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第10話 入り口での戦闘

「な、なに? なんなの?」

「どけ! 邪魔なんだよ!」


 進路に入っていたアキミを、鎧を着た少年が突き飛ばした。サナがすかさずアキミを抱きとめたが、彼女がいなければどうなっていたことか。サナは少年をキッとにらむが、少年はそちらを見ることなく入口へと駆け込んでいく。


 門まで必死に走り込んでいく少年はボロボロで鎧の隙間に出血の跡があった。彼の手には武器がない。まさにすべてを捨てて全力でこの塔から出ようとしているようだ。


どん!


 入口に入る寸前だった。門が光ったと思ったら、いきなり少年が吹き飛ばされた。おそらく先ほどのアオと同様だったのだろう。彼は門に弾かれて塔に引き戻された。


 しりもちをついた少年は茫然としていたが、すぐに焦ったように唾を飛ばしながらわめきだした。


「なんだよ、それ! 弾かれた!? な、なんで? 俺は人間だぞ! なんで、塔から出られないんだよ!」


 顔を赤くしながらわめくが、事態は変わらない。再び門に詰め寄るがまた吹き飛ばされてしまう。罵りの言葉を吐き続けるが、門は何も反応しなかった。


「!! あんた! なにしたの? その黒いのが門に弾かれた要因!?」

「くそっ! ふざけんなよ! なんで俺が!」


 アキミが、それでも少年に手を伸ばす。突き飛ばされたのに助けようというのは、彼女のやさしさだろうか。


 一歩遅れて動こうとしたアオは、少年をぎょっとしてしまう。少年の身に、嫌な気配を感じたのだ。


 徐々に存在感を強くするそれは、まるで・・・。


「な、なんだ、これ?」


 少年の色が変わっていく。傷口から徐々に鉛色が広がっているのだ。色が変わったところが動かなくなったようで、少年は泣きそうな顔で体を動かそうとしていた。


「い、いやだ! 俺が、こんなところで終わるわけが」

「大丈夫! 何とかなる! だから、もうちょっと頑張って!」


 アキミが必死で呼びかけるが、少年の変化は止まらない。わめきながら暴れるが、鉛色が全身に広がっていく。


「おお、いやだ! た、たすけ・・・」

「もうすこし! がんばって!」


 アキミが手を伸ばすが、少年は、ついには顔の先まで鉛色になっていった。全身色が変わった少年は、ピクリとも動かない。全身が鉛色で、固まったようなその様子は、まるで彫像になったようだ。


「う、うそだろう! あいつ、石化したってのか!?」

「くっ! まずい!」


 サトシが慌てて駆け出した。向かうは塔の奥、あの鎧を着た少年がいた場所だった。アオも慌てて彼の後を追った。


 そこに、逃げてくる3人の少年たちと血まみれの大剣を持った魔物がいたのだから!


 鷲鼻にぎょろりとした目、そして緑色の肌は、あのゴブリンにそっくりではあった。だが、大きく違う点もある。背の高さだ。ゴブリンもどきは、日本人の大人でもありえないくらいの長身で、筋肉量も見るからに違っていた。


「ゴブ、リン? でもなんか変! プレッシャーが段違いじゃん! みんな! アオも! 気をつけて! あいつのほかにもゴブリンがいるから!」

「くそっ! 魔物どもが現れたってか? 塔の入り口は安全地帯じゃねえのかよ!」


 アキミから警告するような声が飛んだ。レンジが鋭い目で魔物たちを睨んでいた。悔しそうに彫像に触れるアキミを追い抜いて、サトシが槍を構えた。あのゴブリンもどきたちを足止めするつもりだろう。


「なんなの、この魔物・・・。入口に魔物が来るのはただでさえレアケースなのに! あなたたち! 速く逃げなさい!」

「さっきまで、笑っていたのに! エミも、エイジも! まだ、塔の第1階層だぞ! こんな、やばい魔物が出てくるなんて!」


 必死で門に向かっていた3人が泣きそうな目で彫像を見た。少年の彫像を見たのだろうか。どこかで見たような少女が悲鳴を上げていた。


「ジョ、ジョージ? なに、やってんの? ふざけてないで、はやく逃げるのよ! あの事は、もう怒ってないから」

「カナ! そんな場合じゃない! 急げ!」


 少女は彫像になった少年に手を伸ばすが、次の瞬間には彫像が砂となって崩れていく。スマホだけを残して消えた少年を見て、少女がひぃと悲鳴を漏らした。その少女をかかえるようにして、少年たちが走りすぎていく。


「〇×◆▽×◇!!」


 あのゴブリンが大剣を振り上げたのはそんな時だった。アキミをかばうように立ったサトシが、槍で受け止めようとするが・・・。


 がきん!


