第125話 天族の派閥
『さて。お前たちの中の魔物と会いたいのなら、あらかじめ言っておくことがある』
その日の午後のことだった。集まったメンバーに、ミツがアオの口を使って話しかけた。
「なに? やっぱり注意事項とかあんの? 話には聞いてるよ。ルリコとかは強制参加だったんでしょ? まあ私はだらだらするけど」
『今回はお前も強制参加だがな』
思わず口ごもったアゲハにふふんと返すミツだった。
『お前たちの意見はもっともでもある。確かに、私から見ても魔物と会っておいたほうがいいという人間もいる。だが、それを行う前に注意しておかなければならないことがある』
「注意事項か・・・。エンコウを見ていれば魔族がやばいってのは分かる気がしますが」
ユートがちらりとリクを見ると、困ったようなあいまいな顔をした。
『それもそうだが、問題は天族と呼ばれているあの害鳥どもだ。お前たちは気づいているか? 天族どもに、ある傾向があるということを』
「忘れてならないのが天族の目的よね。この世界でも能力を使える体を作り、それを乗っ取ってこの世界を支配しようって。いくらエス子がいい子だからって、それには従えないわ」
アシェリが答え、エスタリスが何か言おうと翼を羽ばたかせた。その様子を気にも止めず、ミツは指を3本立てて腕を突き出した。
「私の観察だと、あの害鳥どもには少なくとも3つの派閥がある。一つはエスタリスやスクトゥムが所属する第7師団の者たちだ。こいつらは失敗の責任を取らせられてここに来たという話でこちらに対して思うことがないやつが多い。体を乗っ取る行動にも消極的だ」
エスタリスが何度も頷いた。単語を話すと制約で痛めつけられる恐れがあるが、頷くだけなら可能らしい。
『問題はもう一つの派閥だ。アオと私に憑りついたくそ害鳥もそうだし、このアパートにもそれが憑いた人間が何人も見受けられる。こいつらは明確な意思を持ってお前たちと合成された。いずれ身体を奪うための工程としてな』
エスタリスが何度もうなずき、羽ばたきを繰り返している。つまり、ミツの言うことを肯定しているのだ。
「ここにおる者の中に、その派閥にいる魔物が憑いているのだな」
『ああ。貴様にもな』
同意を返したイゾウに、ミツは間髪入れずに断言した。
「せ、先生についた魔物が、そんな危険な者なのですか!?」
『貴様の懸念は正しかったというわけだ。本来ならスキルやアビリティを使い続ければ遅からぬタイミングで体を奪うはずだった。貴様の技と、貴様に憑いた鬼の王の力とともにな。だが、そうはならなんだ。貴様がアビリティをほとんど使わなんだせいで、くく。その害鳥は乗っ取る足掛かりすらつかめておらん』
笑い出すミツに、イゾウはどこかつまらなそうだ。
「じゃ、じゃあ、先生はこれからも問題なく過ごせるわけですね」
『大丈夫だろうな。つまらないことに、イゾウの中にいる魔物は顕現する余地はない。害鳥も、鬼の王も、どちらもな。オリジンの習得に加え、本人に隙がなさすぎる。だが他の者に憑いた害鳥には十分に注意する必要がある。スキルやアビリティを、ある程度使っていたのならな』
そしてミツは集まったメンバーを次々と指をさしていく。
コロ、ケイ、そしてアゲハの3人だった。
『お前たちに憑りついた害鳥は、特に注意が必要だ。エスタリスとは明らかに違う。放っておけば我らに害をなす者たちやもしれぬ』
「そ、そんな! ケイたちの中にいる天族が、そんな危険な奴だなんて!」
パメラが悲鳴を漏らした。指摘されたケイよりも深刻そうだが、一方で本人たちに動揺の気配はない。コロは驚いてはいたが息を深く吐いただけだし、ケイも静かな態度を崩さない。アゲハなんかは興味がないように背伸びをしている。
「が、がう?」
「他の子たちに寄生されるよりもよっぽどましですよ。僕が何とかすればいいだけですし」
「そうですね。カイトくんやフジノちゃんがそうじゃなくて、むしろ安心しました」
ほっとする2人に対し、アゲハはどこまでも他人事だった。
「別にどうでもいいかな? 私、そう言うの興味ないし」
『相手が何もしない限りな』
即座に言い返すミツに、さすがのアゲハもムッとしたようだった。
「なんにもできないでしょう? 私がお兄さんの夢に入ったときも体を乗っ取られることなんてなかったし! あれを使っている間って私の体を空にするんでしょう? そのときだって無事なんだし」
『それはお前の中のサキュバスが抵抗したからだ。サキュバスは夢の中なら無敵だ。たとえ有能で厄介な害鳥でも押さえてしまうだけのポテンシャルはある。だが』
ミツは鋭い目でアゲハを睨みつけた。
『お前の中にいる害鳥は少したちが悪い。今までは何もできなくても、これからはお前の道を阻む可能性はある』
「なによ、それ・・・」
アオの中のミツはそっと腕を組んだ。
『現状に対処し始めたのはお前たちだけではないということさ。お前たちはここへ来てもう1年余りが経過した。1年というのは我らにとって短い時間ではあるが、対処を練るには十分な長さだ。その害鳥どもも、そろそろ何か仕掛けてくることやもしれぬ』
「・・・」
誰も何も言わなかった。ミツの懸念に、誰もが口を閉ざしていた。
『万一に備えて、新しい世界での邂逅は3度に分けて行う。名前を呼ばれた奴は、来るか来ないかを決めろ。戦いになることはないが、それなりに衝撃はあるからな。では・・・』
そしてミツは、世界に招く者たちの名前を呼び出したのだった。
◆◆◆◆
