第126話 魔物たちとの邂逅
「今ごろは、もう始まっているころですかねぇ」
「そうだな。うまくいってくれると良いが」
食堂で話し合うコロとイゾウだった。
融合された魔物と合うのが決まってから数日が経過していた。その日は記念すべき1回目で、第一陣が地下で術を掛けられる予定となっている。
「最初はケイ嬢とアゲハか。アキラとユートも同時に行くようだの」
「ええ・・・。ちょっと心配ですよね」
2人は溜息を吐きそうになっていた。
アビリティやスキルをほとんど使っていないイゾウは、緊急性がなく後回しにするように言われた。彼が参加するのは3回目と決まり、今は拠点の防衛をこなすことになったのだが・・・。
「おっ! 大将と爺さんじゃねえか! がはは! 昨日の飯もうまかったぜ!」
「やれやれ。うるさいのに見つかったの。静かに茶でもと思っておったが」
ゲンイチロウが大声を上げて入ってきた。ひどかった怪我もすっかり良くなったようで、今は堂々とアパートを闊歩できるまでになった。完全に調子が戻ったら折を見て街へと戻るそうで、それまではアパートで静養することになったのだ。
彼は自然な動作でイゾウのそばに座った。ヨースケがそっとお茶を取りに行き、オミがさりげなく隣で護衛している。
「ああ、そうか。今日はあれをやる日なんだなぁ。内なる魔物とやらと、お前らの仲間が会う日だ」
「そういえば、お主はもう経験済みだったの。中の魔物はどんなだった?」
3人分のお茶を出したヨースケは、肩をすくめた。
「どんなだったって言われてもな。ああ、こいつらが俺のなかにいるんだなって感じよ。天族のほうはケルベロスの言う第7師団の軍人だったらしくてな。敵対するってよりもお互いに苦労するなって感じだったぜぇ。ま、俺の中はすることがなくて退屈だって言ってたな。むしろ魔族のヴォジャノーイのほうがうるさくて大変だった。あいつ、俺が強いのは自分のおかげだってなぁ」
参考になるのか、ならないかのことを言うヨースケだった。
「今日は正同命会の元聖女さんか。何のトラブルもないと良いが」
「正同命会の、元聖女な」
ゲンイチロウの言葉に、イゾウは言葉のトーンを落とした。
「なんだ? 爺さんはあの聖女さんのことが心配なのか? 大丈夫だろ? あの先生、すんげえオリジンの使い手だし。駄目かと思った俺の傷も、あの若い女の火傷もあっさりと治しちまった。おまけにあれだろ? 毒に侵された若いのを目覚めさせようっていうじゃないか」
「ケイに問題があるのではないのだ。ただ、正同命会について考えておっての」
イゾウの声はうめくようだった。洗い物をしていたコロも、声音に気づいてイゾウを振り返った。
「先生?」
「いや・・・。少し気になっての。前回の会合の際、四正天の中にいた天族が、かなり嫌な感じの女だったとな。ウェネスの、ルリコの嬢ちゃんが珍しくこぼしておった。トゥルスも苦い顔をしておった。そして今回のケイの話だ」
説明するイゾウに、オミは唇を吊り上げた。
「そりゃ偶然ってやつじゃねえか?」
「いや、前から思ってたんだけどな。正同命会ってのはどうもキナくせえんだ。お前、日本にいるときに正同命会って聞いたことあるだろ? あれはたしか大きな病院で、怪しい宗教って話はなかったはずだ」
オミの言葉を遮ったゲンイチロウは、面白がるような顔をコロに向けてきた。
「奴らが名を上げ始めたのはこっちに来てからだ。俺たちに反発して会を上げたってことも考えられる。教主は、でっかい病院の経営者だっただろ? その経験を生かしたってことも考えられるが、それだけにしてはあまりにも」
「戦力が整いすぎている」
イゾウが言葉を引き継いだ。
「今活躍している連中も四正天なる戦士たちを選んだのも初期だったと聞く。にもかかわらずほとんどの者が代替えもなく今も活躍しておる。会が全面的に支援したのかもしれぬが、損傷率が低すぎておる。できすぎておらんか?」
「ええと・・・。それは、生川法源に見る目があったというだけでは?」
コロは困惑顔だった。
「かもしれぬ。だが、どうも気になるのだ。四正天の中にはルリコ嬢も含まれる。個人としては彼女に好感を持っているが、あの子はまだ中学生だぞ。経験の浅い普通の学生だった彼女が、いきなり四正天に抜擢され、そして今は探索者を代表するかのような戦士にまでなった。できすぎておると思うのだ。もしかしたら中にいる魔族や天族が、何か企んでいるのではとな」
イゾウの言葉に誰も何も言わなかった。
本人の言によると、ウェヌスは日本で陸上部に所属するただの中学生だったはずだ。にもかかわらず少女が異世界に転生し、探索者を代表するまでの戦士に成長した。まるで英雄譚のような出来事だったが、それに懐疑的になるのは無理もないかもしれない。
「まあそれも明らかになるかもしれねえぜ。今、聖女が合成された天族と会っている。そのことについて尋ねてくれているかもしれねえじゃねえか」
