第106話 探索者とのコミュニケーション
ちょっとだけ追加しました。
レヴィアタンはミツを睨みつけると、そのまま護衛たちに何かを命令していた。おそらく、ミツの提案を受け入れる準備をしているのだろう。
「そういえば、俺ってお前と話をしてたか? 気がついたらこうなっていたんだよな? 俺がうまくいったのは結構偶然だと思うが?」
『ふん。結果がすべてさ。あれでレヴィアタンは私を信頼するしかなくなった。リヴィアと言う女と関係を作るため、必死になってコミュニケーションを取るだろうな』
平然とはったりをいうみつに、肩をすくめたアオだった。
「ケルベロス様」
急に声を掛けられて振り返ると、リヴィアを護衛した老人が恭しく頭を下げていた。他の護衛はまだリヴィアと話をしているようだからアオたちに話しかけたのはこの老人の独断と言うことか。
リヴィアはあの秘書らしき女性となにか揉めているようだ。アオはそちらも気になるが、まずはこの老人だった。
『ほう。なかなかの気配だな。かなりの強者と見た。相当に魔物の力を使ってきたようだな』
「やはり、あなたはあのレヴィアタンと違って我々を、人間をきちんと見てくれるのですね」
鋭く指摘してくる老人に、ミツはにやりと笑った。
「私は意世界の魔物というヤツはどうも信頼ならない。私たちは、以前はリヴィアとともに〈嫉妬の塔〉を攻略しようとしていました。しかしリヴィアはいつしか私たちと行動することはなくなった。私たちを遠ざけ、カーターのような傲慢な男を重用するようになった」
『おそらくレヴィアタンの指示だな。レヴィアタンが宿主を操ってそうするよう仕向けたのだろう。だが、お前は彼女がそうしたもう一つの理由も、察しがついているのだろう?』
老人は歯を食いしばって虚空を睨みつけた。
「ええ・・・。私たちは、もう限界なのでしょう。私たちは、スペシャルを使いすぎた。このままではいずれ限界を超えてしまう。バケツの水がたまりすぎたのです。あと数適でも落ちれば、おそらく私はもう・・・。そうなる前に、あの子は私たちを戦いから遠ざけようとしたのでしょう」
限界、と聞いてアオは疑問に思うが、ミツがすかさず予想を教えてくれた。
『限界とは、いわゆる熟練度というやつのことだな。思い出せ。害鳥どもの目的を。奴らは何のために人間に能力を使わせようとしているのか』
アオははっとした。
スクトゥムやエスタリスが言っていた。天族と呼ばれる連中は、この世界で活動できる体を手に入れるためにアビリティやスキルを人間に使わせていると。
限界を超えるということは、つまり。
老人は静かに首を振った。
『我々はこれ以上スペシャルを使うことはできない。限界を超えて使おうとすると、それは私たちの終焉を意味します。だからこそ、リヴィアは私をこれ以上戦わせようとしなかった。その結果、カーターのような愚か者を使わねばならなかった。なぜかあの男はレヴィアタンのお気に入りでしたからな』
アオは微妙な顔になった。限界を超えたらどうなるかは正直気になる。確信をなかなか言わない老人にじれるような思いがあったが、アオは沈黙を守った。終焉がそれを意味するのなら、なかなか言い出せないのは分かる気がしたから。
老人はもう一度頭を深く下げた。
「ケルベロス様。どうかお願いいたします。リヴィアを、あの子をどうか。決してレヴィアタンなどの好きにはさせないでください。筋違いと言うことは分かりますが、どうか! 私たちにはあなたしか頼れる人がいないのです」
『アレックス。何をしている』
老人を厳しく叱責したのはリヴィアだった。
「いえ、なにも。ケルベロス様は魔王の一体ですからな。少し武勇伝などを聞いていたのです」
『何を企もうと無駄だ。お前たちの運命は我とともにある。いい加減そのことを認めよ。勝手に動いた罰として、お前たちには護衛を命ずる。ケルベロスの術にかかった我らを守るのだ。私に何かあったらリヴィアがどうなるかは分かるな』
