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星の加護クズおじさんスパーで格の違いを示す

作者: たのすけ

 タノスケは、自身とても説明しにくい理由でプロレスをはじめた。

 妻子に捨てられ、しかし、その妻子にもはや自分の軽すぎる言葉は伝わらぬと、そんな絶望の底で喘いでいる時、偶然、西村賢太の私小説とTJのプロレスに出会った。それら二つがどうやらタノスケの内部で何か化学反応みたいなものを起こしたらしく、そんなのは彼のことだからどうせ〝独り合点の思い違い〟に相違ないが、ともかくそんな感じのものが化学反応後の反応物みたくして大量に出たのである。

 んで、大量に出たその反応物たる〝独り合点の思い違い〟とやらを組み合わせて考えてみると、どうやらコレに我が命を、石ころに付着した糞ほどの価値もないが我が命を使うしかない、と思ったのである。すなわち、プロレス道を突き進み、それにより自分の薄っぺらすぎる言葉に厚みを持たせたうえで妻子に誠心誠意〝大切なこと〟を伝えるしかないと、そう思った、そうタノスケAI4.0が導き出したというのである(とはいえ、実は彼の脳細胞は初期ファミコンのカセットくらい反応く悪くバグりがちなのだが)!

 ともかく、つまりは自分の内部で起きた出来事を仔細に見分し表現する頭に欠ける者の情けなさで、タノスケは自分がプロレスを始めた理由を分かりやすく皆に伝えることができないでいるのである。

 とはいえ、そもタノスケは〝アンダースリーデイズスキンヘッドの星〟の下に生を受けており、何事も三日坊主以下でまるで続いたためしがないのだが、今回は、その自分の内部の不可知現象が生みだした〝かつて味わったことのないほど強力で制御不能な意欲〟に突き動かされ、なんと継続できているのである。

 だから、もうそれだけ十分だと、数ヶ月前まではそう思っていたのだ。

 だが、ここで大問題が発生した。というか、すでに発生していたことに気づいた。

 プロレスはキャラ大渋滞の業界でああり、戦闘力を高める努力も必要だが、それと同じくらい自分というキャラを知ってもらう努力も必要だったのである。色々なプロレスラーが書いた書籍や彼らの言動を通して、遅ればせながらタノスケはそれを痛感式に知ったのであった。

無論、十代二十代でデビューした普通のプロレスラーだったら、もうすでにその歴戦の系譜がその人のキャラとなり、十分にファンの間に浸透していることだろう。しかし、タノスケは(入門時)小汚い四十四である。自分を証明する過去のプロレス人生というものがゼロなのである。

 これは困った事態だとタノスケは考えた。この状態では、まったく観戦する人々と心が連動せず、それでは到底プロレスは成立しないのだ。プロレスは対戦相手やレフリーや実況、そして観戦する人々と心がつながり連動したときに初めて成立するのだ。これが成立した時、すなわち、苦難をはね除け、周りの人々と心を連動させながら前進した時、その人の言葉は確実に重みを増すと、それをタノスケはTJから学んだのだが、このままではタノスケにはそれが実現できないのだった。

 そんな事情があり、中卒以下の国語力(高校時代唯一受けた模試において群馬県で下から二位)しか持たぬくせに、タノスケはこうして文章を書くようになったのだった。何の才も、金も、人脈もないタノスケには、こうして文章を書く以外に自分のキャラを伝える手段が思いつかなかったというわけだ。

 正直、こうしてタノスケが〝プロレスをがんばる理由〟なぞをどれだけ書いてみても、それが自身のキャラ確立にどれほど寄与するかは分からない。だが、ともかく書くしか思いつかないので今はこうして書いているというわけなのである。

 んで、これは当初から予想していたことで、冒頭にも言ったことの繰り返しで恐縮だが、どうしても上手くいかないのである。自分というキャラの核であるはずの〝制御不能の意欲〟の正体と、それがどういう経緯で生じたのか、それを言葉にしたいのだが、どれだけ次々矢継ぎ早式に文字を書き付けてみても、一向に〝捉えられた〟〝表現できた〟という感触がないのである。

 この今自身が感じている〝制御不能の意欲〟は、タノスケの四十年を超えるドブ底人生の中でかつて一度も感じたことのないほど圧倒的で鮮烈で強烈なものである。だから、これがバチッと書けぬうちはキャラを伝えられたことにはならないとタノスケは今チンポジを直しながらそう思うのだ。

 今のままでは、プロレスを観戦してコレしかない、コレくらいのことをしないと自分はもう無理だと、早とちりそう思い詰めてしまっただけのバカな中年である(実際そうなのだが)。

 だから何とかタノスケは我が心の軌跡を表現したいのだが、しかしどうにも表現できない、そんな〝もどかし心地〟だというのである。


 しかしともかく、これは目的と手段の話で言うところの、目的に対して手段が正当か分からぬというだけの問題で、しかも突き詰めれば自分の中だけの問題にすぎない。だからこんなのは、〝ポジティブシンキングの星〟の下に生を受けたタノスケが、その星の加護のもと、彼らしくポジティブに考えればいいである。すなわち、必殺の自分弁護&自分甘やかし思考でもって考えても結論を出してやればいいのである。

 んで、考えてみると、もしかしたら、じゃない、絶対にきっと、目的に向かって一心不乱に進んでいけば、その道程はいつしか手段としてもナチュラル自然に正当なものへと変じていくのだ! 

