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第12話 正同命会の聖女

「皆さん。お怪我はありませんか? こんなところで魔物に襲われるなんてどういうことでしょうね。もう心配はありませんよ」


 近づいてくる黒髪の女性から目を離すことができない。隣のアキミが歯ぎしりせんばかりに睨んでいるのが恐ろしい。


「聖女! なんでこんなところに!」

「聖女だなんて。私はただ回復魔法が得意なだけの探索者です。そんなふうに呼ぶのは仲間内にもいませんよ」


 聖女と呼ばれた女性はたおやかに微笑んだ。


 美人、ではある。でもどこか上品で汚してはならないという雰囲気があった。整ってはいるけど親しみやすいアキミとは対照的だ。どちらにしろ、アオが話しかけづらいのは同じだけれども。


 彼女を守るように5人もの戦士がついていることも、彼女が高貴な存在ということに拍車をかけていた。うち2人は女性で、白銀のフルアーマーと輝くような盾を持ったナイトが彼女を守るように立っていた。聖騎士のような出で立ちとは裏腹に、なんだか嫌な雰囲気は強い。ハルバードを持った戦士風の女性もいて、釣り目で睨んでいるのが何とも恐ろしかった。


「そこの第1形態のあなた、第4形態のあなたも。怪我をしているのですね。よろしければ私が」

「さわらないで!」


 近寄ってくる聖女をアキミが強い言葉で遮った。いつもは明るい彼女だけど、聖女が関わると厳しい態度になる。もしかしたら、彼女と正同命会の間に何かあるのかもしれない。


「私は何も特別なアビリティを使おうというわけではありません。探索者の誰しもが取得できる光魔法のスキルを使って」

「誰が正同命会の聖女の手を借りるもんですか! 回復ならあたしだってできる! あんたの手なんて必要ない!」


 優しく提案する聖女にアキミが突っかかっているように見える。傷の痛みに顔をしかめながら、アオはごくりとつばを飲んだ。


「うう・・・・」

「サトシ! すぐ回復するからね!」


 アキミが素早くサトシに駆け寄っていく。そして手をかざすと手が青く光った。あれが、回復魔法か。まじまじと回復を見るのは初めてで、こんな時なのにアオは見とれてしまう。


