第108話 フェイルーンと内なる魔物との出会い
「フェイルーンが、元日本人だって?」
「う、うん。そう言っている。あたしたちと同じ、1年前に目覚めたんだって」
アキミの解説に、一同絶句していた。フェイルーンは第2階層に出現する厄介な魔物かと思っていたが、まさか自分たちと同じ転移した日本人とは思わなかった。
「!! がう! がう!」
「うん。そうなのよ。今まで遭遇したフェイルーンの姿を思い出してほしい。みんな、動物が歪に混じったような姿をしていたよね?」
「そうですね。僕らがあったフェイルーンもそうでした。トカゲが混じったような男とか、蛇のような体に手足が生えた奇妙な生き物とか」
そこまで言って、コロは何かに気づいたように顔を上げた。
「ま、まさか!?」
「そうよ。言いづらいことだけどね」
言葉を止めたアキミを、誰も何も言えなかった。
「つまりは、そう言うことだな。フェイルーンは、我らのように人間と2つの魔物と合成された、合成魔のなりそこないと言うことだ」
イゾウの言葉に、一同には暗い沈黙が下りた。
「えっと・・。その、なんて言ったらいいか」
「・・・。そうだな。少し事情を聞こうか。とはいえ、最初から全員に事情を聴くのはあれだな。先にワシらに事情を話してもらおうか。アキミはシュウたちを頼む。まだ目覚めんようだしの」
アキミは不安そうにイゾウを見上げた。
「なに。ひどいことなどせんよ。コミュニケーションが取れるのが分かれば筆談でどうにでもなる。それよりも、他の者たちが混乱すると悪い。特にシュウは何かとうるさいからの」
「うん。そだね。シュウさん、結構めんどくさいから」
アキミはさみしげに笑うと、おとなしく移動してい行く。名残惜しそうに何度もイゾウたちを見ていたのが印象的だった。
◆◆◆◆
「さて、まずは自己紹介だな。ワシは植草以蔵と言う。赤堤市では道場を開いておった。こっちは上良秀介。ま、料理人だな。同じ赤堤市で料亭をやっておる。そして彼が、小代 有央だ」
短く紹介するイゾウに、軽く頭を下げる少女だった。
少女はきょろきょろした。アオは慌ててペンとメモ帳を渡す。少女は恐縮したように何度も頭を下げると、メモ帳に何かを書き出した。
増島 和
半人半竜の女性は歪んだ文字でそう記入した。日本での、彼女の名前らしい。日本人らしい名前だが、現在の竜が混じったような姿からは違和感があるかもしれない。
「うむ。ではノドカ嬢。いろいろ質問させてもらうぞ。お前たちは・・・」
そして、質疑応答が始まった。
イゾウが質問し、それにノドカがメモで返答する。時にはコロが口をはさみながら少しずつ事情を明らかにしていく。
淡々と質疑応答を繰り返す。決して乱暴な声は発せられない。だが、そこから察せられるのは、かなり残酷な彼らの事情だった。
「まさかフェイルーンにそう言う事情があろうとはな」
「えっと。まとめるとこういうことですね。増島さんたちは私たちと同じ、約1年前にこの塔で目覚めたと。いきなり第2階層に放り込まれ、食料もごくわずか。死に物狂いで生きてきたと」
ノドカはうつむいたまま頷いている。他のフェイルーンたちも神妙な顔をしたままだった。
「しかし厄介なものよな。まさか、ワシらを見て憎悪を感じるとは。それが元で助けを求めることができんかったのだな」
「僕らと会えば理性を失っちゃうフェイルーンが多いのも問題ですよ。だから、フェイルーンは魔物のように私たちを襲ってきたのですね」
コロはうめいた。半竜半人のノドカはうつむいていて、さながら裁判官の沙汰を待つ罪人のようだった。
ノドカたちの事情を知ってどうしたものかと考え込むイゾウたち。そんな彼らに届いたのは、意外な人物の言葉だった。
『中途半端な体になったのは確かに不幸なことかもしれんな。だが不幸中の幸いだったな。最悪な展開になる前に、お前たちは私に会えた。その運命だけには感謝するとよい』
発せられた言葉に全員が振り向いた。イゾウは声がした主――アオを鋭く睨みつけた。
「ケルベロスだな。お主はフェイルーンたちを救えるのか?」
『そいつら次第だな。だが、きっかけを与えることはできるぞ。その後はまさにそいつら次第だ。まあ、ここまで生き残ってこられたのだ。おそらくは何とかなるがな』
アオの中のミツはいやらしく笑った。
『詳しく説明したいところだが、それはまとめてにしようか。アオの口を借りるのは簡単なことではないからな。それよりも、アオの世界にいた者たちが続々と戻ってきたようだぞ。話は全員が揃った後でも遅くはあるまい』
