第121話 ユートパーティに潜む影
アパートの4号室で上半身だけを起こしたゲンイチロウが溜息を吐いた。
「そうか。レンジの奴がな」
レンジが倒れた後、追手たちはすぐに撤退していった。レンジが魔物に変わったことも、その魔物をアオたちが倒したことも意外だったらしく、競うように逃げ出していった。海外組のリーダーらしき男とミナトがまっさきに逃げていったのが印象的ではあったが。
「レンジは最終的には向こうについたが、それでも、なぁ。こんな死に方をさせるために拾ったわけじゃなかったのによ」
「親父・・・。すまねえ。俺がもっとうまくやりゃあ、レンジを向こうに転ばせることにはならなかったのに」
反省の言を述べるオミに、ゲンイチロウは静かに首を振った。
「それにしてもよぉ。まさか、植草の拠点がこんなふうになっているとはなぁ。街の事務所よりよっぽど住みやすいじゃねえか。俺はてっきり、野営地に毛が生えたような場所を想定していたんだけどよぉ」
「ええ。フェイルーンがここに暮らしていることにも驚きましたよ。彼女たちもずいぶんと人間らしい暮らしができるようになったみたいで」
ヨースケとヤヨイがしみじみと語っていた。彼らも驚いていたのだろう。塔の中に、日本のアパートみたいな場所があることに。
「静かな場所でもあるよな。この拠点、けっこう人が暮らしているんだろ? の割には、人の声があんまり響かねえんだ」
「防音が聞いているっていうのもありますが、今はみんな出かけているってのもあります。なんでも、この塔で急ぎすることがあるみたいで、行けるやつは探索に出かけたようですよ。ま、植草のとかあの嬢ちゃんが残っているので、こっちの守りは万全みたいですが」
ゲンイチロウは意外な顔をした。
「なんだ? 俺が寝ている間に何かあったのか?」
「親父のあとにミナトの班の女がかつぎこまれてきたんで。いやあ。聖女のオリジンってすげえもんですわ。全身火傷だらけで絶対に助からねえって思ったのに、数回の治療で直しちまったんだから」
「そのせいで、聖女は寝込んじゃったみたいですけどね。まあ症状は疲労で、しばらく休めば元に戻るそうですが」
ゲンイチロウは頷いた。
確かにオリジンは使い勝手が最悪だった。威力・消費魔力ともにアビリティやスキルには全然及ばない。「使えない」とされるのも納得だったが、あの聖女はスキルですらも実現できない技を身につけている。
「聖女の能力は貴重だよな。駄目かと思った俺も治ったし、そのミナトの仲間もそうだったんだろ? 過ごしやすい部屋があって、大将が料理を作ってくれて、おまけに回復までできる。いい環境だよな。んで? なんで今さら探索なんてやってんだ? その女がなんか関係があるのか?」
「ええ。後遺症もなく治療できたそうなんですが、その後の処遇についてちょっと。植草さんたちはその少女を帰したいようなんですが、その子、この拠点のことを知ってしまったんですよね」
困ったように答えるヤヨイに、ゲンイチロウは苦い表情になった。
「そうか。まあ、俺たちも助けられた身だ。その子の処遇に今さら口を出す気はないが、ミナトの仲間ってのもなぁ。恩返しとか、あんまり期待できないと思うぜ」
「植草の爺さんも同じ印象を持ったようで。よしんばその子が拠点の情報を漏らさなくても、ミナトたちに問い詰められると吐くだろうって印象です。なので、いっそのこと入口を変えてしまおうという話になったみたいで」
呆けたように口を開くゲンイチロウだった。
「入口を変えるって・・・。そんなこともできんのかよ!」
「すげえ話ですわな。俺らは第2階層からこのアパートに来ましたが、ここに来られる仕掛けってのが第3階層や第4階層にあるらしいんですよ。ただ、相当に見つけづらい場所にあるみたいで。うちにいたアキミとか、ユートってやつのところの従魔とかしかわからねえみたいで。手分けしてそれを探すことになって、それで出かけてるらしいんですよ」
