第103話 黒き牛鬼のアモール
「黒き牛鬼!? ださっ! うわ、何それ? 自分で言ってて恥ずかしくないの?」
案の定、嫌悪感丸出しで言い捨てたのはアゲハだった。
「あ、アゲハ! まずいって! あの人真剣に言ってるみたいだから!」
「いやないでしょう? 黒き牛鬼って・・・。うふふ。中二病かよ」
笑い出すアゲハに脱力してしまうシュウだった。アモールが呼び出した魔物と戦っているが、さすがにアゲハに加勢することはできないようだった。
「アゲハも似たようなこと書いていたじゃねえか。ノートにいろいろ書いていたの、知ってんだぞ。技の名前とか調べてただろ」
「う、うっさい! 私はいいのよ! てかクレアね! クレアが言ったんでしょう! 人のプライベートをばらすなんて最悪じゃない!」
「いや私が言ったんだ。ごめん。なんか格好良かったから」
アゲハと正同命会の2人はやかましくしゃべっている。
「おいおい。名前はあれだけどよぉ。黒き牛鬼さんの実力はやべえぞ。少なくとも俺やヤヨイじゃあ何ともならん」
「うぷぷ。まあそうでしょうね。あんたたちじゃあさすがに敵わないかな。ま、こういう時のために私が呼ばれたんだろうし。その代わり、他の魔物は任せたよ」
アゲハはちらりとカーターを見て武器を構えた。
右手に赤いナイフを持ち。左手に青いナイフを逆手に持っている。体を細かく揺さぶって、アモールに相対している。それに呼応するかのように周りが霧がかってきて、視界が急激に悪くなった。
「リ、リヴィア! 今のうちにこの場を去ろう! 暴食の奴らに時間を稼がせれば!」
「!! 何を言っているんです! そんなこと、できるはずがないでしょう! ここで逃げてどこへ行くというのです!」
リヴィアが窘めたが、カーターはどこまでも及び腰だった。リヴィアに手を伸ばし、何とか逃げるよう説得し出している。
「だ、だが! 相手は〈憤怒の塔〉の6位だぞ! あの塔を攻略して、さらに勢力を伸ばしているという! 塔の攻略に失敗した我々が敵う相手ではない! ここは一度引いて・・・」
「相手は私たちを追ってきたのかもしれない。私たちのせいで、この暴食に迷惑をかけるわけにはいかないでしょう! ここで戦わなければ、誰も私たちを信用してくれなくなります!」
カーターの手を振り払ったリヴィアは、青く輝くトライデントを構え、アモールを睨みつけた。
「私も戦います! 私にだって意地はある! たとえ限界を迎えたって、私は!」
「ああ。そういうのはいいから」
悲壮な顔をしているリヴィアに対し、アゲハはどこまでも気楽だった。
「な、何を言っているのです! 相手は〈憤怒の塔〉の第6位ですよ? 私たちにもその名は届いている! 第7位と組んで様々な功績を上げた有名な探索者です! 塔の攻略に失敗した私や、攻略中のあなたに勝てるわけがない! 協力して戦わないと!」
「戦闘力はそれほどでもないと思うのよね。私とあいつ、相性はいいみたいだし。私なら勝てる。隠し玉があったとしても、問題なくやれると思う。まあ、思い上がったあいつにぴったりな最期を、くれてあげるわ」
不敵に笑うアゲハを、リヴィアは泣きそうな顔で見つめていた。
『大きく出たな小娘。お前ごとき若輩者が我に敵うと思うか』
「小娘、ねえ。あんた、この島まで来られたのは見事だけど、戦闘面は本当にお粗末なのね。私を見ても、その反応・・・。こっちは、私を見ただけで警戒したのが、今日だけでも2人と1匹? もいるのに」
アモールは言葉を止めてアゲハを睨んだ。アモールの腕から爪のような突起が生えていく。おそらくあれで、アゲハを引き裂くつもりだろう。
『口だけは達者だな。だが容赦はせん。ここで暴食の眷属とレヴィアタンに力を示せば、我らはより巨大な勢力となる。レヴィアタンもケルベロスも頭を下げて屈しよう。我らのこれからの活動のため、悪いが死んでもらうぞ』
