第115話 クーデター
魔線組の事務所では言い争う声が響いていた。
「東雲ぇ!!!! でめえ! どういうつもりだ!」
「どうもこうもない。みんなお前にはついていないということだ。増えたメンバーは期待していたのだよ。魔線組こそが、この塔を制するとな。それが、なんだ? この体たらくは」
バン!
銃声が響いたが、銃弾は反らされてしまう。テツオの剣が銃弾をはじいたのだ。だけどテツオの顔は焦りが募るばかりだった。
「くそっ! オミさん!」
「テツオ! 気張れ! 協力してこの場を乗り切んぞ!」
テツオをは泣きそうな顔で頷いた。
あっという間の出来事だった。ヤヨイから連絡があったすぐ後、ゲンイチロウの事務所に何人もの男たちが押し寄せてきたのだ。
「くそっ! いきなり発砲してきやがって! 東雲さん! あんた仲間だったんじゃねえのかよ!」
「ふん。源一郎のやり方はいつも甘いのよ。日本でも、この世界でもな。日本では私は老いぼれており、源一郎の横暴を見過ごすしかなかった。だがな。この世界に来て私は若返った。今なら、私の理想の魔線組を作ることだってできる」
滔々と語る東雲を、歯ぎしりしながら睨むテツオだった。
東雲剛也のの日本での年齢は67歳。それが第4形態として生まれ変わった今の外見は30歳ほどに若返っている。身体能力だけで言えば20歳の最盛期にもなるだろう。
「年を取れば見えてくるものだ。あの時こうしておけば、こうすればうまくいったのに、とな。日本では思うように体が動かなかったが、今なら自由に動ける。この若々しい姿ですべてを手に入れられるのだ」
「東雲さん! 今の魔線組はすべて源一郎の親父がつくりあげたもんだろう! あんたは偉そうに後ろで指示していただけだ! あんたは若返ったというのにな。そんなアンタに、源一郎の親父以上のことができると思っているのか!」
オミは叫び返すが、東雲の余裕は揺らぐことはなかった。
「源一郎のしたこと、だと? その男はいたずらにいろんなことに手を出しただけではないか。街の衆にうまいことだけを言ってな。くすぶっておったのだよ。不満というヤツがな。見ろ。私に従う者がこんなにおる」
東雲が構えると、後ろの男たちが一斉に長いライフル銃の柄を床に叩きつけた。
この男たちが、そうだった。この男たちが、事務所で仕事をする源一郎に一斉に発砲したのだ。源一郎の前に護衛が立ちふさがったが、銃弾の雨に晒されてしまった。
アビリティかスキルで守ったようだが、こらえられるものではなかった。護衛たちは多くが命を落とし、生きながらえた者も大痛手を受けて意識を失ってしまった。
一人、二人と倒れ、残ったのはオミとテツオだけだった。
「くそっ! ミナトたちは何をやっているんだ! レンジさんも! 今は街にいるんじゃなかったのかよ!」
「くっくっく。愚かよな。2人はとっくに調略済みよ。2人とも、もうお前にはついて意見とさ。ずいぶんと文句を言っておったぞ。今ごろになってオリジンに傾倒するお前のことをな」
揶揄してくる東雲にゲンイチロウは頭に血を上らせた。
「使ったら体を魔物に乗っ取られる可能性があるんだぞ! それを禁止するのは当たり前じゃねえか! あんたは、魔物に変わる可能性を見逃して戦い続けさせようっていうのか!」
バン!
興奮して源一郎が前に乗り出した時だった。東雲の護衛の一人が浴びせた弾が右胸に命中し、ゲンイチロウは傷口を抑えながら東雲を睨んだ。
「お、親父!」
オミが叫んだ。おそらくは、致命傷。あそこを攻撃されて助からなかった探索者を、オミは何人も知っている。オミは目の前が暗くなったような気分に襲われた。
「クックック。やはりこいつらはお前が許せないとさ。ふん。異世界に来てどれだけアビリティに助けられたと思っておる。それなのにアビリティを捨ててオリジンを使えだと? そんな愚かな命令を聞くのは狂信者しかおらぬよ」
男たちがとどめとばかりに銃弾を浴びせていく。オミがかばうように立ちふさがり。テツオは剣で銃弾をはじき続けているが、少しずつ、確実に押されていく。2人の身体には細かい傷が無数につき始めていた。
「くっくっく! オミは筋肉を硬化させて銃弾を防いでおるのか。テツオの剣技もアビリティだな。いいのか? アビリティを使っても? それは魔物化を促進する、危険なものではないのか?」
「はっ! 今使わねえでいつ使うってんだよ! あんたらがいくら銃で襲ってこようとも俺とオミさんが全部防いでやるぜ!」
テツオは叫ぶが、状況は変わらない。依然として銃弾の雨は降り注ぎ、テツオたちは茫然一方だった。
「ふん。奇襲は防いだようだがそれで限界よ。お前たちの命も風前の灯火だ。お前だけはここで仕留めさせてもらうぞ。このまま・・・」
「!! 東雲様!」
部下の一人が東雲をかばうように立った、その時だった。
破砕音が響いた。事務所の窓ガラスが一斉に割れた。そしてあっという間に部屋中を覆う、白い煙のような糸! 糸は粘着性を持つようで、男たちの何人かはからめとられ、動くことができない。
「こ、これはヤヨイの糸か! くそっ! 奴らは街に行っているのではなかったのか! 足止めはどうした!? くっ! お前ら、早く!」
「うわ、うわわわわわわ!」
東雲の言葉を遮るように、男が叫び出した。その顔は怯え切っていて、見えない何かに怯えているようだった。東雲が慌てて周りを見ると、頭を抱えて震える男を何人も見かけた。
「くそっ! 感情制御か! こんなことに感情を動かされおって!」
「テツオ! 今だ!」
声がして、東雲が慌てて振り向くと、テツオがゲンイチロウをかかえて飛ぶところだった。
「ふん。この借りは返すぜ」
「貴様!」
男の一人が銃弾を浴びせるが、もう遅かった。オミは背中に銃弾を浴びつつも悠々と窓から脱出していく。事務所は3階にあるが、鍛えたオミ達ならば問題なく着地できるだろう。
「追え!」
「くそっ!この状況で逃げるなど!」
男たちは慌てて走り出すが、おそらく追いつけない。この場でとらえることは不可能だろうと、東雲は溜息を吐いた。
「街にはまだ源一郎を支持する者が何人もいる。その者たちにかばわれれば逃げられる可能性は高い、か。塔の中に逃げ込まれると少し厄介だな」
東雲は男たちの背中を目で追いながらそう分析していた。こんな時だからこそ冷静に考えを巡らせているのかもしれない。
「だが、感情制御に蜘蛛の糸、か。気配からして、おそらくはアビリティ。オミやテツオもアビリティで防御していたようだしな。ふん。オリジンでは耐え切れんと踏んでアビリティに切り替えたか。やはりオリジンは使い物にならん。そのことを奴ら自身が自覚しておるではないか」
東雲は冷たい目で倒れた男たちを見た。虫の息のゲンイチロウの護衛やヨースケのアビリティに苦しむ男たちを見下ろしながら、冷たい声で吐き捨てた。
「ゲンイチロウに生きておられたら厄介だ。確実に仕留めておきたい。あの傷なら長くはないだろうが、万一と言うこともある」
そう言って、東雲はスマホを取り出した。