ほうと頷いたゲンイチロウだが、次の瞬間には顔をしかめた。
「大丈夫なのか? 今、こっちは結構やばい状態だろう? 東雲の爺のクーデターがあったし、海外組でもいろいろあったばかりだ。正同命会は相変わらず信じらねえんだから」
「ええ。それは奴らもよく分かっているみたいで、6人一組の態勢は崩さないようです。慎重に動くことを厳命しているようですが、ボス?」
厳しい顔を崩さないゲンイチロウに、ヤヨイは不安になって聞き返した。
「俺はよ。東雲のヤツらにしてやられたばかりだし、何か意見を言える立場じゃねえのもわかる。でもな? なんか嫌な予感がすんだよなぁ」
「親父? 嫌な予感ってなんだよ」
オミが身を乗り出すと、ゲンイチロウはポリポリと頬を掻いた。
「俺もわかんねえけどよ。今のままだと取り返しがつかないことになるっつーか・・・。だめだ。うまく言えねえ。俺たちはあいつらの無事を願うしかないのが辛いところだがよ」
そう言って息を吐くゲンイチロウに、その場にいた全員が不安な思いを抱えたのだった。
◆◆◆◆
「おら! これで終わりだぁ!!」
両手剣の一撃が、押し寄せるサラマンダーを真っ二つに両断した。
ユートパーティーのタクミの一撃だった。第3階層の探索にまだ慣れていないユートたちだが、オリジンを鍛えた成果もあって押し寄せる魔物を容易く両断していた。
「タクミぃ! 絶好調じゃねえか。なに? あれ? 恋は男を強くするってやつ? フェイルーンのあの娘とも仲いいみたいだし」
「リヴィアさんとはそんなんじゃねえよ。それにカエデは妹だし。俺も強くなれたってことさ。修行したおかげでスキルなしにも大剣を振り回せるようになったからな。お前だって、この前は大活躍だったらしいじゃん」
照れたように言うタクミは、エイタをからかい返している。
ふざけ合う友人2人を尻目に、真剣な顔であたりを探索するのはヤマジとリクだった。特にリクは呼び出したフィルムスの声に真剣に耳を傾けている。
「フィルムス。何かわかるか?」
『この場所ではない、と思いますな。念のためもう少し調べてみますが、収穫はあまり期待できないかと』
アヒルのフェルムスは風魔法で探索を進めていたが、それでも入り口を見つけることはできないようだった。
『くっ! この害鳥が! ワシを差し置いて活躍しおってからに!』
『ふぇっふぇっふぇ! ワタクシは本当に器用なものですぞ! 主から離れても動けるくらいにはね! どこぞの猿ごとき、あっという間に差をつけてやりますぞ!』
相変わらずことあるごとに猿のエンコウに張り合うのはちょっと呆れてしまう。あと、無駄におしゃべりでいつもうるさい。仲間から苦情を言われることだってある。エスタリスも苦言を呈していた。
「え? あれ?」
「ん? タクミ。どうした?」
川が流れているそのそばで、タクミがフラフラと歩いていく。
「おい! 単独行動するんじゃない! イゾウさんにくれぐれも一人で行動するなって言われただろう!」
「いやでも・・・。そこにリヴィアさんがいたような気がして」
心あらずの状態でユートに返事をすると、そのまま川のほうへと移動していく。
「おい! タクミ!」
「あの人はこんなところにいるはずはないんだけど。さっき見送ってくれたばかりだし」
そう言って、タクミがさらに奥へと進みだした時だった。
『タクミくん』
全員の耳に、そんな声が聞こえたのだ。
「なんだ? 今、声が聞えなかったか?」
「ああ。確かに聞こえた。ちょっとかわいらしいこの声」
「リヴィアさんの声だよな?」
ユートたちが口々に話す中、タクミはさらに声がしたほうへと進んでいく。
「確かこっちから声が聞こえたような」
『こっちよ』
振り向いたその先には、リヴィアがいた。リヴィアはいつもより妖艶に微笑みながら熱い目でエイタを見つめている。