厳しく言うと、リヴィアはアオに視線を戻した。
『お前の提案を受け入れてやる』
胸を張って腕を組み、敵意に満ちた目でこちらをねめつけていたが、確かにそう答えたのだ。
『戦った末に果てるならば悔しいが、まだ納得もしよう。だが、何もせずに蹂躙されるのは気に入らない。奴らの自慢げな顔を見るのもおぞけが走る。奴らに雑魚とみられるよりも、リヴィアを鍛えるほうがはるかにましだ』
『くくくく。モラクスを仕留め損ねたことが本当に悔しかったようだな』
低く笑うミツを、レヴィアタンは鋭く睨んだ。
『これは、おそらく最後のチャンスだ。忌々しいが、我が力を手にするには貴様の力を利用するしかないのだろう。あのふざけたサタンやくそ真面目なルシファーが押し寄せる前に、我は力を付けねばならぬ。そのためには、それ相応の覚悟が必要だろう』
『ほう。覚悟と来たか』
レビアタンは姿勢を正した。
『これは誓いだ。貴様は我に、リヴィアに力を与える。その代わりに、我は一度だけ、貴様の野望に手を貸そう。これは貴様と我の、魔王同士の契約だ』
『面白い。いいだろう』
何かを決意したレヴィアタンは、真剣な目でアオの中のミツを見つめだした。
『我、レヴィアタンは遵守する。命に代えて、この誓いを守ってやろう』
『くくっ。いいだろう。私も誓ってやる。お前に力を貸してやる。お前ではない。あくまでリヴィアを助けるために、お前が力を得るための手助けをしてやる』
笑うミツは、レヴィアタンに向けて手をかざした。
『では、早速やらせてもらうぞ。何も私に頭を下げろというのではない。お前たちを、私の世界に招待するだけさ。そこでお前の人間と害鳥と話し、説得するんだな』
『分かっている。あの害鳥と話すのは気に入らないがな』
余裕たっぷりに命令するミツにレヴィアタンはぶつくさと文句を言った。
『害鳥の魂もすでにお前の一部だ。それなしにお前という存在はなしえない。虎視眈々と体を狙う害鳥は厄介な存在かもしれぬが、そいつを説得しない限りお前は自由にはなれぬだろう。お前たちも準備しておけよ』
「い!? 俺?」
驚くシュウにミツは当然のように頷いた。
『いつまでたってもうまく力を使えないお前にきっかけを与えてやろうというんだ。少しは私に感謝しろ。ああ。ついでに魔線組の2人や正同命会の奴らも巻き込んでしまおうか。特に正同命会の2人はかなりやっかいなのと合成されたようだからな」
「くそっ! 俺たちもかよ!」
トゥルスは即座に吐き捨てた。ウェヌスは素早く仲間たちの目配せしてミツに頷いた。彼女は、どうやらミツに従うようだった。魔線組の2人も平然とした様子だった。
『さすがの私もお前を全面的に信用することなどできぬ。護衛は、残させてもらう。時間さえ稼げば、この場でなら、私の力も使えることは分かっているのだろう? このフィールドには水がいたるところにあふれている。もしおかしなことをしたら、すぐに溺死させてやるからな』
『衰えたお前を罠にはめようなどとは思わんよ。殲滅だけならいつでもできる。お前にある程度の力を取り戻してもらわんと、私が困るのだよ。ああ、アレックスと言ったか。私の相棒からだ。安心しろとの言葉だ。私には正直お前たちがどうなろうとかまわんが、どうやらもう一人の私はそうではないらしい』
ミツはにやりと笑うと右腕を天高く掲げた。そして腕から放出された。高密度の魔力の塊――。
シュウやトゥルスや、レヴィアタンたちの口からどよめきが起こった。だけどアオはその魔力に懐かしさを感じていた。自分たちを破壊しつくして有り余るくらいのそれは、しかし自分たちを決して傷つけないことが理解できたから。
