの邂逅と生川法源
あれからさらに数日が経過した。
アゲハたちの会合が終わった後で、その他のメンバーもアオの世界に呼び出すことになった。みんな魔物たちに会うことができたが、協力してくれた者はごく少数だった。
『うふふ。まさか、またあの姿に戻れるなんてね』
「そ、そうですね。うん。前はあんな姿をしていたんですね。今のあなたからは想像できないわ」
エスタリスの前で、アシェリはまだ緊張した顔をしている。
第3陣として参加したアシェリだったが、魂だけのエスタリスの姿を見て驚きを隠せなかった。アオも目を見開いてしまった。エスタリスの姿が、宝塚にいそうなくらい恰好が良くスタイルの良い女性だったのだ。
『何で敬語ですの!? いつもと違って距離を感じますわ!』
「いや、その・・・。ごめんね? すぐに元に戻るはずだから。ケイの時もそうだったし。それよりも、魔族の子と話せたのは朗報だったわ。要は、あの子が力を発揮できるオリジンを作り出せばいいのよね?」
冷や汗を流しながら言い訳するアシェリだった。
そんなとりとめのない話をしていると、食堂にゲンイチロウが入ってきた。後ろにはオミとヨースケに加えてアキミも付いている。アキミはアオたちに気づくと手を振ってくれた。
「おう。小代の。今、飯か?」
「がう!」
「あたしたちもご飯。にしし。今日のメニューは何かなぁ」
食堂に入った4人とアオは気軽に挨拶を交わした。魔線組を束ねていたゲンイチロウだったが、やはり話しやすい雰囲気があり、アオとも気軽に挨拶する関係ができつつある。
「えっと、ゲンイチロウさんは明日にアオくんの世界に行くんですよね」
「ああ。オミたちや元フェイルーンの姉ちゃんたちと一緒にな。ここにいる間に許可が下りて助かったぜ」
ゲンイチロウはどこかほっとしたようだった。
アオの世界に行くには、ミツから許可を取る必要があった。ミツが言うには、魂の力が弱いと他の魂に飲み込まれてしまう可能性があるとのこと。そのためミツはそれぞれのオリジンの習得度合いを計っているらしい。最初は許可の下りなかったゲンイチロウと元フェイルーンたちも、明日やっと中の魔物と対面することになった。
「本当はお前さんみたいに動物を作ったりできればよかったのによ。俺の力なら一部だけ作れるのがせいぜいだった。全身を作るのは何年もかかるって言われてなぁ」
「こればっかりは本人の資質が重要みたいだから仕方ないですよ。魔物もかなりの実力がいるみたいだし。えっと。こっちに来るのを協力してくれた街の人たちは、一応無事なんでしたね」
「ああ。嫉妬の連中もな。あの正同命会が手をまわしてくれたらしくてな。まあ、人員は限られているから、下手に処分なんてことはできないって事情もあるがなぁ」
ヨースケは複雑そうな表情だった。ヨースケやオミ、シュウたちがスマホでいろいろ連絡を取った結果、ゲンイチロウたちの逃走を助けてくれた人たちは一応無事なことが確認された。拘束され、牢屋のような場所に入れられた人もいたが、命までは取られなかったようなのだ。
それには、あの正同命会の尽力があったとか。
「こういうことがあるから正同命会は読めねえんだよな。非情かと思ったら今回みたいに公正な判断をしやがる。生川法源ってのは、やっぱり二重人格かなんかだろう」
「ケイと一緒に会ったときは、生川先生は結構まともだったんですよ。時折無茶をやらすからついていけないって気になったんですが」
ゲンイチロウとアシェリが考え込んでいる。
「だが、やはり街の様子は気になる。なんでも俺たちがいなくなってずいぶんと変わっちまったとか」
「らしいよね。街に残っている人から聞いたんだけど、なんか人が増えたらしいよ。嫉妬から来たって言う外人だって。乱暴な人が多くて街の治安がやばいことになったらしい。ま、慈善事業をする人も来たらしいけどね」
オミとアキミがこぼしていた。ゲンイチロウが大げさな溜息を吐いた。
「やっぱりもっと情報が必要だな。他にも偵察向けの能力がありゃあ良かったがよ。ま、これ以上は俺の魔物と相談かな。なんか出来るかもしれねえしよ」
「一部だけでも具現化できるのは大したもんだと思いますけどね。それにケルベロスが言うには、身体強化はオリジンの基本かつ奥義的なものになるらしいし。ま、元フェイルーンのみんなに期待ですね」
