第113話 襲撃
食事を終え、意気揚々と自宅に帰ってきたアゲハは、燃え盛る炎の前で立ち尽くしていた。
「なにこれ・・・」
ここに転移して以降、暮らしていた部屋が燃えていた。あまりに信じられない光景に、さすがのアゲハも見ていることしかできなかった。
「おい! いたぞ!」
声を聞いたかどうかのタイミングでアゲハは倒れ込んだ。同時に発せられた銃声と、何かが通り過ぎていったあと。それまでアゲハがいた場所に銃弾が通り過ぎたのだ。
追ってくる銃弾を間一髪で避け、転がり続けて物陰に隠れたアゲハ。何とか一息ついたのだけど。
「え? なんで? なんで燃えてんの? しかもあいつら、撃ってきたんだけど!」
アゲハは荒い息を吐きながらも行動していた。流れるような動きで数体のトンボを作り出すと、静かに上空へと浮き上がらせた。
「ちぃ! 殺り損ねたか!」
「落ち着け! 出てきたところを殺るぞ!」
飛び交う銃弾をやり過ごしていく。混乱しつつも、アゲハはどこか冷静だった。飛び上がったトンボと視界を共有し、自分を狙ってきた相手を確認していく。
「数は・・・。5人? だけじゃない! もっといる! みんな銃で武装している。外人と、日本人も混じっている? え? どういうこと?」
意味が分からなかった。
今日はウェヌスに誘われて街の食事に誘われたところだった。懐具合を気にせずに、たらふくご飯を食べてきた。さすがにコロが作ってくれた天ぷらには及ばないが、それなりにおいしい料理でアゲハは満足して帰ってきたはずなのに。
それなのに!
「なんで? 帰ったらなんで家が燃えてんのよ! がるたん、もう少しでコンプリート出来るはずだったのに!」
悔しそうに口を引き結ぶアゲハに、襲撃者たちの声が聞えてきた。
「ちっ! なかなか出てこないな」
「はっ! 所詮はガキだ。怯えちまってるんだろう。接近戦が得意だろうが、こうなってはどうしようもないさ。おい! とっとと出てこい! 言うことを聞けば命だけは助けてやるぞ!」
襲撃者の言葉から現状を分析する。
「接近戦が得意と言う話は聞いている。でも相手は私に遠距離攻撃があることを知らない。と言うことは、この前の戦いを見たか聞いた、誰かと言うことか。でも多分リヴィアの手の者じゃない。さすがにあいつなら私に注意するはずだから」
唇を噛みつつも、冷静にトンボたちからの情報を精査してく。相手の目の動きや構えを見れば次の動きは大体予想できる。魔力を調べれば、隠れている人間の位置もまるわかりだ。
あとは、氷像を作り出して動きを誤解させれば・・・。
「!! おい! 飛び出してきたぞ!」
「逃がすなよ! 抵抗するなら仕留めてもいいとのことだ!」
何度も響く銃声を聞きながら、アゲハは静かに敵のいない方向へと走り出す。
「なに、よ! こんなの聞いてない! いろいろコレクションを集めていたのに! なんで私ばっかり! せっかく自由に動けるようになれたのに!」
呪詛を吐きながら、アゲハはその場を全力で後にするのだった。
◆◆◆◆
ところ変わってスラムにある海外組のビル。オフィスでリヴィアは書類をまとめていた。
午前中はレヴィアタンの修行があり、午後からは書類仕事が待っていた。暴食の街に来て約半年。部下たちもこちらの暮らしに慣れてきた。安心したせいか、トラブルも少しずつ増えてきて、それを仲裁するのもリヴィアの大切な仕事なのだけど。
「リヴィア。今日はそろそろ終わりにしませんか? あんまり根を詰めすぎるとまた倒れちゃうわよ」
「そうね。倒れたらみんなに迷惑をかけちゃうものね。あと少しやったら今日は終わりにしましょう」
返事をしたが、それでも書類から目を離さないリヴィアに、ハーパーは溜息を吐いた。
「リヴィアよ。集中して周りが見えなくなるのはお前の悪いくせだぞ。あんまりハーパーに心配をかけるでない」
「アレックス・・・。ふふっ。そうね。よくノアにも言われてたっけ。分かったわ。今日はこれくらいにしましょう。疲れが残っちゃうとレヴィアタンから何を言われるかわからないものね」
