第117話 聖女の癒しと追撃者との戦い
ところ変わって、塔の中での出来事だった。
第1階層の広場に着いたアゲハは不機嫌だった。レヴィアタンを宿したリヴィアといることでも、家が火事に見舞われたからでもない。
合流したアオの仲間たちの中に、気に入らない人物がいたのだ。
「えっと。春山さん、ですよね? お久しぶりです。もう動き回っても大丈夫なのね」
「ふん。あの爺がいなくてもその不格好な笑顔は変わらないんだね」
丁寧にあいさつするケイにも、アゲハは不機嫌さを隠さない。静かにケイを睨みつけたままだった。
「が、がう?」
「う、うむ。あの女子、とてつもなく不機嫌なようだの」
アオは隣のイゾウとそっと言葉を交わした。
オミから連絡があったのだ。魔線組でクーデターが起き、ゲンイチロウたちが襲われて重傷を負ってしまったと。そこで怪我の治療ができるケイを中心に、アオとイゾウらが迎えに来たのだけど・・・。
先に合流したアゲハが不機嫌さを隠さなかった。
リヴィアたちは護衛に来たメンバーと話し合っている。落ち込んでいるリヴィアをタクミが必死でなぐさめているようだが、アゲハはそっちのけで暗い雰囲気を醸し出している。
「ほ、ほらアゲハちゃん! 手品を見せてあげる! エス子と私は一心同体なのよ! 見て! このトランプ! 種も仕掛けもございません」
『アシェリ・・・。多分、種も仕掛けもばれているから』
気を引こうとするアシェリにも、あきれたように言うエスタリスにも、アゲハは何の反応も示さない。ただ静かに、ケイだけを睨みつけていた。
「が、がう・・・」
アオが何とかとりなそうとした、その時だった。
入口の門が光って5人の男女が入ってきた。お待ちかねのオミたちだった。
「オミさん!」
「アキミか? すまん! 親父が怪我をしたんだ!」
ゲンイチロウは息も絶え絶えだった。シャツは赤黒く染まっていて大量に出血している。これだけの出血があるのに生きているのは獣混じりの第2形態ならではと言ったところか。意識もないようでテツオに支えられてぐったりとしている。
「あきらめたら? こんなに血を流したんじゃ、もうだめでしょう。私、入院生活が長かったからわかるんだ。それ、もう助かんないでしょう?」
「アゲハちゃん!」
「ふざけんな! まだ親父は死んでねえ! 何か! 何か手があるはずだ!」
たしなめるアシェリと激高するヨースケだった。でも次の瞬間、アシェリの脇を人影が通り過ぎた。ケイがゲンイチロウに駆け寄ったのだ。
ケイは素早くゲンイチロウの状態を確認していく。真剣なまなざしで診断していく彼女に、ヨースケが情けない声で話しかけた。
「あんた、正同命会の聖女だな? 親父は、大丈夫なのか? 回復スキルを使っても全然目を覚まさねえんだ」
「できることはやります。でも、この傷ではこの方の生命力次第になるかと思います」
ケイは、祈りを捧げるように腕を組んだ。
そして――。
「ウィダーリステン」
あの言葉を発したのだ。
ゲンイチロウの傷口が躍動する。最初は痛みをこらえるような顔だったゲンイチロウだが、その表情が次第に和らいでいく。
呼吸が収まっていく。荒い息は鳴りを潜め、次第に寝息のように規則正しい呼吸をするようになった。
「こ、これが聖女の癒しってやつか。すげえもんを見た」
「しばらくは安静に。あまり気を抜いてはいけません。血を流しすぎました。本当に健康になるまでゆっくり休ませてください。アオ。拠点の4号室にこの方を運んでいい?」
「が、がう!」
真剣に訪ねてくるケイに、反射的に返事をするアオだった。
「な、なあ! 俺も言ってもいいか? 親父が心配なんだ!」
「私も、頼みます。ボスも見知った顔が多いほうが安心でしょうし」
続けて言うヨースケ達に、ケイは優しく微笑んだ。
「ええ。しばらくは安静に。決して患者に無理をさせてはいけませんよ」
そう言ってケイは立ち上がった。
次の瞬間、オミが動いた。アオも同時に動き、ケイたちを守るように手を広げた。気づいたのだ。門に入ってきた何者かが、ケイとゲンイチロウに銃を向けたことを!