いきなりだった。寸前まで話していたはずのアモールが、いきなりアゲハの後ろに現れた。まるで瞬間移動したような動きに、リヴィアは目を見開いた。
アゲハは反応していない。距離を一瞬にして縮めたアモールに、一歩も動けていない。驚いて手を伸ばすリヴィアだが、彼女も全然間に合っていなかった。
「だ、だめえええええ!!」
リヴィアの叫び声も、なんの意味もなかった。振るわれたアモールの爪はアゲハを捕らえ、そして・・・。
彼女の身体を、真っ二つに引き裂いた。
勝利を確信したはずのアモールは目を見張った。引き裂いたアゲハの身体が、砕けてしまったのだ。まるで氷像を壊したかのような感触に、アモールの違和感が強くなる。
「ああ。やっぱりいい感じ。勝利を確信した相手を、出し抜くのはいい。たまんない」
そんな声が聞こえたのと同時だった。アモールの首に熱い何かが過ぎていった。なぜか血は出ていない。慌てて腕を振り回すが、もう遅い。なにかが、アモールの背から飛びのいていったのが分かった。
『お、お前・・・。いつの間に・・・』
「なに? いつの間に氷像と入れ替わったか? それとも後ろに回ったのはいつってこと? それさえも気づかないなんて。あんた、やっぱりセンスないわ」
アモールは慌てて首を押さえるが、傷は見当たらない。そのことを不思議に思いながらも、何かが飛びのいた先――嗤うアゲハに踏み出そうとするが・・・。
パン! パン! パン!
銃声が響いた。アモールが目を向けると、リヴィアの護衛のカーターが銃を構えていた。
「き、貴様!」
「く、来るな! ふざけるなよ! 俺を無視して無防備な背中を見せるなど!」
バン! バン!
カーターによって放たれた銃弾は、すべてアモールの体を貫いた。魔力障壁によって防がれるはずだったが、あっさりとアモールの体に届いたのだ。
狂ったように銃弾を浴びせるカーターは、魔力切れで弾が飛ばないことにも気づいていない。目を見開きながらカチカチと引き金を引き続けていた。
「ば、ばかな・・・。障壁が、発動しないだと・・・?あ、あのガキ! ま、まさか!?」
アモールは最後の力を振り絞ってアゲハを見た。彼女はもう興味を失ったのだろう。ゆっくりと首を傾け、肩を回して動きを確認している。
「ふ、ふはははは! ど、どうだ! 俺だって、これくらいはできるんだ!」
お前に、負けたわけではない。すべては、あのガキの手のひらじゃないか!
そんな言葉が頭を過ぎったが、答える者は誰もいない。粒子になって消えていくアモールを、止めることは誰にもできなかった。
◆◆◆◆
「あれって多分、〈憤怒の塔〉で現れる魔物よね。それほど強い魔物じゃなさそうだけど、みんなうまく対処しているんじゃないかな? イゾウさんの指導がうまいのかな」
アゲハが戦う他のメンバーを見て遠慮なく感想を言っている。
リヴィアは言葉をなくしてしまう。アモールが残した魔物と暴食のメンバーが戦っているのだ。終始暴食側が有利に戦っているのに、同じように戦う人は誰もいない。
シュウたちは、それぞれ自分のやり方で魔物と戦っていた。自分の技だけで戦う者や、魔物とともに戦う者、糸のような武器を作り出して戦う者と、様々だった。個性的ともいえる戦い方に、リヴィアは絶句してしまう。
「ああやって魔物と連携するのか。あの雷魔法は弱いけどかなり厄介だし、お互いにどう動くかを知っている気配がある。ああいう相手にはどうしたらいいんだろう。やっぱり本体を狙うべきかな。でも、なんかやばい。本体を攻撃したらなんかかんかでやられる気がする。一度連携されるとかなり粘られそうかな」