 大剣はあっさりと槍を両断し、サトシの胸を切り裂いていた。


「サトシ!!」

「ア、キミ・・・。さ、下がるんだ」


 顔色を青くしたアキミは、とっさに動けない。治療するか援護するか迷っているのだろう。そんな彼女を、サナが強引に引っ張っていく。


「〇×◆▽×◇」


 ゴブリンの笑い声が聞こえた。おそらく、あのゴブリンを追ってきたのだろう。下がろうとするアキミたちを追撃するつもりなのか。


「があああああああ!!」


 アオは素早くアキミの前に割り込んだ。切り込んでくるゴブリンをカウンター気味の拳で吹き飛ばし、突き出してくるゴブリンの槍を避けてその顔を蹴り飛ばした。


「くっ! アオさん! 助かりました!」

「サトシ!」


 うずくまるサトシの前に再び大剣を振り上げるゴブリン。アオは真っ二つにされるサトシを想像するが・・・。


「み、水よ!」


 サトシの腕から魔法陣が出現し、そこからすさまじい勢いで水が飛び出した。さすがのあのゴブリンもたまらず水に吹き飛ばされていく。


 荒い息を吐くサトシはそのまま地面に倒れ伏す。すさまじいまでの水流に、サトシが水魔法の適性があることを想像させた。


 だが、魔法が直撃したはずのゴブリンは健在だった。すぐさま立ち上がり、水滴を振り払うように全身を震わせると。ぎろりとサトシを睨んだ。


「〇×◆▽×◇!!」


 ゴブリンは猛然とサトシに向かっていく。今度こそ、サトシに止めを刺すつもりだろう。サトシは倒れたまま、体を起こすことができない。


「がああああああ!!」


 アオは慌てて駆け出した。気のせいか、いつもより足に力が入っているように感じた。そのおかげだろうか。アオは一瞬にしてサトシの前に割って入ることに成功する。


「〇×◆▽×◇!!」


 振り下ろされる大剣を、両手を交差させて受け止めたアオ。手首に大剣が食い込む感触がする。血も大量に飛び散っている。


 でも、止められた! アオの虎の身体は、あのゴブリンの大剣を受け止めることができたのだ!


「が、があああああああ!」

「あ、アオさん!」


 サトシの絶叫する声を聞きながら歯を食いしばった。アオは何とか大剣を弾き飛ばすと、その勢いのままゴブリンを蹴り飛ばした。


 腕が、焼けるように痛い。アオの腕は確かに深手を負っていたが、燃えるような熱さは、果たして斬られたからだけだろうか。


「はっはっはっは! 隙だらけだぜ!」


 後ろから声がして、反射的にアオはサトシを掴んで横に飛んだ。と同時に、大量の炎が2人がいた場所を通り過ぎ、ゴブリンに押し寄せた。


「なっ! レンジ! まだ2人がいたのよ?」

「悠長なことを言っている場合かよ! 無事だったんだからいいじゃねえか! あのデカ物を倒せたんだからよ!」


 レンジが、アビリティを使ったのだ。アオとサトシがいるのに、2人を巻き込むかもしれないタイミングで、あの炎を吐き出したのだ!


「レンジ・・・さん・・・」

「ああ? メガネ! てめえ! なんか文句があんのか? ああ?」


 詰め寄るレンジに、サトシは首を振った。


「まだ、です。まだ、そいつは・・・」

「ああ? なにをいって・・・」


 レンジは最後まで言えなかった。炎から飛び出してきたゴブリンが、大剣を横に振りかぶっていたのだ。


「〇×◆▽×◇!!」

「う、うおっ!」


 ゴブリンの一撃を、慌てて剣でガードするレンジ。だがその体勢のまま大きく吹き飛ばされてしまう。


「解析、したわ。ゴブリンレイダー。ポインは、1350。オラム30,000。第3階層にもいないほどの強敵よ」


 アキミの、真剣身を帯びた声が聞えてきたのだった。

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