「撃てぇぇぇ!」
掛け声とともに、響き渡る銃弾の嵐。アオたちを銃弾が襲うかと思われた瞬間、目の前に影が差した。銃弾が降り注がれる前に、地面から大岩が生えてアオたちを守ってくれたのだ。
「あっぶねぇ! ぎりぎりじゃん! ぎりぎりだったよ!」
そう言って汗をぬぐったのは、ユートチームのタンク、エイタだった。彼はオリジンで岩を作り出すことができた。アオたちを守るように岩を生やして守ってくれたらしい。
「がう!」
「おう! へへっ! やったぜ! これ大活躍だろう!」
得意げにガッツポーズをするエイタに、勢いよく頷くアオだった。
「けっ! なにやってんだ!! 絶好のチャンスだったじゃねえか! お前、使えねえな」
「う、うるさい! まぐれだ! こんな、簡単に俺たちの銃撃が防がれるなんて!」
向こうから喧嘩するような声が聞えてきた。ゲンイチロウを確実に仕留めようとした追手たちが、アオたちの前で罵り合っていた。
魔線組の追っ手はアオも何度か目にしたことがあった。アオたちを睨みつけてきたのは、レンジとミナト。彼らはパーティーメンバーとともにゲンイチロウたちを追いかけてきたのだろう。
「くそっ! お前らか! やっぱりお前らはそっち側かよ!」
「道中で大分人を取られちまった。だが、追いついたぜ! 東雲さんから連絡があって焦ったぜ。仕留め損ねるとはあの人も耄碌したもんさ。だが、お前らはもう終わりだ。これだけの数で来たんだからな」
レンジは凶悪な顔をさらに凶悪にさせて、こちら側を嘲笑してきた。ミナトが競うように、嫌味たっぷりに勧告してきた。
「覚悟しろよな。お前らはみんな俺が倒してやるよ。へっ! オリジンだか何だか知らねえが、無駄な苦労、ご苦労なこった。鍛え上げたスキルの力を見せてやるぜ」
「ケイ!」
ミナトのセリフを遮ってイゾウが吠えた。
「急ぎ、ゲンイチロウとリヴィアたちをあの場所へ! こいつらはワシとアオで足止めする!」
「俺も残るぜ! これだけの数がいるんだ。俺だって役に立てるだろう」
シュウにまで言われ、ケイがためらったのは一瞬だった。先導するように、後ろに向かって駆け出した。間髪入れずにアゲハが、その後を慌ててリヴィアたちが追っていく。
「逃がすな! 相手は手負いだ! ここで仕留めるぞ」
「誰が、誰を仕留めるって?」
焦るレンジにオミが待ったをかけた。オミは吸っていたタバコを投げ捨てると鋭い目でレンジを睨んだ。
「オミさん!」
「サナ。親父を頼んだぞ。アキミやヨースケ達と協力して守ってくれ。俺は弟分に教えなきゃいけねえ。仁義を欠いたらどうなるかってことをな」
オミはそう言ってゆったりとレンジを睨んだ。アキミは躊躇ったものの、サナに促されてケイたちの後を追っていく。
「くそっ! はぐれ者どもが! お前らが俺たちを止めようなど!」
「ああ、ああ。これだけの銃弾をばらまきおっての。だが行かせんよ。こちらにはお前たちを止めるだけの実力者が揃っているからの。ふん。数を揃えただけでワシらを止められると思うなよ」
岩陰に隠れたイゾウが刀を抜き放った。凶悪に笑っていて、シュウが「おっかねえな」と小さくつぶやいていた。
多勢に無勢と言う言葉がある。数だけを見れば、こちらは4人しかいないのに、相手は多数。レンジやミナトのパーティーメンバーに加え、カーターたち海外組も次々と追い付いてきた。
「アオ。準備はよいな? あいつらを止めるぞ。シュウも無理をするなよ。危険だと思ったら逃げろ。そう言うのは得意だろう?」
「まったく爺さんは。すぐ俺を引き合いに出すんだからよ」
苦笑するシュウだった。アオもクスリと笑って、そっと襲撃者たちのほうを見た。人数に圧倒的な差があるのに、不思議とアオに負ける気はしなかった。
「さて、行くか。あ奴らに教えてやろうではないか。この世界では、数や装備を揃えるだけでは決して前に勧めないとな」
イゾウの合図とともに、アオたちは一斉に物陰から飛び出したのだった。