そう茶化しつつも、リヴィアはどこか懐かしさを感じていた。
昔はこうだった。何もわからずに〈嫉妬の街〉に送り込まれ、でもあの時は希望に燃えていた。自分たちが街の仲間を救うんだといつも話し合っていた。
この2人を含めた仲間たちと、なによりハーパーの兄のノアがいたことはこの上ない幸運だった。この人たちとならどこまでも行けると、そう思っていたのに。
「ベッドの用意はできています。明日からも忙しくなりますから」
ハーパーが明日の予定について言おうとした時だった。
ドアが勢いよく開かれた。そこに現れたのは厳しい顔をしたカーターたちだった。笑顔を浮かべていたリヴィアが一転して厳しい表情になる。
「何をしに来たの、カーター。あなたはここに来る権利はないはずよ。関係者以外はこの部屋に立ち入れない。あなたが決めたルールでしょう」
「ふん。顔だけがいい素人が偉そうに。おとなしく俺たちの言うことを聞いていればいいものを」
カーターはいかつい顔をさらにいかつくしてリヴィアを睨んだ。軍人であるカーターに内心怯えつつも、リヴィアは毅然として言い返した。
「あなたこそ、何様のつもり? あなたはすでに護衛隊長の任は解いている。ここにいる許可を与えていない。すぐに去りなさい」
「みんな、弱腰のお前についていくのは嫌だとさ。暴食の連中に従うばかりで連中の言うことばかりに耳を貸すお前に、俺たちのリーダーとしての資格はない」
そう言って、カーターはリヴィアに銃を突き付けた。アレックスが瞬時に軌道を遮るが、カーターは標準を当てたままだった。
「うんざりなんだよ! あんたにも、この〈暴食の街〉の連中にもな! 素人の小娘と、ここにきてたかだか1年あまりしか経っていないやつらが偉そうに俺たちに命令してきやがって!」
銃を構えたカーターの前に、アレックスは素早く立ちふさがった。
「何を言っている! お前は忘れたのか! 〈嫉妬の街〉での日々を! あの街で魔物に怯えていた私たちを、この街の人たちは受け入れてくれた! もう戦えないと嘆いていた私たちを、それでもいいと手を差し伸べてくれたのだぞ! その恩を!」
バン!
発砲音がした。
カーターが、護衛のアレックスを銃撃したのだ。
「きゃあああああああああああ!」
「アレックス!」
ハーパーが叫んだ。リヴィアはすぐにアレックスに駆け寄った。
出血は止まらない。軍人のハーパーに撃たれた傷は、即死こそしなかったものの、アレックスに致命的なダメージを与えていた。
「なんてことを! あなた、何をしたか分かってるの!?」
「だまれ! 俺たちは10年以上もこの世界に暮らしてきたんだぞ! それがここに来て間もない〈暴食〉のやつらに従うなど、受け入れられるかっ!」
カーターの凶行にリヴィアたちは絶句してしまう。
「あなたは! 自分が何を言っているのか分かっているの!?」
「だまれ! もううんざりなんだよ! 未熟な〈暴食〉の奴らに頭を下げるのは!! 俺たちが〈嫉妬〉が支配すべきなんだ!! 銃の使い方も知らないあいつらではなくな!!」
唾を吐き続けるカーターは、暗い笑みでリヴィアを見上げてきた。
「俺たちがどうして行動できたと思う? 〈暴食〉にもお前を信じられないとする人間はいるのだよ。彼らの支援があって、ここに来ることができたのだ」
カーターが手を上げると、数人の日本人が入ってきた。その中の一人を見てレヴィアは目を剥いた。
「あなたは、魔線組の!」
「はっ! 弱腰のリーダーを持つと下が苦労するんだよな。俺は分かるぜ。カーターの気持ちってやつがなぁ! もううんざりなんだよ! わけわかんねえことを心配する、お前らの気持ちってやつがよぉ!」
入ってきた男――レンジを見て、リヴィアが顔を青くした。
「そんな! まさか、魔線組が!?」
「落ち着きなさい。魔線組も割れているだけのこと。組織にはこういうことはつきものだ。ゲンイチロウが、こんなことを認めるはずはない」