『さて、御開帳と行こうか。お前たちがどのような魔物と合成されたのか、しっかりとその目に焼き付けると良い」
ミツが魔力の塊を地面に叩きつけた。魔力は地面に円を描きながら広がっていき、光となって天へと沸き上がっていった。
地面からの光に包まれたアオは頭の芯まで真っ白になり、やがて意識を失ったのだった。
◆◆◆◆
「ああ。やっぱりここか」
目を開けて首を振った。アオの目に現れたのはいつもの小石浜とあきれたようにこちらを見る少女――ミツの姿だった。
「おわっ! なんだ! 海だと? てか、ここは日本か? ついさっきまで塔の中にいたはずなのによ!」
「シュウさんうっさい! 今考えてるから!」
響いたのはいつもの声――シュウとアキミだった。
「シュウさん! 大丈夫っす! ここは俺の世界で、たぶんみんなには危険がないはず!」
「おお! アオもいんのか! ってか、アオ! お前、しゃべれんのかよ!」
シュウはのけぞるが、次の瞬間には笑ってくれた。
「へへっ。そうか。元日本人ならしゃべれんよな。結構な付き合いだけど声を聞いたのは初めてだったぜ」
「調子のいい日は何を言ってるかは分かったけどね。でも生声はいいかもね。なんか新鮮な感じがするし」
2人は笑ってくれた。その反応は予想通りだけどなんだかうれしくて、アオな思わず頭を掻いてしまう。
「さて。再会を喜ぶのはいいが、時間は1時間ほどしかない。私とは言え、ここに他者を、それもレヴィアタンほどの大物を呼ぶには限界があるからな」
その声にはっとした2人だった。ミツの姿に、そしてこの場にかなりの大人数がいることに気づいたのだ。
大きな馬や蝶のような羽の生えた人形くらいの小さな少女、牛のような角を生やした妖艶な美女や人ぐりむっくりな体型でひげを生やした老人の姿もあった。そして背中に色とりどりの翼を生やした天使のような人たちもいて、彼らは一様にミツを睨んでいた。一部の天使はミツを物珍しそうに見ていたけど。
魔物たちの中の一人――青く長い髪を無造作に流した妙齢の女性が話しかけてきた。
『ここが、お前の世界だと? ありえん。お前の世界がこんなに穏やかなわけがないだろう。つまりは・・・。そうか。ここはその人間の世界なのだな』
「そう言うことだな。ここはアオの、我々の世界だ。ここならばお前たちも会話できる。魂だけの姿なら、魔族も人間も害鳥も、例外なく存在できるからな」
ミツの言葉に、アオは理解した。話しかけてきたのはレヴィアタンで、その他の人物はアオたちと合成された魔物たちなのだと。
「そうか。えっと、初めましてかな。この魔物みたいのと天使みたいのが、俺たちが合成された魔物ってやつなんだろう?」
「そう言うことだな。こいつらには体などないから、ここにでもこない限りは会話することなど難しい。魔王でもない限りは話をすることはできんのだ。さて、ここでお前らは話をして・・・」
そこまで言うと、ミツは素早くアオに近づいて腕を引っ張った。
「お、おいミツ! 何をする・・・」
「敵襲だ。お前はここまでだ。お前の仲間たちを傷つけさせるわけにはいかんのだろう?」
『ケルベロス!』
ミツに引きずられていくアオの背中に、レヴィアタンの声が聞えてきた。だけどミツは振り向かず、腕を前方にかざした。
前方に、黒い靄のような者が浮かんだ。ミツはあろうことか、そのなかにアオを投げ込んだ。
「ミ、ミツゥゥゥ!」
「アオ。急げよ。この気配はおそらくフェイルーンたちだ。あの出来損ないどもが襲い掛かってきたのだ。お前は表のイゾウたちと協力して、こいつらが話し合うための時間を稼げ」
文句を言う暇もなかった。ミツの言葉を聞くと同時に空間が閉ざされてアオは遮断されてしまう。
◆◆◆◆
そしてアオの目には、押し寄せるフェイルーンたちと、刀を構えるイゾウ、あわててシュウたちの体を集めるコロの姿が映ったのだった。