そう言うと、身体の主導権が戻ってきた。みんなの視線を感じながらどうしたものかと溜息を吐くアオだった。
◆◆◆◆
気絶した相手が続々と起きてきた。
「ぬおっ! ここは! そうか、俺は塔の第1階層に来ていたんだったな」
「にしし。シユウさんったらぐっすり寝てたよね。いびきもかいていたし、ぐっすりだったよ」
シュウの起床を、アキミが笑っている。からかったように見えるが、どこか元気がない。やはりフェイルーンのことを気にしているのだろう。
「アキミ? どうした? なんかあったか」
「うん。ちょっとね。それよりも、シュウさんも話してたよね? 中にいる天族と魔族とさ」
ごまかすように言ったアキミに戸惑いながらも、シュウは言葉を返した。
「魔族のほうは予想通りだった。アンヴァルっていう馬の魔物だな。俺はアビリティを使うと足が馬の蹄に変わるだろう? あれって馬の魔物の逃げ足を使っているみたいなんだ」
「ああ。そう言えばそうだったね。あのアビリティ、馬に乗ったように速かったし」
相づちを打つアキミに違和感を感じながらも、シュウはうなずいた。
「問題は天族のほうだ。黒い翼の天族だったんだよな。ありゃ、たぶん軍人だな。かなり上の役職の。エスタリスとおんなじ雰囲気があったぜ。でも話しかけてもなんも反応ねえんだよな。何とかしようとしたら魔族がかばったりしてよ。なんか俺が悪者になったようだったぜ。ま、魔族と天族が仲がいいのはいいことかもしれねえがな。で、お前はどうだった?」
「あたしはピクシーとなんか若い女の子だった。でもアオが心配だったからすぐ戻ってきちゃった。なんかうまいことやって、また会えればいいんだけど」
いまいちコミュニケーションが取れなかったシュウに対し、第一印象が良かったようなアキミだった。
「・・・で、爺さんと話をしているあのフェイルーンはなんなんだ? 第1階層に現れるなんて、ありえねえだろう。爺さんの態度からしてすぐに倒さなきゃなんねえ敵じゃないんだろうけどよ」
「う、うん。実はね・・・」
そう言って、フェイルーンたちの境遇について説明するアキミだった。
◆◆◆◆
一方の、ヨースケ達だ。
体を起こしたヨースケは、傍らのヤヨイに話しかけた。
「まさかよぉ。俺の中の魔物と話せるとは思わなかったぜぇ」
「ええ。意外だったわ。ケルベロスが『自分の内面と向き合うことになる』と言ったのはこういうことだったのね。魔族のほうは予想通りで、天族はかなり生意気な子だったけど」
魔線組の2人はどこか納得していたようだが、問題は正同命会だった。ウェヌスとトゥルスはどこか放心したようで、大の字になって倒れたままだ。
「ウェヌス。大丈夫か?」
「・・・。まさか、あんなのが私の中にいるとは思いませんでした」
ぽつりとつぶやいたウェヌスに顔だけを向けたトゥルスだった。
「俺もショックだったぜ。俺の中の天族が、あんなくそ野郎だったとはな」
「・・・。ええ。私も。あんな嫌な女が私の中にいるとは思わなかったです。あれじゃあ、どっちが魔族なのか全然わかりませんでしたよ。もう一人のお姉さんがいい人だっただけに、比べるともう・・・」
どう慰めていいかわからないトゥルスだったが、よっと力を入れて体を起こした。
「落ち込むのは後だ。そろそろ起きよう。残念だが、またもめ事だ。植草がフェイルーンと話し合っている。あいつら第1階層にまで現れるとはよ。それに、植草の爺さんがまだ斬っていないのも気になる。フェイルーンって、ただの魔物じゃなかったのかよ」
ウェヌスはそっとイゾウのほうを見た。イゾウは何か神妙な顔でフェイルーンから話を聞いている。近くにいるのは、左半身が鱗で、左半身と顔が竜のようになった魔物だった。
おそらく、あの魔物はフェイルーン。フェイルーンとは何度も戦ったウェヌスだが、まさか言葉を話すフェイルーンがいるとは思わなかった。
「謎が解けたと思ったらまた謎ばかり。レヴィアタンの話し合いは長引いているみたいだし、いつになったら落ち着くんですかね」
「そらあ、おまえ・・・。生きている限りずっとだろう。謎の一部が解けたとはいえ、まだわからないことだらけだ。生きていく中で、一つ一つ解いていくしかあるめえよ」
そう答えると、トゥルスは目を鋭くして虚空を睨んだ。
「もう、正同命会とか魔線組とか言っている場合じゃねえだろうな。俺たちも、身の振り方を考える時なのかもな」
そうつぶやくトゥルスは、何かを決意したようだった。
こうして、アオたちの塔攻略は大混乱の様相を現したのだった。