アレックスの声に動揺はない。厳しい目でカーターを睨みつけたまま、リヴィアに、その後ろのレヴィアタンに話しかけた。
「これはお前の意志か? いや違うな。お前の策ではないだろう。だが、こういうことだ。お前は、カーターの後ろの魔族を信じていたようだが、こんなものだ。ケルベロス様の言う通り、鍵を握るのはあくまで我々人間なのだよ」
『ガルグイユ。貴様、我に逆らうか』
アレックスを無視するようにレヴィアタンが問い詰めるが、カーターは余裕たっぷりに見下してきた。そして首から下げた軍色票のような魔道具を振ってみせた。
「無駄だよ。俺の中のガルグイユは逆らえない。この魔道具がある限りな。いかに悪徳の竜と言え、スペシャルを使わずに魔道具を使っていれば、こいつに体を乗っ取られる心配はないわけだ」
「愚かな・・。強さを求めずに今の有利さのみを自慢するとは。我々は地球にいたころとは違うのだぞ。強くならねば他の魔物に並び立てぬ。そんな簡単なことすら分からんのか」
カーターを睨んでいたアレックスは、ふいに力を抜いてリヴィアを見つめた。
「リヴィア。ケルベロス様を頼りなさい。あの方は、レヴィアタンとは違う。きっとお前の力になってくれるだろう。利用はしてもお前のことも考えてくれる」
「アレックス! 何を言っているの!?」
アレックスは立ち上がった。カーターは容赦なく銃弾を浴びせてくるが、銃弾はアレックスに当たる直前で止まってしまう。
「じ、じじい! まさか!?」
「さあ! 私の中の悪魔よ! 私を食らうと良い! だが、わかるな!? この場だけでよい! リヴィアたちが逃げる時間を稼いでくれ!」
アレックスはカッと目を見開いだ。そして最後に、力強くその言葉を言い放った。
「契約を、遵守する!!」
その瞬間だった。アレックスの身体がまばゆいばかりに光に包まれた。それはまるで、ろうそくが消える前に灯を増すかのように、一層強く輝きだした。
「ハーパー。リヴィアを頼むぞ。まずはスラムのそばに暮らすというケルベロスの眷属を頼るのだ。カーターが手を回しておるかもしれぬが、あの方の眷属ならそんな網は簡単に食らいつくすだろう。頼んだぞ」
「アレックス! 待って! あなたまで、私を置いていかないで!」
アレックスは最後に微笑むと、それは始まった。背中から薄い水色の二対の翼が生えてくる。そして、アレックスだったその体の節々が徐々に変わっていく。老人の第3形態から、翼を持つ天族の姿へと。
アレックスは、更なる変貌を遂げていった。老人だった顔も、見る見るうちに若返っていく。そこには、元のアレックスの面影が全くない、子供っぽい顔をした、けれども精悍な天族がいるのみだった。
力なくしりもちをついたリヴィア。それを無視するかのように、アレックスだった天族は語りだした。
『ああ。やっぱり空気がおいしいな。ひずみは依然と比べ物にならない。世界に弾かれないということは本当に素晴らしい。人間の意志に縛られるのは忌々しいが、ここで生きていく力をつけるためなら仕方のないことだと、今ならわかる』
アレックスだった天族はそうつぶやいた。
バン! バン! バン!
銃声が響いた。カーターによる銃撃は、しかし天族には届かない。余裕の表情のまま、カーターに視線を移した。
『力は上々だね。素晴らしい。本当に世界からの干渉が激減している。さて。最後の制約だ。逃げたまえ。そのくらいの時間は稼いであげよう』
「くそが! 人が、本当に魔物になっちまうのかよ!」
レンジは叫ぶ。リヴィアが何かわめいていたが、ハーパーに抱えられて素早く逃げ去っていった。
「くそっ! アレックスめ!」
『知っているだろう? 私は契約を遵守したいんだ。私たちには彼の最後の願いをかなえる義務がある。なあに。命まで取ろうってんじゃない。少なくとも彼女たちが立ち去るまでは待ってもらうよ』
変貌したアレックスは、屈託なく笑うのだった。