「ア、アキミ?」

「そんな! 傷が治らない! あたし、ちゃんとやってるのに!」


 泣きそうになるアキミの肩を、聖女がそっと叩いた。彼女はサトシに近づくと、跪いてサトシの胸に手を当てた。


「ヒーリング」


 聖女が静かにつぶやくと、サトシの胸が白く輝きだした。サトシの傷口の血が泊まり、見る見るうちにふさがっていくのが分かった。


「う、うそ・・・。あたしがやっても何にもなんなかったのに」

「回復スキルのレベルの違いじゃない? それにケイのは光魔法だし。キミの水魔法は彼に憑いた魔障を吹き飛ばすほどじゃなかったってことね」


 鼻の大きな女性がちょっと自慢気に話してくれた。見る見るうちに治っていく様に、さすがのアキミも文句を言えなかった。


 だけどアオは、恐ろしいものを感じた。魔法を使った聖女もそれを掛けられたサトシからも、あの嫌な気配がしたのだ。


「さあ、あなたも」

「が、がう!」


 アオは手を振って回復は無用だと伝えた。出血は止まっているようだが、傷はそのままだ。でも、聖女にスキルを使ってもらう気は、どうしても起こらなかった。


 聖女と言われているとはいえ、スキルを使われたらあの嫌な気配がするだろうから。


「そのまま放っておくよりも、すぐに癒したほうがいいと思いますが」

「け、結構です! アオは拒否ってるでしょう! 聖女の癒しはアオには必要ない! もう十分だから下がって! 正同命会の助けなんて、あたしたちには必要ないんだから!」


 アオが断ったせいか、アキミは断固として聖女の癒しを拒んでくれるつもりのようだ。


「ケイ。本人も嫌がっているみたいだし、もう十分では? 食料もないし、私たちは戻ったほうがいいんじゃない?」

「ええ。せっかくの提案を断るなんてと思うけど、本人が拒否してるのでは、ね。もしかしたらうちとなんかあったのかもしれない。一度戻って本部に報告しましょう」


 仲間にまで言われ、聖女は溜息を吐いた。アオを心配そうに見ると、そっと一礼して門のほうへと進んでいく。名残惜しそうに一度こちらを振り返ったのが印象的だった。


 消えゆく彼女を呆然と見送ってしまった。そんなアオに、声を掛ける人影が一つ。


「いいのか? ワシから見ても、手当てしたほうが良い傷にみえるがの」

「おわっ! びっくりした!」


 アキミが飛び上がった。いつの間にかイゾウがそばにいて、心配そうにのぞき込んでいたのだから。


「あ、あんた! まだいたの?」

「まだいたの、とはご挨拶だな。シュウの知り合いに一声かけておこうと思っただけよ」


 腕を組み、流し目でこちらを見るイゾウ。背筋もびしっと伸ばしていて、いつ見ても絵になる男だなと思った。年のころは同じくらいだけどとても落ち着いていて、かなり年上の人と話しているような気分になった。


「助かりました。ありがとうございます。私たちだけではやられてしまったかもしれません。さすが攻略組ですね。あの強いゴブリンレイダーを一撃だなんて」

「困ったときはお互い様ですよ。お気になさらず。それよりも」


 サナの感嘆に丸っこいイタチ男がこちらにゆっくると近づいてきた。だが、その時だった。


「おっと! これ以上近づくな! 俺はお前らなんか信じていねえんだからな!」

「レンジさん!」


 イタチ男を遮ったのはレンジだった。例のごとく腕をトカゲの頭に変化させ、鋭い目つきでイタチ男を睨んでいる。サトシの制止する声もまるで届いていない。


「知ってんだよ! お前が暴走したことがあるってよ! なあ、コロさんよぉ! ちょっとしたことで怒って、アビリティを乱発したんだろう? 俺は、あんたもそこの虎男も全然信用しちゃいねえんだよ! てか、すぐに暴走する第1形態なんて、誰が信じるんだっての!」

「いい加減にしなさい! あなた、何を言っているの? さっきは2人を巻き込むような真似までして! 以蔵さんにもアオさんにも助けられたばかりじゃない!」


 サナに激高されてもレンジのあざけるような顔は変わらない。馬鹿にしたような目でアオたちを見下していた。


「がう?」


 アオは首をかしげるだけだったが、コロと呼ばれたイタチ男は苦いものでも噛んだような顔で顔をしかめていた。


「すみません。僕のせいでこんな」

「なに。気にすることはない。お主は役に立っておる。ワシの着物も刀もお前が持ってきてくれたではないか。それにお主の料理にはいつも楽しませてもらっておるよ」


 イゾウはそう言うと、冷たい目でレンジを見つめた。


「少なくとも、自分の功だけを求め、かなわぬ敵を倒すことばかりを考えた男よりはずいぶんと役に立っておる」

「ああ!! てめえ! 誰のこといってんだ!!」


 レンジは激高するが、イゾウの余裕は崩せない。静かな目のまま、見下したようにレンジに目を移した。


「ほう。少しは自覚があるようだな。これは意外だった」

「お前! 俺がこのけだものに劣っているというつもりか! 新種を倒せたのもまぐれなくせによぉ!」


 イゾウはそんなレンジを鼻で笑った。


「お前たちはパーティーで動いているのだろう? ならば、先ほどの戦いは後衛の2人を何としても守らなければならなかったはずだ。なのに貴様は自分が見せ場を作ることばかりを考えて独断でしか戦わなかった。パーティーメンバーを巻き込もうとするなど論外だろう。それでコロより活躍しているなどと、よく言えたものだ」

