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第116話 逃走

「いたぞ! 逃がすな!」

「いつもスカしていて気に入らなかったんだよ! 女どもにきゃあきゃあ言われているからって調子に乗りやがって! この機会にやっちまおうぜ!」


 背中から聞こえてくる声を聞きながら、オミ達は塔への道を走った。


 事務所の窓から逃げ出したオミとテツオは外に出てヨースケ達と合流した。テツオに背負われたゲンイチロウの呼吸は弱弱しくて、オミも心配になるが、それでも足を緩めることはなかった。


「くそっ! 親父、すぐに安全なところに連れていくからな!」

「オミぃ・・・。自分のことは、分かるつもりだ。おれは、多分もうだめだぁ。すまねえな。俺がふがいないばかりに」


 ゲンイチロウから弱気な声が聞こえてきて、背負うテツオが泣きそうな顔になった。ヨースケも悔しそうに顔をゆがめている。


「分かるんだよ。撃たれちゃいけないところを、撃たれちまった。血が止まんねえんだ。いかに体力があるオークキングの身体でも、ここを撃たれたらダメだろう。回復スキルでも、癒せないようだしなぁ」

「あきらめてはなりません。塔に行けば、塔に行きさえすればなんとかなります」


 ヤヨイが不健康そうな顔をさらに白くして言い返した。


「塔には、爺さんがいたんだっけか? だが、いくら爺さんでも」

「植草様だけではありません。もしかしたら正同命会の聖女もいらしているかもしれないんです。本人に聞いたわけではありませんが、彼らが独自の連絡網を持っていることは十分にありますから!」


 ゲンイチロウは力なく微笑むと、静かに首を振った。


「いいんだよ。そんな慰めは。都合よく聖女が来てくれるわけがねえよ。手配が溶けたとはいえ、生同盟会はいまだに血眼になってあの聖女を探しているからなぁ。それに、ほらよ」


 ゲンイチロウが顎をしゃくったその先だった。銃気武装した集団が立ちふさがっていたのだ。


「街の、連中か! くそっ! もう追手が来たってのか!」

「まあ、スマホがあるからなぁ。街の連中に俺がとち狂ったって連絡することもできるさ。もしかしたら俺らの首に懸賞金とかあるかもしんねえ。俺のことはいい。この傷なら長くはないんだ。俺のことは構わずに」


 ゲンイチロウの言葉が遮られる。テツオがさらにスピードアップしたのだ。いきなりの加速に、さすがのゲンイチロウも小さく悲鳴を上げた。


 笑い出したのは彼らに合わせてスピードアップしたヨースケだった。


「くはははははは! そうだよなぁ! 途中であきらめるなんて俺たちらしくない。俺たちはよぉ。こういうのが似合っているんだ! 最後まであがくのがよぉ!」

「ヨースケ、あなたは・・・。まあ、そうですよね。あきらめるなんて私たちらしくない。あなたたち! どきなさい! 魔線組の歩みを止めるというなら、死体になる覚悟はあるんですよね!」


 ヤヨイが走りながら両手を広げ、糸を伸ばしていた。彼らを倒し、テツオとゲンイチロウたちの道を切り開くつもりらしい。道を塞ぐ集団が、ごくりと息を飲んだのが分かった。


 そして、次の瞬間だった。集団が左右に避けて、ヤヨイたちが通る道を開けてくれたのだ。そればかりか、一行の後ろ側――ゲンイチロウたちを追う魔線組の男たちに銃を突き付けてくれた。


「!! お前ら!!」

「ゲンさん! 急いでくれ! へへっ! こういう時のためにオリジンを鍛えたんだ! 俺たちの意地を見せてやるさ!」


 ゲンイチロウは唖然とした顔でその男を見た。


 よくコンタクトを取ってきた街の住民だった。前回のアオとの会合でも、銃をくれるという東雲に従わず、ゲンイチロウとともにオリジンを覚醒させた人だった。


「お前ら・・・」

「詳しいことは分かんねえけどよ、ゲンさんがこれまで俺たちのためにいろいろしてくれたのは分かっているよ。今度は俺たちが恩を返す番さ。さあ! 急いでくれ! 相手は戦闘の専門家だ。俺たちもいつまでもつかは分からんからな。ま、人数が限られているんだ。殺されることまではありえんだろ」


 ゲンイチロウは手を伸ばすが、テツオは容赦なく塔への道を走っていく。ヨースケが愉快そうに笑い、ヤヨイが真面目な顔で口を引き結んだ。


「すまねえ。恩に着る」

「なあに。いいってことよ。これからもうちの店を贔屓にしてくれよな」


 すれ違いざまに礼を言うオミに、街の住民が明るく答えてくれた。


 そして背後で起こる戦闘音を聞きながら、一行は塔への道を突き進むのだった。



◆◆◆◆



「ちっ! 一難去ってまた一難かよ!」


 ヨースケが吐き捨てた。


 塔に入る直前で、一行の前に集団が立ちふさがっていたのだ。あまり見慣れない顔がほとんどだった。みんな銃を持っていて、かなり高長身の者が多い。


 ヤヨイは目を鋭くする。彼女は悟ったのだ。彼らはたぶん、嫉妬から来た外国人の一団だろう。ヤヨイは彼らを蹴散らすべく、足を緩めたが・・・。


「足を止めないで! 行ってください!」


 集団の戦闘の男からそんな言葉を掛けてきた。そればかりか銃を後方の、ゲンイチロウたちを追ってくる集団に向け始めた。その行動はどこかたどたどしくて、緊張に顔をこわばらせる人が多いが、確かにそんな行動をしてくれたのだ。


「なんで、お前ら嫉妬の連中が!」

「私たちは全員がカーターやその仲間に従っているわけじゃない。逃げ回るしかなかった私たちを、ゲンイチロウさんは受け入れてくれた。そのゲンイチロウさんを殺そうとするなんて、とんでもないことです」


 その男は震えながらごくりと唾を飲んでいた。


「私たちのリーダーはあくまでリヴィアで、軍人とはいえカーターの言うことは聞けない。でも少ししか時間を稼げない。私たちは戦うのは得意ではないですから。頑張って言いくるめますが、それほどの時間は稼げない」

「十分だ! 恩に着るぜ! 無理はすんなよ! この借りは忘れねえからよ!」


 そう言って追い抜いて走り続けると、すぐに門の前にたどり着いた。ヨースケは荒い息をつき、塔の頂上を見上げた。そして後方を振り返った。


 門の前にいた集団と追手が怒鳴り合っている。彼らは言っていた通り言葉でごまかして集団をやり過ごすようだった。


「くくくく。嫉妬全体が敵になったかと思うが、そう言うわけではなさそうだな」

「ええ。何とかごまかしてくれるみたいですが、心配ですよね。でもとりあえずは、ゲンイチロウ様を落ちついた場所で休ませなくては」


 ヨースケ達は一礼すると、門の中に入っていくのだった。

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