第102話 襲撃者
「き、きさま! そんな戯言でごまかそうなど!」
「来た。みんな構えて」
アゲハが遮ると同時だった。爆発音が起こり、応接間の壁という壁がすべて破壊された。シュウもアキミもアシェリも、反射的に立ち上がって破片を防いでいる。
衝撃波は、こない。何かの力の波が押し寄せてきた気配があるが、応接間にいるメンバーを、何かが守ってくれたようだった。
「な、なにが・・・」
「なかなかやるねぇ。今ので傷一つ負わないとは」
声が聞こえた。階段のほうから、黒髪でスーツを着たスラリとした男が歩いてきているのだ。
「また外国人ですね。知り合いですか?」
「い、いえ・・・。知らない、です。少なくとも、私たちの仲間にあんな人はいないはずです」
秘書の女性は緊張したように唾を飲んだ。
「お、お前は何者だ! ここが誰のものか、わかっているのか!?」
「恥知らずのリヴァイアサンの拠点だろう? 情けなくも魔物に敗れ、暴食に縋りついた敗残者の。ケルベロスと一緒に調伏してやろうかと思ったが、あのくそ犬は街に来ていないらしいな」
揶揄するような男の声に護衛の一人が激高した。
「貴様! 何を! 我らを愚弄するか!?」
「やれやれ。それがお前たちの限界か? こうやって見せてやっているというのに、力の差もわからぬとは」
男は髪をかき上げながらあきれたように護衛を見た。
「貴様ぁ! 私たちを愚弄するか!? 私たちは10年の長きにわたり研鑽を積んできたんだぞ! 貴様ごときが!」
「10年なら我々よりも期間は短いじゃないか。しかも研鑽を積んだ、だと? 10年修行をして、その程度にしかなれなかったのか? 嫉妬の連中はあきれるばかりだな」
カーターの隣にいた護衛たちは、叫びながら虚空から武器を召喚した。
「ほう。青魔の槍か。いい武器だな。だが、いかに優れた武器でも使い手がそれでは」
「黙れ! この場は我らのもの! ここで力を使ったこと、後悔させてやる!」
リヴィアの護衛が男に飛び掛かった。3人の屈強な男たちが、ひょろりとした男を睨みつけていた。結果は見えているように思うが・・・。
「やめろ! その男は、暴食の探索者じゃない! その男は、その方は!?」
カーターと呼ばれた護衛が手を伸ばすが、護衛たちは止まらない。槍や剣を手に、スーツの男に一斉に飛び掛かっていく。
「何の意味もない」
瞬間、男の身体が膨れ上がった。
男が変貌したのだ。スーツを着た30歳くらいのひょろりとした人間の姿から、4メートルくらいの巨大な獣の姿へと!
ひょろりとした人間の男性の姿など見る影もない。体は分厚い筋肉に覆われていた。体中に生えた体毛は黒く、背中にはコウモリのような羽が生えている。顔は牛のようだが、目の上には歪曲した角が生えていて。
まるで物語の悪魔のような姿だった。
悪魔のようになった男は腕を振るう。まるで虫でも振り払うような、やる気のない動作だったが、威力は段違いだった。たった一撃で、飛び掛かってきた護衛は一斉に吹き飛ばされていく。
直撃を受けた最初の男は上半身が吹き飛んでいた。2人目は右腕が飛び散り、胸と顔が吹き飛ばされ、3人目は首を深く切り裂かれていた。
「きゃあああああああああああ!」
秘書が悲鳴を上げた。カーターは目を見開いてしりもちをついていた。黒い何かに変貌した男は、粒子になった3人にも興味を示さない。
『本当に大したことがないのだな。この程度か?』
「ひ、ひぃぃぃ」
変貌した男が視線を動かした。目が合ったカーターは首を振りながら後ずさっていく。
「や、やめ・・! く、来るな!」
『おいおい。お前らから始めた戦いだろう? お前の傲慢のせいで3人は死んでしまったんだぞ? 少しは意地というものを見せないのか?』
カーターは震える手で何かを向けた。手に持ったそれは大きな拳銃だった。アキミがあっと声を上げたが、悪魔は楽しそうに笑っていた。
『なるのどな。確かに魔道具を使うだけなら浸食率はそれほど上がらない。それは特注品かな? たいした道具だ。だが、いかに道具の使い勝手を上げても本人の実力が上がるわけではない。10年経ってそんなこともわからないのか?』
「くそっ! 来るな! 来るな!」
パン パン パン!