━━よし、とりあえずこれを結論とするか━━

 こうしてタノスケはやっとチンポジ定まり心地になったのであった。


━━目的さえしっかりしてればいい━━

 目的、それは現在、タノスケの言葉が、暖簾に腕押しどころか、ティッシュペーパーにニュートリノ押し状態であまりに軽すぎ、今のままでは到底出ていった妻冬美や二人の娘(夏緒と春子)に何も伝えられない。どんなに感動フレーズオンパレードの良い感じなことを言ってみても、それはすべて彼女達の心を虚しく素通りするだけというこの絶望の現状から脱却することである。

 しかし、こうして目的を思うと、俄にタノスケはじんわり悲しみ心地。というのは、こんな状況になるにはそうなってしまうだけの因があり、そしてその因は全部が全部、軒並み全てオール完璧パーフェクト式に、タノスケにあるのである。

 それが悲しい。それがタノスケは非常に悲しいのである。実はタノスケ、〝ミスターパーフェクトの星〟の下に生を受けているのだが、どうやらその星の加護が悪いふうに作用してしまっているようなのだった。

━━こんなにも悪い方面でばかり完全完璧にパーフェクトな有様では……━━

 と考えていると鬱々としてきて、もはや自分にはプロレスをやる資格すら無いと思えてくる。完全に悲しい。完全に落ち込む。考えてみれば、自分はなんて完全なのだろう。完全なる格闘技経験なし、完全なる運動センスなし、完全なる運動不足、完全なる肥満、完全なる中年、完全なる色欲魔、完全なる女性の敵、完全なるアル中、完全なる無職、完全なる親のスネ囓り好き、完全なる加齢臭プンプンプンのプンプンプン、完全なるスマホの画面お陀仏ポン、完全なる耳毛フィーバー、完全なる腹弱ゆる糞スプラッシュ、等々……

 んな話はいい。


 ともかく、色々あるが、タノスケは入門以来プロレスの練習を頑張っていた。これは彼にしては実に珍しいことである。こうして何かを積み重ねることは、恥ずかしいことだが、ほとんど初めてのことかもしれなかった。

 当初、八回でギブアップしていたスクワットは十五回くらいはできるようになっていたし、前転や後転などの基本中の基本中も、目を回さずに少しはスムーズに出来るようになってきた。もちろん、これはまだお話にならないレベルだ。プロレスラーは毎日平然と、それこそ朝のティータイムを楽しんでいるかのような余裕綽々顔でスクワットを五百回から千回やる。しかも、毎日である。他にもスクワットなぞより遙かに負荷の高い激しいスパーリングや技の練習なども行うわけだから、おそらくその程度の回数のスクワットは彼らにとって体調管理のお散歩程度のものなのだろう。

 基礎体力だけを見ても、タノスケにとってプロレスラーへの道は、到達できないかもしれないほど険しい道のりなのだ。

 しかし、不思議とタノスケの目からは火が消えない。目の奥に、何かを燃料にして燃え続ける小さな火があるのだ。

━━これは消してはならない。冬美と夏緒と春子のために━━

 バカゆえに変に思い詰めるところのあるタノスケはその火を、火の横に両の手を置き、慎重な手つきで、いつも、風から守っているのだった。不様に丸まった、小汚い中年の哀れな背中ではあるが。


 なぞ、感傷にふけっていたら、リングに呼ばれた。

 この道場では、プロレスの他に寝技や立ち技の練習も行っている。この時、リングではプロの玉子の候補未満みたいな、タノスケに言わせれば素人同然の若者が立ち技スパーの練習をしようとしていたのだが、適当な相手がいないのでタノスケが呼ばれたのだった。

 その若者は、おそらく身長は百六十センチ程度、体重も明らかに五十キロも無さそうなヒョロ男。

 その若者が行う軽いスパーの相手としてタノスケは呼ばれたのである。

「一割以下でやってね」

 なぞ、指導役のプロレスラーがそのヒョロ男に言った。

 これにすぐさまタノスケはプンスカ心地。

━━おいおいおいおいおい、の、オイオイオイオイオイオイオイだぜ! なんだいそりゃあ? まったくやれやれだぜ。何といってもよお、こちとら中年と言ってもよお、六尺二十六貫ですぜ? 見くびってもらっちゃあ困りますわ。腐っても鯛と言いまさあね。こんなヒョロ男とは土台ものが違いまさあね。それを、ああ? 「一割以下でやってね」だあ? そんなこと言われたらこっちとしてもオイオイとも言いたくなりまさあね。「十割以上出せ!」のお間違じゃありませんか? ええ? ああ? いいんですかご指導者様よお? やっちまいますよ? ボ、ク、サ、ツ。やっちまいますよお? 未来ある若者が天に召される瞬間を目撃することになりますけど、いいんですかあ? ああ? 葬っちまいますよお? まあ、でも、三分だな。三分、このヒョロ君が僕の攻撃を耐えられたらなら、まあ今回は命までは取らないでおいてあげますよ。僕も甘いなあ。まったく甘い。仏心の塊みたいな男だなあ僕って奴は。若者に生きるチャンスを与えるんだからなあ、まったく僕は慈悲深い男だよ! でもよお、三分だぜ、三分。三分間だけはちと強めに攻撃します。だって、一割以下とか舐めきったことを言われ、ヒョロ君もそれに頷いちゃったりなんかして、僕それに傷ついちゃったんだもん! 涙目プンスカ心地になっちゃったんだもん! おっと、そろそろゴングが鳴らされそうですぜ。道場の皆も見てますぜ。では、そろそろ始めましょうか! ヒョロ男君、三分間、葬られずにいられるかなあ? ヒャハハハハー!━━

 そして、カン! 道場の皆が見守る中ゴングが鳴り、三十秒ほどでタノスケは葬られ、皆に半笑いに見守られながら、天に召されていったのだった。

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