第101話 海外組の護衛
「へえ。アゲハちゃんはスラムで暮らしているんだ」
「そうなのよ。塔に行くなんて面倒だし、食糧だけなら配給とかあるしね。スラムなら一応知り合いもいるし、私は一人でも暮らしても行けるから。面倒事が少ないしね。でも最近は尋ねてくる人のせいでうるさいけど」
アキミとアゲハがそんな話をしていた。
海外組の事務所へと向かう道すがらだった。不機嫌そうに歩いていたアゲハにアキミが話しかけた。最初は嫌そうな顔をしていたアゲハも、気づいたら普通に話している。
「わかります。わかりますわ。いきなり訪ねてこられてもこっちにも準備というものがありますのにね」
「そうそう。しょうがないから会ってあげているけど、こっちとしては事前のアポ取りくらいはしてほしいって感じ。暇な時なら相手してあげないこともないけど。お土産がなかったら叩きだしているところだし」
同意するヤヨイに、アゲハはお菓子を食べながら返事をしていた。
「アポ取りならいつもしているだろ? いついつに行くって。でもスマホに連絡しても全然返事しないのはそっちじゃないか」
「返事がないってことは面倒だって感じてるの、わかんない? こっちが返事するまで待つのが道理じゃない。スラムのお姉さんはその辺の配慮とかしてくれるんだけど」
口をとがらせるウェヌスに、平然と返事をするアゲハだった。
「それにしても意外だったぜ。この2人の同行をお前が認めるなんてよ。魔線組と正同命会って、微妙な関係のイメージがあったからよ」
「微妙な関係だからこそ相手のことに詳しくなるってなぁ。トゥルスとウェヌスなら話は通じやすい。ネプトゥと違ってこっちの邪魔はしないと踏んだのさ。後ろから撃ってくる奴らじゃねえしよぉ」
にやにや笑いながら答えるヨースケだった。茶髪のトゥルスはバツの悪そうな顔をしている。
「まあ後ろから襲う気なんてないけどよ。お前さん、ずいぶんとあっさりしているな。魔線組なのに柔軟なんだな」
「確かに東雲の爺さんの傘下はちょっとあれだし、戦闘員には話通じないやつは多いけどよぉ。うちの頭もそうだが、正同命会だからって極端に嫌うヤツばっかりじゃねえってことだ。正同命会も最近は対応が変わってきたからなぁ。マルスとか、最近はかなり腰が低くなったし。それにしても、お前らこそあのアゲハって子と、仲がよさそうだなぁ」
トゥルスはアゲハをちらりと見た。興味津々に話しかけるアキミを、めんどくさそうにしながらもちゃんと答えを返している。ウェヌスはその様子をはらはらしながら見つめていた。
「これは本来は秘密なんだ、すぐばれてそうだからいいか。俺たちはよ。あのアゲハって子にオリジンを習っている。ああ見えてあの子はオリジンの達人だ。はっきり言って底が知れない。あの子のおかげで俺もウェヌスも、他の連中もずいぶんとオリジンの腕は上がった。スラムの中にもあの子にオリジンを学んでいる奴もいるんだぜ? 俺たちはあの子に恩があるんだよ」
「俺もあの子とやり合うのはごめんだなぁ。勝てる気がしねえ。てか俺たちは自分の身を守ることを考えたほうがいい。ほら。ついたみたいだぜぇ」
ヨースケが指さすほうを見上げると、一棟のビルが目に入った。一行が目指す、海外組の事務所がある建物だった。外見はちょっと古びているが、4階建ての大きなビルで、おそらくここはスラムを統括するような建物だったのだろう。
「ここが、海外組の拠点ってやつか」
「今はほとんどの奴が海のそばで暮らしているらしいがなぁ。ここはまあ、奴らのスラム支部ってとこか。うちの組が最初に渡した建物らしいが、リヴィアは今でもここで暮らしてる」
ヨースケの説明に、トゥルスは無言でうなずいた。
「俺たち正同命会としては、海外組はあんまり接点はない。勧誘はしたみたいだが、けんもほろろに断られたらしい」
「連中は自分の信じる存在があるみたいだからなぁ。新しい何かを受け入れる余地なんかないんだろさ。それに、時期も悪かった。連中が来たのはお前らの評判が最悪な時だったからよぉ」
ヨースケは笑うと、トゥルスに皮肉気な目を向けた。
「さて。じゃあ、行こうかぁ。鬼が出るか蛇が出るか。楽しみなことじゃねえかよぉ」
◆◆◆◆
案内されたのはビルの応接間だった。
「しばらくお待ちください。まもなくリヴィア様がいらっしゃいますので」
金髪のスーツを着た秘書のような女性がそう言って部屋を出ていった。きれいな薄い金髪の白人女性だ。シュウはだらしなく顔を緩めているが、隣のアキミに肘でつつかれていた。