魔物の力をダイレクトに仕えるのが創造の力のすさまじさだった。雷魔法を操るエスタリスは言うに及ばず、土を操るバステトの魔法もすさまじい。油断はできないが、エンコウの伸椀だって探索者には届かない能力なのだ。
なによりも、リクが操る天族のフィルムスだ。
『フィルムスは特殊な子でしたからねぇ。うちでも偵察とかで重宝されましたし。宿主の力と相まって、いずれはここから街の探索なんてこともできるかもしれませんわ』
「探索役なのにおしゃべりなのが玉に瑕だけどね。でもすごいよね。リクのオリジンの腕が上がればもっといろいろできるんでしょう? あたしも動物を作れれば良かったんだけど」
「うちの人員で創造を使えるのはアイカ嬢ちゃんくらいかなぁ。そう言う意味ではうらやましくはある。俺もヤヨイもそう言うのはさっぱりだし」
エスタリスとアキミが笑い合っていた。ヨースケも苦笑している。
「まあ、すべては明日次第かな。動くとしても連中の隙をうまく突かなきゃいけねえらしいし。あんたらも、魔物の協力を得られていると言えばそうでもないようだしな」
ゲンイチロウが腕を伸ばしながらそう言った時だった。
『奴らも必死なのさ。弱肉強食が自然の摂理とはいえ、何もできなくなるかそうでないかの瀬戸際なのだからな』
声が聞こえ、全員が腰を浮かした。ほかならぬアオに口から発せられたミツの声に、全員が耳を傾けていた。
「なにもできなくなる? どういうことだ?」
『あのパメラとかいう女のスクトゥムは何も特別に弱いわけではない。お前たちに憑りついた魔物が外の様子を確認できる術は限られているということさ。一般的な魔物なら遠見の魔法を使っても精々で一日に10分くらいが平均的だろう。それ以外の時間は、それぞれの世界の中で何もできずに孤独に過ごすことしかできん』
「退屈は人を殺すというわよね? もう一体の魔王や宿主ですらも会話するには相当の力がいるみたいだし。そうか。主導権を得られない限りはそう言う事情もあるのか」
納得したようなアシェリに対し、ゲンイチロウは頬杖をついて面白がるようにアオの目を見つめてきた。
「でも、あんたにはなんか考えがあるんだろう? そう言う目をしているぜ。我に秘策ありってな」
「えっと、真原さん?」
アキミが戸惑ったようにゲンイチロウとアオをかわるがわる見た。2人ともどこか楽しそうに笑っていた。
『当然だ。手はある。お前たちの魔物が喜んで助力したくなるような手段がな。だが、まずはフェイルーンたちだ。ケイの助力も必要になるが、奴らの境遇を変えたい。その後で協力してもらうぞ。次のミッションは大変なものになる。なにしろ殺さずにある人物を捕らえる必要があるからな』
「ある人物を、捕らえる? そいつぁ、穏やかじゃねえな」
ヨースケが凄惨な笑みを浮かべて答えた。ミツも顔を歪ませながら全員の顔を見回した。
『次のターゲットは、正同命会のトゥルスだ。お前たちはあいつを傷つけることなく私の前まで引きずり出してもらう』
◆◆◆◆
ところかわって正同命会の執務室。四正天のウェヌスは当主から渡された封筒を手に困惑していた。
「密命、ですか?」
「そうだ。トゥルス君と協力して、成し遂げてほしい。まだ封を切るんじゃないぞ。内容は塔の・・・。そうだな。第3階層に到達したあたりか。そこで、内容を確認してほしい」
おもわず生川法源の顔を見つめ返してしまう。
生川法源のウェヌスに対する評価は一定していない。孫を見つめるような優しい顔を見せることもあったが、同じ顔で忌々し気に見てくるときもある。今回はウェヌスに好意的のようだが・・・。
「当主! やりましたよ! 俺たちも第4階層に到達しました!」
「ソウマ! 待ちなさい! 来客中よ!」
乱暴にドアを開けたのは、正同命会のソウマだった。後ろにはメイがいて、乱暴にトウマの背中を掴んでいる。
「ソウマ。少し落ち着き給え。ここには、彼女もいるんだからな」
メガネを押さえながら言ったのは、探索者のヒサシ。彼はソウマパーティーのサブリーダーで、封筒を慌てて隠すウェヌスを意味ありげに見ている。
この2人はすでに第4階層入りを果たしているという順調っぷりだった。最初の停滞ぶりからは考えられないくらい順調にレベルアップしている。
「上官殿! まずいですって! その、今は会合中で!」
「カオル君。もう大丈夫だ。話は終わったからね」
