101話「最初の異世界転移者……!?」
今では、もう記憶のほとんどが抜け落ちて自分の本当の名前すら思い出せない。
ただ強く残る記憶が断片的に焼き付いているのみだ。
「ナッセたちと会ってから、僅か残った過去の記憶に少しずつ色が戻ってきた気がする」
かつては父娘で生活していたが、卓上ミラーによる異世界転移のせいで人生が狂った。
それでも自作した異世界での生活も悪くなかっただろうとは、思う。
過去の想いを馳せる“彼”がいるのは、溶岩流れる赤黒い大地の星。
かつては文明を築いて繁栄していたであろう遺跡の残骸があちこち点在している。もはや“彼”を除いて誰一人いない。
それでも切り立った丘で建つ小さな神殿に孤高の身で住居している。
しかし来訪者が二人、その“彼”へ一歩ずつ近づいている。
「ここがそうか。レジェンド・フィーリア天地……」
「ニーナの故郷でもあるわね」
“彼”ニーナは冷淡な目で振り向いた。
「……いずれは来ると思っていたわ。いらっしゃい。何もないところだけど」
前に万物の墓場へ閉じ込められた二人の元へ来たのと同じように、今度はまたナッセとヤマミがこっちに訪れたのだ。
神妙な顔でニーナへ向かい合う。
「ニーナ……、いや!」
一見、少女でしかないニーナ。
ニーナは観念してか口元に笑みが走った。両目を瞑る。そして全身から漏れ出たオーラが長身の男を象っていく。
一瞬ナッセは『偶像化』を連想したが、目の前で起きている事象は全く別。
カッと眩い光が広がっていく。
「……ニーナという少女の体へ憑依して、これまで活動してきた。今、その本体が姿を現す」
「ええ」
金髪ボサボサロングで前髪が二分け。二本のツノが生えている。筋肉隆々。白い衣服。長身で威風堂々。
背中からはバキバキと白い天使の羽が広がってくる。
ナッセとヤマミは息を飲む。
「我が名は創造主より新たに授かれし……、真・金色の破壊神クゥナーレ降臨!!!」
ついに威風堂々と本当の姿を現してきて、ナッセは改めて驚くしかない。
原作ではチラッと「実はニーナの姿を取っていたフィーリア出身のキャラ。名前はクゥナーレ」と説明されただけで、具体的な設定は存在してなかった。
そもそもキャラデザインすら用意していない。
「こうして見れば、ムキムキになった大人のナセロンっぽいぞ」
「そりゃ半身だもんね……」
金色の破壊神は精神体をいくつか分断されて封印されていた設定。
そして分身とも言える半身がナセロン。ヒトとして転生を繰り返す特別な封印をされていた。
本体となる“彼”とナセロンが似ているのは必然だった。
「もうニーナを演じる必要はあるまい。さて、今回の訪問……。なにか理由があってと察するが?」
「ああ」
改めてキャラが変わったクゥナーレ。
とても自分で作ったキャラとは思えない。ナッセは息を飲む。
ヤマミと目配せして頷く。
「女神マザヴァス……、オレたちの前に現れたぞ」
「ついに元凶と会ったか」
クゥナーレはフッと笑う。
「そこで気になった事があるんだ」
「ほう」
「前に万物の墓場で過去の移転者を語っていただろ? この世界がもしオレの創作が具現化されたものだったら矛盾ができちまう」
「ええ。作中でもフィーリア天地で悲劇が繰り返されたから、自ら破壊神として滅ぼした以外に設定は存在していなかったわ」
クゥナーレは目を細める。
そう、ナッセの自作漫画には『大昔フィーリア天地が“移転者”によって荒らされた』という設定が存在しない。
つまり移転者が荒らしてきた設定はどっかから付けられた。
最初に明言されたのがニーナことクゥナーレの証人としての口からである。
「オレの漫画へ地続きとなる別の作品が存在しないと説明がつかねぇ!!」
「その別の作品が女神マザヴァスによって具現化されて、別の移転者が送り込まれたと仮定するなら、辻褄が合う。合うしかないわ……!!」
「よく気づいたな……! 聡い!!」
期待した答えだと言わんばかりに、とクゥナーレは破顔した。ニイィ……!
神殿外の火山が噴火して轟音を鳴らす。ドオオ……ン!!
「するとオレ以外に創造主がもう一人いる事になる!! そいつがッ」
「あなた!!」
確固たる確信でもってヤマミが指差す。
「上位生命体である妖精王は知能が高い。その答えまで行き着くと思っておったわ。やはり万物の墓場で話し合った事は有益だったのだ」
そう金色の破壊神クゥナーレそのものが、まさかの創造主だったのだ。
ナッセと同様、創作した作品を女神マザヴァスによって具現化されて異世界転移されたのだ。
「そして、前に探りを入れて『その様子だと、やはり創造主とグルでもないようね……』と呟き、女神マザヴァスとは無関係と確信した!?」
「私たちは当時、女神マザヴァスの存在を知らなかった……」
クゥナーレは不敵な笑みのまま頷く。
「うむ。敵か味方か知りたかったからな。直接会わぬという事は女神にとって都合の悪い存在とも言える」
ナッセとヤマミは相づちを打つ。
オーヴェのように女神が直接会う場合は、利用するに都合が良い場合に限る。
同じヒトであるリョーコも会ってない理由は今でも分からない。
「とにかく、これでオレとクゥナーレで創造主二人って事か……!!!」
「少し違うかな」
クゥナーレは後頭部をかく。
「私は創造主だった、というべきか……」
「えっ!!?」
「どういうこと!?」
過去形だと語られ、ナッセたちは動揺する。
「なにぶん、自作神話である世界を自ら破壊した為に、凍結されるという重い処分を受けた」
「……凍結!!!」
「これも創造主ルール!!?」
「そうだ。ナッセ、お前の創作世界が具現化されるまで凍結されていたのだ。そして私も記憶の大半を失って、改めて作中の登場人物に成り下がった」
ナッセは息を飲む。ヤマミも「そんな事が……!!」と驚き呟く。
現在の荒廃したフィーリア天地こそが、金色の破壊神によって破壊し尽くされた成れの果て。
クゥナーレは左右の腕を広げて、破顔する。
「我が名がクゥナーレ……。そして我が娘がニーナ。新しい名を授かり、再び日の目を見る事になれて幸甚の至りだ」
難しい言葉でよく分からんが、最高の感謝してますって事か……!?
とにかく、一度は失脚していたがオレの創作キャラとして復活できたってワケか!!!