乾いた音が響いた。カーターが発砲したのだ。3発の銃弾は黒い怪物に当たる寸前で弾かれてしまう。障壁が、銃弾を防いだのだ。魔物は表情をピクリとも変えない。あきれたような目でカーターを見下ろしていた。
『そんなつまらない攻撃が私の障壁を破れるわけないだろう? おとなしく』
「下がって!」
余裕だった怪物が、そのまま吹き飛ばされる。銃弾になんの痛痒も感じていなかったようなのに、その一撃は悪魔に届いていた。
「お、おお! ふははは! 調子に乗っているから!」
「カーター! 下がりなさい!」
鋭い声がカーターを黙らせた。リヴィアだった。リヴィアが荒い息を吐きながら怪物が吹き飛んだほうを睨んでいた。
「な、何を言っている? あの怪物は君が倒したじゃないか!」
「あれくらいの一撃であれが倒せるわけないっしょう! あんたの攻撃は届かなかったんだから、彼女のいう通り下がりなさい!」
アキミが銃を構え。鋭い目で怪物が消えたほうを睨んでいた。
『さすがはレヴィアタンと言ったところか。 なかなかいい一撃だった。だが、私を倒すまでは至らないようだな』
がれきを振り払いながら立ち上がった悪魔に、カーターは絶句したようだった。
◆◆◆◆
「ば、ばかな!? レヴィアタン様の水の一撃だぞ? なんでお前が立てる? なんで動けるんだ? おかしいじゃないか!」
『ああ。うるさいな。お前、邪魔なんだよ』
瞬間、悪魔の腕が膨れ上がった。振り上げた腕が、膨らんでいるようだった。
「ひ、ひいいい!」
「や、やめなさい!」
男が怯え、リヴィアから制止する声が漏れた。だが、間に合わない。リヴィアとカーターの間には距離があった。
『消えてしまえよ』
腕から放たれた、黒い波動! それはカーターへと直進し、バラバラにするかと思えたが――。
「くそがぁ!!」
シュウがカッターに向かって飛び出した。
間一髪だった。間一髪で押し出すことで、シュウとカーターは黒い波動を避けることに成功したのだ。
『暴食の探索者か。面倒だな。そいつを命がけで助ける価値なんてあるのか?』
「うっせえな! 価値なんて知るか! 目の前で殺されかけたやつがいるなら助けんのが道理だろうが! 後のことは後で考えればいいんだよ!」
シュウは睨み返すが、悪魔はあきれた顔をしたままだった。
「あなたは暴食の? すみません」
「挨拶は後だ! まずはここを乗り切んぞ!」
謝ってきたリヴィアにもシュウは厳しい顔を崩さない。助けられた形のカーターは、銃を構えながらも震えている。
『ふふふふふ。なかなかどうして。少しはできるじゃないか。暴食は嫉妬とは違うようだな。まあお前はまだまだ未熟のようだけど』
「ちきしょう! 悪魔のようになりやがって! ちょっと体が大きくなったからって調子に乗ってんじゃねえぞ! こっちには数があるんだからな!」
悪魔があきれたような顔をした。そしてそのまま右腕を勢いよく上にあげた。同時に地面から数体の魔物が生えてきた。
でっぷりとしたふくよかな体に、サイのような顔。2足歩行のその魔物の手には三又のトライデントが握られている。まるでゲームに出てくる下級悪魔のような姿に、シュウは戦慄を隠せない。
「ち、ちきしょう・・・。魔物を召喚しやがったのか」
『くふふふふ。これでも〈憤怒の塔〉のナンバーズの一人だからな。レッサーデーモンを呼びだすくらいの芸当はできるのさ』
悪魔の言葉に、トゥルスは焦りを見せた。
「〈憤怒の塔〉の、ナンバーズだと?」
『ふふふ。男はいくつになってもこういうのが好きだろう? うちの塔では強さ順に番号をつけているのさ。私は6番目。憤怒の塔のナンバー6、黒き牛鬼のアモールと呼ばれている。短い付き合いになるかもしれないが、よろしく頼む』
そう言うと、アモールは翼を広げて、雄たけびを上げたのだった。