メイの副官、カオルが言うのを遮った形だが、ウェヌスは驚いていた。発言した生川法源の声が、親しみに満ちたそれまでとは打って変わってしまったのだから。
当主の威を感じ取ったのか、ソウマが勢いごんで指を突き付けてきた。
「ふん。四正天か。いつまでも調子に乗っているんじゃねえぞ! こっちにはウララだっているんだからな! お前たちなんぞ、すぐに追い越してやる!」
「す、すみません」
ウェヌスは反射的に頭を下げてしまった。
正同命会には四正天以外にも探索者が存在する。特にここ半年ほどはいくつかのパーティーがどんどん攻略を進めている状況だった。彼らの四正天に対する評価は厳しいものがあった。特にここにいる2人――ソウマとメイは四正天批判の急先鋒だ。ウェヌスとトゥルスはともかく、乱暴者でトラブルメーカーのネプトゥ、そして成果は上げているがどこか上から目線のマルスは、悪く言われがちだ。
ソウマは暗く笑ってウェヌスをねめつけた。
「俺たちは第4階層まで言ったんだが、そこで見たぜ。雪山を闊歩するオークってやつをさ。なんかに似ていると思ったらお前だ。あの毛皮はともかく、分厚い脂肪に覆われてでっぷりとしたあいつは、お前を連想させたんだ」
指を突き付けて笑うソウマ。となりのヒサシも笑いをこらえている。
「ソウマ・・・。歯を食いしばれええええ!」
「ぶへぼらっ!!!」
執務室に響き渡る、鈍い打撃音。メイが放った拳がソウマの右ほおを捕らえたのだ。
「がっ! おま・・・」
「このノンデリ野郎が!! 中学生くらいの女の子に! 何を! ぬかすんだ! ウェヌスは! 上から目線でムカつくマルスや! トラブルばっかりのネプトゥとは違うだろう! こその目は節穴か!! てめえなんぞ女の敵だ!! 沈め! 沈んじまえ!」
「上官どのーー。ライン越えした彼が悪いですが、顔はまずいですぞ。せめてボディで」
馬乗りになって殴り続けるメイを、棒読みのセリフで止めたふりをするカオルと言った具合だ。ヒサシはその姿を見て震えている。
ウェヌスは顔を引きつらせる一方で、どこか懐かしい思いをしてた。
ウェヌスは四正天の中では劣等生で、彼らと付き合うことも多かった。そのころはよく、こんなふうに仲間たちと喧嘩ともいえないやりとりをしていた。
「見苦しい。それくらいにしておけ!」
勢いよく机を叩きつけたのは、生川法源。彼は拳を振り上げたメイを睨みつけると、そのまま席を立った。
「き、教主様・・・。 あ、あの・・・。す、済みませぬ」
「君たちのバカ騒ぎには飽き飽きだ。次の予定がある。散らかった分は片付けておくように!!」
とりなそうとするカオルを無視するかのように、生川法源は執務室を後にしていく。そしてウェヌスとすれ違い様にすさまじい形相で睨みつけた。
「ふん! 貴様のような奴に任せるとはどうかしておった。これは返してもらうぞ」
「あ・・・」
そう言って封筒をとりあげると、生川法源はずんずんと執務室を出て行ってしまう。封筒を取り上げられたウェヌスは思わず声を上げてしまうが、その隙にソウマとヒサシが這う這うの体で退出していった。
「逃げられたか。こんな時だけ油断も隙も無い」
「封筒、取り上げられちゃいましたね」
入口を睨むメイと、ウェヌスを覗き込むカオル。大柄な男性に見つめられて少し戸惑ってしまい、ウェヌスは慌てて言い訳した。
「じ、実はもう一つあるんです。教主様から預かった、封筒が」
「へ? どいうこと?」
メイに言われ、ウェヌスは慌ててもう一通を取り出した。
「えっと・・・。さっき教主様が言っていたんです。誰かに封筒のことを聞かれたらあれを渡すようにって。言った本人が奪っていったなんておかしな話ですけどね」
メイは眉を顰めた。カオルも顎に手を当てて考え込んでいる。
「まあいいや。あんた、あと数日後には塔に行くんだろ? 今のうちに体を休めておけよ。けっ。でも羨ましいぜ。あんたらは探索に行けるんだからな。こっちは会員たちの指導で忙しいのに。いつかマルスの奴に仕事を押し付けてやる」
「ぐふふふふ。今回は大変でしたなぁ。人がいいヤマさんたちでもかなり苦労しましたし。問題児のハクジへの指導が、今から億劫ですよな」
「会員たちのフォローばっかりさせているみたいですみません」
大きな体を震わせて笑うカオルに、ウェヌスは頭を下げるのだった。