ヨースケの言葉に、コロたちは思わず地下室への入口を見つめてしまうのだった。
◆◆◆◆
いつもの小石浜だった。
今回、中の魔物と対面することになったのはアゲハとケイをはじめとする面々だった。ユートパーティーからユート本人とアキラが来て、そしてアオパーティーのシュウとアキミがいる。
「うぃーす! 来たよ!」
『へへっ! 待ってたぜ! ずっと暇してたんだからよ』
『そうそう。さみしくて死んじゃいそうだったんだから!』
騒がしく挨拶し合うのはアキミたちだった。相手は妖精のような蝶の羽を生やした少女とピンクの羽を持つ天族だ。前回は顔見世程度だったにもかかわらず昔からの友人のようにおしゃべりし出している。
「ひさしぶり、だな」
『・・・』
こちらはシュウだった。コミュニケーションを試みるも、相手には沈黙で答えられてしまう。黒く艶のある長い髪に黒曜石のような瞳、そしてカラスのように黒い8枚の翼を生やした女は、今日も何も言わずに下を向いている。何とか話をしようと頑張るシュウを、大きな馬が牽制するように動いている。
「シュウさんが言ってた通りだな。壁を作られているみたいで、あんまり話せないようだ」
『ふん。未練がましい奴め。兄妹そろって度しがたい。アゲハの奴もうまくいっていないようだしな』
ミツの言葉に振り返った。そしてその視線を追うと、誰かに詰られているアゲハが目に入った。
『あらあら。引きこもりが大手を振っているなんて。ここはあなたみたいな子供が歩いていいわけではないのよ? ふふっ。精々、今のうちに自由を満喫するといいわ』
「な、なにいってんの!! あんたに私の何が分かるってのさ!」
驚いたことにあのアゲハが劣勢だった。なんとか言い返してはいるものの、朱色の翼をはやした若い女に明らかに押されていた。
「お、おい! やめ!」
思わず駆け寄ろうとしたアオの腕を、ミツが止めた。抗議しようとしたアオに、その声が聞えてきた。
『あらあら。ずいぶんとやかましいこと。若いからはしゃいじゃっているのかしら。私たちが話せる場なんて限られているけど、でも少し品がないのではなくて?』
そこにいたのは妙齢の女性だった。
耳の上と背中にコウモリの羽を生やし、お尻からはしっぽが生えていた。プロポーションは抜群で、まるでアニメから出てきたようなセクシーなお姉さんだった。
『お、お前は! お前のせいで、お前が邪魔したせいで!』
『あなたがこの子の身体を奪えなかったのは単純にあなたの力不足よ。魂が抜けた隙を突こうとしたのだろうけど、おあいにく様。あなたごときに、あの子の身体を使わせたりなんてしないわ』
まるで、男の理想を詰め込んだような姿だった。アオは呆けたように見つけるが、視線の先のその女はアゲハに優雅に一礼していた。
『私の名はリリム。これでもサキュバス族でその人ありとも言われた女よ。まあ最後は、あのお鳥さんに捕まってしまったのだけど』
『あんた! 私を無視しようだなんて、何様のつもりだ!』
抗議する赤い羽根の女を無視するように、その女性――サキュバス族のリリムはアゲハに笑いかけた。
『この子は私が抑えるから、あなたは、ね。自由になさい』
「な、なんで?」
呆然として問い返すアゲハに、リリムはとびっきりの笑顔を見せた。
『小さな女の子が不自由を強いられるなんて、そんなの見ていられるわけがないでしょう? あなたはこの女とは違う。まだ、真っ白で純真な存在なの。そんなのを歪めちゃおうなんて、許せるわけがないじゃない』
『くそっ! サキュバスごときが! けがれた女のくせに!』
リリムは気にも止めなかった。羽の生えた女に何を言われても、ただアゲハだけを見つめていた。
『ただ、私からの余計なおせっかい。あなたよりちょっとだけ大人の忠告よ。あなたが大事に思う人を、大切にしなさい。小さなことでも気のせいだと思って見過ごしちゃだめ。その人の助けになる力は、あなたにはあるはずだから』
『いい加減に! この私を! 華麗なる天族のアルビスを無視するな!!』
何か言い争っているが情勢は明らかだった。アルビスが詰め寄ろうが、怒鳴りつけようが、リリムはひるまない。アルビスを簡単にあしらいながら、優しい笑顔でアゲハに微笑みかけている。
「あっちは、何とかなりそうだな」
『あの害鳥ども、少し引っかかるな。オリジンを手にした今、人間の身体を手にするのは容易ではない。それなのに懐柔するでもなく罵り続けるとは。何かよからぬことを考えているのかもしれぬ』
安心するアオに対し、ミツは何かを考えて込んでいる。
「ミ、ミツ?」
『あそこを見てみろ。あの害鳥もどういうわけか強気だ。やはり奴らは、何か切り札を持っているやもしれん』
あっけにとられながらミツの差すほうを見ると、そこには銀髪で銀の3対の翼を生やした天族に何やら文句を言われているケイの姿があった。




