102話「凍てつく破壊神に、ナッセは熱く夢を語る」
どこの世界か、いつの時代か不明だが、上位生命体としてのクゥナーレは娘ニーナと一緒に異世界転移してしまった。
やはり元凶は女神マザヴァスの仕業……。
ナッセと同様、創造主として具現化された異世界を、クゥナーレは自ら破壊した。
そのペナルティで記憶を失い、凍結されてしまう。
「オレが現れるまで、ずっと凍結されたままだったのか……?」
「世界が壊れては進行しようがないからな」
オレとヤマミは金色の破壊神クゥナーレと、神殿内で対峙していた。
等間隔で並ぶ柱の間から溶岩と赤黒い大地が見え、度々噴火が起こって溶岩が飛び散る。
もはやここはヒトの住める場所ではない。
何をどうやっても二度と破壊する前の状態には戻らない。
「ナッセを新たに創造主として生まれ出た世界で、私たちは新たな名前を授かり存在を許された」
クゥナーレの腹からズズズッと宝石に包まれたニーナが抜け出てきた。
ルルナナがコレクションしてたのと同じ理屈で永久保存された、クゥナーレの娘。
「ラクリマで娘を……」
「私の世界で、女神マザヴァスが大量に移転者を送りつけて荒らしてきた。その時に我が娘が悲劇にさらされたのだ。こうして死体と魂を永遠に閉じ込め続けてきたのだが……」
「生き返らせるつもりだったの?」
ヤマミの訝しげな言葉に、クゥナーレは首を振った。
「仮に生き返ったとしても、また悲劇が起これば同じ事だ」
「だから“永久”に我が下で……??」
「そう。全ての世界を破壊しつくした後に永遠の闇で我らは眠り続けるとしよう」
冷徹な笑みを見せるクゥナーレ。
ナッセはその目に諦めの色が見えた気がした。もはや絶望で覆われて未来に希望を見いだせていない。
ハイライト宿ってねぇし。
「怒るかも知んねーけど……、娘きっと悲しむぞ」
「生きてはいない。生きていないのだ……」
もはや娘の死を受け入れている。
「そして全てを破壊し尽くすのみの破壊神か」
「そうだ」
「……そうされると困る事が一つあってね」
ヤマミは腕を組んだまま首をもたげる。
「ああ。創造主ルールで、最終回と同時刻までにオレが生きていねーと女神マザヴァスに全て取られちまう」
「あんたが最終回前に世界を破壊したらナッセも死ぬ。するとヤツの思い通りに世界を弄られてしまう。恐らく前と違って破壊された世界を元に戻す事もできる。そしてあんたも永劫に奴隷としてこき使われてしまう」
「そういうのはあんたも望むものじゃねぇだろ?」
ナッセとヤマミが交互に話すところを、クゥナーレは冷たい目で聞き入っている。
一息をつくようにナッセは肩を竦めた。
「だからさ……ちょい破壊は待ってくんねーかな?」
「……破壊は否定しないのだな? 最終回後に私が全て破壊し尽くすとしても?」
「まずは女神マザヴァスからだな」
ナッセの瞳は諦めてない輝きが宿っている、クゥナーレは察した。
フッと笑う。
するとクゥナーレの全身から高次元オーラが噴き上げて全てを揺るがす。四方八方に迸る稲妻が駆け巡って、あちこち破壊を撒き散らす。
ビリビリ……、圧倒的な威圧にナッセとヤマミは顔を顰める。
「口だけなら、何とでも言えるわ……!!」
冷徹な顔でクゥナーレは見下ろす。コオオオ……。
しかしナッセは笑む。
「──オレには叶えられそうな夢がある!」
「なに!? ……夢!?」
「ああ!!」
ナッセは思い描く夢を脳裏に浮かばせる。
多くの並行世界を渡って、魔法とスキルが存在する世界へたどり着き、宿敵だった四首領ヤミザキを倒し、ようやく異世界へ続く道を見つけた。
雲海の上に漂う浮遊島が見える、未だ見ぬ未知の異世界……。
「もうすぐ異世界へ行けるトコまで来てんだっ!!!」
ナッセはそう叫び、マフラーの下にあるペンタンド辺りに手をあてがう。
支配神ルーグからもらった金メダルは実は『証』だった。
金メダルから解き放たれた『証』が輝き出す。
「やはり……あの時ルーグが金メダルと称して渡したアレ!! 気づいていたか……!!!」
「ああ。こいつも力を貸してくれるようだぜ」
「むう……ッ!!!」
女神マザヴァスのパクりや金色の破壊神の世界破壊の阻止、いずれも難航を極めるものなのかもしれない。
それだとしても無責任に放り出す事だけは絶対したくねぇ。
「全てきちんと終わらしてスッキリ完結した上で、オレは夢を叶えたいんだーッ!!!」
思いの丈を叫ぶと『証』は眩く閃光を放って、ダウンロードが完了して砕け散った。
途端に凄まじい威圧が膨れ上がって、地響きが大きくなっていき、周囲に烈風が巻き起こる。
ナッセの衣服が神聖なデザインに切り替わって、神々しい格好になっていく。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!!!!!
「救世主ナッセ!!!」ド ン!
凄まじい旋風を纏って、キッとナッセが真っ直ぐな目でクゥナーレを睨み据える。
まさかの一発クラスチェンジ完了、そして戦闘力が一〇〇万級に達したのもあり、さしものクゥナーレも見開く。
口だけじゃない、とナッセは言いたげだ。
「過去は変えられねぇけど、未来は変えていけるからな!!!」
精悍と笑むナッセ。
まるでナセロンを彷彿させるかのようだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
金色の破壊神クゥナーレと救世主ナッセの威圧が互角に衝突し合い、溶岩と火山地帯が騒ぎ出していく。
噴火が立て続けに起こり、溶岩の海が荒れ狂う。
「オレはぜってー女神マザヴァスに勝つ!!!」
虹色に煌く聖剣を具現化して、グッと突き出す。
そんなナッセにヤマミの口元が綻んでいた。
しばしクゥナーレは黙り込む。
「……好きにするがいい」
クゥナーレは踵を返した。
背中を向けたまま歩んでいく姿を見て、少し安堵した。
「ああ。ちゃっちゃっと女神マザヴァスが送り出してくる大量移転者を蹴散らしてくるぜ」
「こちらとしても、最終回後に他の世界へ渡れるようになれるのは喜ばしいからな。元凶の女神マザヴァスさえいなければ、創造主ルールも適用されない」
「ああ。ニーナが元気よく未来へ生きていけるしな」
挑発気味に言い放ったのに、ナッセがそう返してきて思わず見開く。
本当は多くの世界を破壊し尽くそうと言いたかったのに、そいつは父親よりも娘の事を考えていた。
ヤツもニーナが元気で生きて欲しいと願っているとも……。
「甘いのは相変わらずね」
「創造主として一人生き返らしたってバチ当たらねぇだろ?」
呆れるヤマミ。それでも明るく振舞うナッセ。
それを半顔で一瞥するクゥナーレ。褪せていた感情が湧き上がる気がした。
脳裏に焼き付いている娘の屈託のない笑顔……。
本当はもう一度見てみたいという渇望が心の奥底で湧き上がっているかもしれない。
「ニーナ…………」
凍てついたクゥナーレの心に熱が僅かに帯びた。