ミーティングを終えたあと、サトシは食堂でぼうっとしていた。自分の中の魔物と邂逅する日が決まり、柄にもなく緊張感が高まった。リラックスするためにも、お茶を飲みながら心を解きほぐしていた。
「げ。メガネ」
入り口に目を向けるとテツオが嫌そうな顔で佇んでいた。
「お前か。コロさんがお茶を用意してくれてるんだ。座って休んだら?」
「ちっ・・・。こんなところに来てまでお前と一緒とはな」
不機嫌そうにお茶を取りに行くと、サトシから離れた席に座り込んだ。
「調子はどうだ? 社長の護衛以外にもオリジンを鍛えているんだろう?」
「そんなにうまくはいかないさ。俺には才能がないようだからな」
ふてくされたようにお茶を飲むテツオに、サトシは思わず苦笑してしまう。
「俺がここにいられるのはあと少しの間だろうからな。急いで修行してるんだけどよ。アシェリさんやリクのやつみたいに、動物を作るなんて見当もつかねえ」
「俺なんか、お前よりもずっと長く修行してるのに芽が出ない。イゾウ先生やアオのおかげで身体強化はうまくなったけど、創造のオリジンは全然さ。ユートも決め手がないって愚痴ってた。最初は順調でもつまずくことは多いんだよな」
2人は深々と溜息を吐いた。
2人が目指すところは、やはりオリジン最強の力と言える創造だった。魔物を憑依させられる体を作り出すことができれば戦力を格段に高められる。やはり本来の力の持ち主だけあってスキルもアビリティも威力が段違いで、それでもまだ本領とはいかないようだからあきれるばかりだ。
「お前はいいよな。これからも長く修行できるし、それにあの美人の姉ちゃんに気に入られてるしさ」
「ん? 嫉妬のリヴィアさんのことか? 俺を気に入っているのはレヴィアタンでリヴィアさん自体はそれどころじゃない。あの人はちょっと人間不信がちさ。仲間に裏切られた上に、仲良くなれそうな友人も失っちまったんだから」
リヴィアの、そしてタクミのことを思い出すと沈んでしまう。ここでの生活で仲良くなった友人だった。彼とはもう会えないことが、サトシにはいまだに信じられなかった。
やはりこういうことは、何度経験しても慣れそうになかった。
「だから、それでいいんだって」
「う~ん・・・。そう言うわけには」
騒ぎながら食堂に来た2人組の気配に、テツオは思わず姿勢を正した。アシェリとヤヨイが連れ立って食堂に入ってきた。ここに来て以降、2人はよく話すようになったらしく、一緒に行動することも増えている。
2人はサトシたちに気づくと手を上げて挨拶してくれた。
「サトシとテツオね。あなたたちはここにいたんだ?」
「う、うす! なんか飲みたくなって。修行の話もあるっつーか、行き詰ってるっつーか・・・」
テツオは立ち上がって軽くお辞儀をした。彼にとってヤヨイは上司のようなものだ。だからこそ、普段はぶっきらぼうな彼も礼儀正しく接している。
「行き詰ってる? テツオは近接戦闘はかなりうまくなっていると思うけど?」
「俺もアシェリさんみたいに創造を使ってみたいんすよ。あれ、魔物の力をすごく引き出せるじゃないですか。でも今一つうまくいかなくて」
テツオはたじたじりなって言った。
「う~ん・・・。創造、かぁ。あれって魔物の力がかなり必要になるのよね。私のが使えるのもエス子が強いおかげだし。ほら。私は魔族のほうは全然じゃない? あれって創造と私の魔族の相性が悪いかららしいのよ。私の魔族はエス子みたいに長時間体を操れないらしくて」
「そうね。魔物だけでなく本人の資質も大切になるわよね。私は魔力で糸を作り出せるけど、天族や魔族の体を作ることには成功していない。向き不向きというのはあるみたいよ」
「そうか・・・。俺だとやっぱダメなのか」
アシェリに加えヤヨイにまでそう説明されてしまった。テツオはあからさまに落ち込みだした。
「落ち着きなさい。魔族や天族の力を扱えるのは何も創造に限らないのよ。私は創造は使えないけど、でもアラクネの力は十分に役立っている。ケルベロスの力に頼らなくても、いずれは彼女の声をきけるかもしれないの」
「!!! どういうことです!?」
思わず立ち上がったサトシに、ヤヨイはふふんと息を吐いた。
「私はオリジンを使って糸を作り出せる。糸で敵を拘束したり切り裂いたりもできる。これって変よね? いくら丈夫でも、糸を持つだけでこれだけいろいろできることはない」
「それは、オリジンで作った糸を、中の魔物が強化しているってことですか!」
興奮気味に話すサトシに、ヤヨイは不健康そうに笑ってみせた。
「魔物の力を扱うには動物そのものを作る必要はない。彼らの力が発現できる依り代さえ作れればそれで事足りるのよ。そう言う意味でも今回の件は渡りに舟ね。魔物から憑依できそうなものを直接聞けるんだから。私の知識と合わされば、新しい方法だってできるかもしれない」
「オリジンでは金属を作ることはできない。筋肉とか爪とか、骨くらいがせいぜいじゃないかな。でも、それだけ作れればできることはたくさんある。私だってまだあきらめてない。私の中の魔族が使えるものを作り出せるかもしれないからさ」
2人の言葉に、思わず顔を見合わせたサトシとテツオ。テツオはすぐに顔を反らすが、前を睨みつけながら静かに腕を組んだ。
「そうか。創造ができなくても、俺にだってできそうなことはあるんだな。これは、魔物との会合が楽しみになってきたぜ」
意気込むテツオを、サトシはどこかほっとしたように微笑んだのだった。