彼女の視線の先にはエスタリスと連携するアシェリの姿があった。エスタリスが雷魔法を使い、その隙を逃さずアシェリがレイピアで魔物を仕留めている。その隣ではヨースケが何かの術で魔物を乱し、ヤヨイが糸を使って魔物を絡めていた。
「あなたも、相手を分析したりするのですね」
「そりゃあ、負けるのは嫌だし。どんな攻撃手段があるか知っておくことは無駄じゃない」
そう言って、アゲハはリヴィアに一枚の紙を差し出した。そこにはシュウのスマホのアドレスとスマホの番号が描かれていた。リヴィアを一瞥もしないその姿勢に驚きながらも、思い切って尋ねてみた。
「あの、これは?」
「連絡先。ここに連絡すれば時間を調整してくれるらしいよ。みっちゃんが話があるって。一応伝言だから。ま、気になったら連絡するといいんじゃない?」
そう言い捨てると、アゲハはそのまま歩き出した。ちょうどウェヌスが戦い終えたタイミングだったので、おそらく彼女に何かを話しに行くつもりだろう。
「リヴィア!」
呼ばれて振り向くと、カーターが満面の笑顔で話しかけてきた。
「見たか! あの〈憤怒の塔〉のナンバー6を、この俺が倒したんだ! これで俺たち〈嫉妬の塔〉が強力だって証明できた! 俺の銃が!」
「カーター!」
リヴィアは真剣な顔でカーターを見つめた。
「アモールを追いつめたのはアゲハでしょう? 戦わずに逃げようとしていた、あなたではなく」
「止めを刺したのはこの俺だ! 俺の銃弾が、あの悪魔を倒したんだ!」
繰り返しそう言い募るカーターに失望しながら、リヴィアはそれでも言葉を重ねた。
「この戦いで、私たちは3人もの仲間を失った。そのことに、護衛隊長として何かないの?」
「奴らは勝手にアモールに突っ込んでいっただけだ! 俺のせいじゃない! 俺は止めたんだ! 俺の言うことを聞かないあいつらが悪い! そんなことより、見ただろう? 俺の銃撃を! 俺が、あの〈憤怒の塔〉のナンバー6を倒したんだぞ! 金やポイントだって! え? 俺にすべて入ってる?」
自身のスマホを見ながら唾を飛ばすカーターを、リヴィアは冷めた目で見つめていた。
「私が必要としていたのは強い仲間じゃない。弱くても震えていても、一緒に悩み、成長していける仲間が必要だった。それなのにあなたは、自分がやってもいない功績を誇るのね。仲間を失ったのに。何もできない自分を、見ないふりをして。自分が敵を倒したと、ごまかして」
「リヴィア! 俺だってできるんだ! 俺が! 俺が!」
興奮するカーターを見るリヴィアの目は厳しかった。
「仲間を失ったことを悔やみ、繰り返さないために成長を誓ったのならまだ一緒に歩けた。失敗しても、それを悔やみ、糧とするのなら。でも、あなたは・・・。あなたを護衛隊長から解任します。仲間の死をそんなふうに言うあなたとはやっていけない」
「リ、リヴィア! 何を言い出すんだ!?」
カーターはリヴィアに縋り付こうとするが、すぐに身をすくめた。リヴィアがレヴィアタンを身にまとわらせ、カーターを鋭く睨んでいたのだ。
「リ、リヴィア?」
「さようなら。さすがにあなたとはこれ以上歩けないわ。ハーパー。行くわよ」
「は、はい」
リヴィアは振り返ることなく進んでいく。暴食のメンバーに話をしに行くのだろう。秘書のハーパーはおろおろしてリヴィアとカーターを交互に見るが、やがてあきらめたようにリヴィアの後を追っていった。
「私たちがなぜ負けたのか。これまでは魔物が強くなったからだと思っていたけど、それだけではないかもしれない。だって、暴食のメンバーは、アモールが召喚した魔物を見事に倒していたもの。それぞれが、自分の力を使ってね。アゲハが特段に強いだけじゃない。あなたにとっては気に入らないことかもしれないけど、きっと聞かなければならないことよ。我慢しなさい。ねえ、レヴィアタン」
そうつぶやいたリヴィアの顔は、何かを決意したようだった。