「一応はここまで来られたな。歓迎されているかどうかは微妙だけどよ。ウェヌス。あんまり、出されたもんに手を出すなよ。罠かもしんねえから・・・」
忠告したつもりのトゥルスは、絶句してしまう。アゲハが遠慮なくお茶菓子に手を出していたのだから。
「お、おい。迂闊に食うなよ。どんな罠があるかわかんねえぞ」
「結構いいとこのお菓子を使ってるね。ま、及第点じゃない? でも、味はイマイチ。これじゃあ、あんたらが持ってきてくれるお土産のほうがずいぶんましね。がるたんとかも持ってきてくれるし」
ウェヌスに言葉を掛けたが、当の彼女は困惑した顔をしていた。
「おいしそうだけど、コロさんが作ってくれたお菓子と比べるとなぁ」
「そう! あれ、マジやばくなかった!? なんなのあれ! あのおかき、今まで食べたものと段違いなんだけど!」
アゲハが嬉しそうに答えた。後ろのヤヨイが感動したように目をキラキラとさせている。
「コロさんはすごいんだよ~。お菓子は専門外とか言っているけど、得意なフジノちゃんよりずっとおいしいもん作れるんだから。うちの食事はコロさんが監修しているからね。いつもおいしいものを食べられるんだ」
「うう・・・。こんな料理が三食味わえるなんて・・・。羨ましい。羨ましいけど、行きたくない。引きこもりたい」
懊悩するアゲハだった。
そんな話をしていると、部屋の外から慌ただしい足音が聞えてきた。
「リ、リヴィアさんかな」
『いえ。この足音はレヴィアタンのものではないでしょうね。あいつの眷属かな。そんな気配がするわ』
エスタリスが答えると同時だった。応接間の扉が大きな音を立てて開かれた。
「貴様ら! ここに何の用だ! ここは俺たちの場所だ! お前らが無断で入ってきていい場所ではない!」
「カーター様! お待ちください! 彼らは違うのです」
駆けこんできた軍人のような大男を、さっきの秘書が必死で引き留めていた。シュウには見覚えがあった。第3階層で会ったあの軍人のような男だ。
「雑魚は黙っていろ! レヴィアタンさまから認められた俺たちに逆らおうというのか! 大方、俺たちが邪魔だと文句を言いに来たんだろう! ここはもう俺たちの場所だ! お前たちがどんな因縁をつけようが・・・」
「カーター様!」
「お、俺たちは別に文句を言いに来たわけじゃねえ。ちょっとは落ち着けって」
シュウも宥めるが大男の興奮は冷めぬままだった。叫び声が響く中、アゲハのお菓子を食べる音だけが響いていた。
「お前らは! いちゃもんを付けに来たわけじゃないなら何なんだ! そんな引きこもりを連れてきて!」
こともあろうに、大男はアゲハをやり玉に挙げた。
「カーター様! この方たちは違うのです! この方たちは!」
「何が違うものか! 知っているぞ! そのガキはこのスラムでも有名な引きこもりだからな! 俺たちだって噂くらいは拾うさ! 配給の時には誰よりも前に並び、卑しく食事を奪っていくガキだろう? 日に当たらないような暮らしをしているんだろう! そんなガキを連れてきて、何の用だというんだ」
「謝りなさい!」
叫び出し、指を突き付けたのはアキミだった。その迫力に、立ち上がりかけたトゥルスも動きを止めてしまう。
「な、何を言う! 大声で言葉を遮ろうなど・・・」
「謝りなさいって言ってんの! あんたは根も葉もないうわさだけでアゲハちゃんを貶めた! それが紳士のすべきことだとでも言うの! 相手を見ることもせず、人から聞いたうわさだけで決めつけるなんて! あんた、それでもリヴィアって人の護衛なの!?」
いつものホンワカした雰囲気とは違い、アキミは迫力のある態度で男を問い詰めている。シュウもアシェリもその迫力に押されて黙ってしまう。ヨースケだけが心底楽しそうに笑っていた。
「カーター様! 彼らはいきなり押しかけてきたわけではないのです。正式に手順を踏んで面会を求めてきた。決して無礼を働いたわけでは・・・」
「どうでもいいけど」
言い争いを止めたのはアゲハだった。
「アゲハちゃん。ごめんね。あいつにすぐ謝らせるから」
「そうです! 魔線組としてもこんな扱いは赦されません! きつく抗議して・・・」
「うん。大丈夫。いろいろ言われるのは慣れてるから。それよりも、さっきこのビルに入ってきた人って知り合い? そいつこそ押しかけてきたっていう表現がぴったりなんだけど」
アゲハの言葉に、全員が同時に入口のほうを見つめたのだった。