「てめぇ! てめええぇぇ!」


 目を血走らせるレンジに、イゾウは刀を構えて見せた。居合抜きだ。間合いに入ったら斬るといった様相でレンジに凶暴な笑みを浮かべている。


 レンジはごくりと息を飲んだ。イゾウが臨戦態勢になったのを見て躊躇したのだ。悔し気に歯を食いしばっている姿を、アオはおろおろしながら見つめていた。


「くっ! やめだやめ! お侍様はこれだから! 全部暴力でケリをつけようとするんだからな!」


 そう言って、レンジは門のほうへと歩いていった。その背中を、アキミやサナが冷たい目で見送っていた。


「レンジさん! どこにいこうというんです!」

「うっせえな! 帰るんだよ! お前らに付き合ってられるか」


 レンジはこちらを一睨みするとそのまま消えていく。サナはあきれたように息を吐くと、一人ごちにつぶやきだした。


「あいつ・・・。ずっとこうなんですよね。こっちに来て戦いになれたら独断行動が過ぎるようになった。前はそれほどでもなかったのに、最近はひどくなった気がする。アビリティが強いから調子に乗ってるのかな? もう少し考えて行動するようになれば、オミと同じように部隊を率いることもできるのに」

「アビリティが強力なのも考え物ですね。僕と違って使い勝手のいいアビリティなのに、使い手があれでは・・・。もっと落ち着いて周りを見るようになれば、みんなの見る目も変わってくるでしょうに」


 サトシが溜息を吐いた。彼はイゾウに向きなおると、丁寧にお辞儀をした。


「イゾウさんとコロさんですね。うわさはかねがね。そしてありがとうございます。あなたたちのおかげで助かりました」

「ふっ。なに、縁があっただけだ。運もあった。それで助かったのだから、自分の運に感謝するんだな」


 そう言うとイゾウはアキミに向きなおった。


「だが、そこな女はあの和弓の聖女に礼を言うべきだったと思うぞ。相手は治療まで申し出てくれたのにそれを無碍にするなどと、礼儀知らずにもほどがある」

「でも!」


 アキミが責められている。アオはたまらなくなって、なんとか説明を試みた。と言っても、話せないので身振り手振りでしか伝えられなかったけれど。


 侍のような男――イゾウは眉を顰めていたが、アオが言わんとしたことが分かったようだ。


「ふむ。お主はしゃべれんのだな。だが、言わんとしていることは分かるぞ。聖女にスキルを使わせなかったのは、この女をかばうためだけではなかったとな」

「え? あんたもアオの考えていることが分かんの?」


 アキミが言うが、イゾウは「だいたいな。年の功というヤツだ」と答えるとアオに話しかけた。


「ワシも同じよ。アビリティとかスキルいうヤツはどうにも好きになれぬ。使えば使うほど、掛けられれば掛けられるほど、何かが失われる気がするのだ。ワシも、どちらも使用せぬようにしておるからの」


 イゾウの言葉に、サナが驚きの声を上げた。


「あれだけ強いのに、スキルもアビリティも使っていなかったということですか!」

「先生はいつもそうなのです。スキルやアビリティを使わず、身に着けた刀技と身のこなしだけで戦っている。どちらもこの世界の理から反しているとか言って。まあ僕は、アビリティは頻繁に使っちゃってるんですけどね」


 サナの驚きに、コロが照れたように答えた。


 そんな話をしている時だった。


ぐうううううううう。


 音が響いた。またアオの腹の音だ。みんなまじめな会話をしているのに、空腹だということを知らしめてしまった。アオは恥ずかしくなってうつむいてしまう。


「はっはっはっは! そこな虎は空腹を訴えているらしいな。いいのう! 腹を空かせるのは生者の特権よ! 実に人間らしいではないか!」


 声を上げて笑うイゾウをあっけにとられて見つめてしまった。


「いいだろう! 飯はワシが出そう! なに、これも何かの縁だ。存分に腹を満たすがよいぞ」

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