「リヴィアさん。どうしたんですか? ここは危ないですよ。早く部屋に戻りましょう?」
『少しやっておきたいことがあってね。タクミくんに話しておきたいことがあるの』
タクミが一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「タクミ! 違う! 戻って来い!」
いきなりユートが叫び出した。タクミははっとして体を引くが、その胸に茶色い水弾がヒットした。
鎧を着ていたこともあってタクミにほどんどダメージはない。痛みをこらえるでもなく呆然とした様子でリヴィアを穴が開くほど見つめていた。
「リヴィアさん・・・。なんで?」
「決まってんだろ! そいつは偽物なんだよ!」
エイタがタクミのほうに必死で近づいてく。そして強引にタクミの腕を取ると、ユートたちのほうへと引っ張り込んだ。
「エ、エイタ!」
「なんでもいいから早く!」
タクミは茫然と、エイタとそしてリヴィアによく似た女を見た。その女は微笑みを崩さずに手をかざす。すると、手からシャボン玉のような球が飛び出してきた。
決してスピードのある動きではない。けれどそのシャボン玉はふらふらと揺れながら、ゆっくりと、でも確実にタクミたちのところへと近づいてきた。
「くそっ!」
エイタは必死で剣を振り、水の玉をかき消していく。3つ、4つとかき消したが、4つ目の水は剣をすり抜け、タクミたちのそばに近づくと――。
勢いよく弾けてしまったのだ!
「なんだこれ? 泥?」
タクミはあっという間に汚れてしまう。驚いたように体を見回すタクミの顔は、どこか青ざめているようだった。
「エイタ! タクミを連れてこっちへ!」
ユートが手を伸ばした。だけど、それを黙ってみているようなリヴィアもどきではなかった。再び手をかざすと、彼女の周りからあの茶色いシャボン玉が現れた。そして一斉に、シャボン玉がユートたちに降り注いだ。
「くっ! なにを・・・」
『貴様がなぜ! 小僧ども! そいつから離れろ!』
エンコウの手がすさまじい速さで伸びていく。リヴィアもどきの顔を殴り、タクミたちに取りつくのを防いでくれた。
「エンコウ! 助かった!」
『小僧ども! その泥を落とせ! 今すぐだ!』
エンコウは叫ぶが、エイタもタクミもとっさに動くことはできない。エンコウは舌打ちすると、左腕を伸ばしてさらにリヴィアを打ち据えようとした。だけど、一歩遅い。女性は笑いながら後ろに向かって駆け出していく。
『くそっ! 逃げ足だけは速いな!』
『風よ!』
エンコウの攻撃を避けていたリヴィアだったが、続くフェルムスの風魔法を避けきれずに吹き飛ばされてしまう。
「フィルムス! 助かった!」
『主のご友人! 速くその泥を落としなさい! あの猿の言うことに従うのは業腹であるのは認めますが!』
フィルムスが切羽詰まった声を出すのは珍しいことだった。
「え? あ、あああ・・・」
呆然としていたタクミが、鼻血を流した。タクミは鼻血をぬぐい、それを見て目を見開いた。
『早く!』
エイタとタクミは慌てて川の水を掛けて泥を落とそうとしたが、しかしもう遅い。顔色がさっと青くなり、フラフラと体を揺らして、そしてその場で倒れてしまう。
「エ、エイタ・・・。ごめん」
「あれ? なんだ、これ?」
倒れたまま、何とか言葉を絞り出すタクミだった。彼は最後の力を振り絞るように、手に大量の魔力を込めてエイタに解き放った。それがエイタに当たると一瞬で体を覆い隠していく。
エイタは一瞬にして、ミイラ男のような姿になってしまう。
「え、エイタ! くそっ!」
ヤマジが魔法を解き放った。オリジンによる火魔法だった。燃え盛る炎は、しかしリヴィアに避けられた。笑顔でエイタたちを嘲笑うと、そのまま走って逃げていく。
「くそっ! なんだよ、これ! なんなんだよ!」
アキラの言葉が、あたりにむなしく響いたのだった。




