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結果的にジェーンの心を酷く傷付けたのは、確かなのだろう。しかも、恐らく彼女の心に最後の駄目押しを刺したのは、紛れもなく自分である。
貴族の子女とは思えぬ激しい足音とともにドレスを翻し、ジェーンは部屋を出て行った。
「言い過ぎてしまいましたかね」
ルドヴィカはぼやきながら頭上に水晶玉を乗せる。なんだかんだ、この場所が最もすわりが良いような気がする。
(そう思うのはきみ自身の判断に委ねよう。自由にすると良い)
随分と突き放した物言いをするのだな、と思ったが彼は直ぐに続ける。
(少なくとも僕は今、彼女自身の無作法や無自覚な驕りを自覚するべきだと思った。後々、彼女の為になると思う)
「結果的にルイス嬢の為になるって、事ですか?」
(ああ、そうだ。随分と彼女は自分の考え方に自信があるようだったが)
カレルは思案するように僅かな沈黙を挟んだのち、再び話し出した。
(独善的で、自らの正しさを、心の清らかさを浅ましくも見せびらかすような行いに見えた。そのような振る舞いは他者を喜ばせるどころか、不快にさせるだけだ)
ジェーンが心優しく、困った人間を見過ごせない潔癖な人間なのは間違いないのだろう。だが、それと同時に自分の優しさを観客に向けてしつこく宣伝して見せている、そんな印象があった。
とはいえ、ルドヴィカが感じていたのは少々押し付けがましいな、という程度の違和感であった。
故にカレルの言葉が腑に落ちたと同時に、やはりそこまで厳しい言葉で責め立てなくても良くないか、と彼女を庇いたい気持ちの両方がある。
「嫌な人とは思わないんですけどねえ。いや、どっちかというと良い人ですよルイス嬢は」
今更彼女を擁護するのも、取り繕っているだけかもしれないが、カレルのジェーンに対する印象が些か悪過ぎるようにも思い、ルドヴィカは口を開いた。
ルドヴィカに対する親切心も全て偽善やだとは、思えない。ジェーンにとって、カレルに指摘された事が事実にしたって、無自覚だったのならそれは酷く傷付いたと思う。
大学の中でルドヴィカは圧倒的な多数からの差別の目に、容赦ない嘲りと侮蔑の混じった言葉に晒されていた。彼女の優しさは、自分にとって確かに救いの一つではあったのだ。
「でも……優しい人だなってだけじゃ、なんかわたしは友達とは思えなかったんですよね」
それでも、それでもジェーンの求めるような友情を育む勇気が持てなかった。身分の差なんかじゃないことは、うわかっている。
確信していることがあるのだ。
ジェーンにとって優しくする対象はルドヴィカでなくても、きっと良かったのだ。貴族連中から差別され不遇な思いを健気に堪える、可哀想な庶民出身の人間であれば。自分の優しさを見せ付けることが出来る相手がいたら、彼女の自尊心も善性も満たされるのではないか。
思えば彼女はルドヴィカの持つ能力についてはしきりに質問してきたが、ルドヴィカ自身の好む食べ物や生活環境に興味を持ってくれたことは、あったかと疑問に思う。
ルドヴィカという人間と、友達になりたいと彼女は真実思ってくれていたのだろうか。
カレルはルドヴィカが話している間も、話した後も何も言わなかったのでルドヴィカも黙り込んだ。
貴族のお嬢様と本当に友達になれるとも、なりたいとも考えたことは特にない。ないが、見下されてたんだなとしみじみと考えてしまうと心の底にぞわぞわと気味の悪い色をした泥のようなものが這い上がってくるような気がするのだ。
この感情はなんだろうか。怒りだとか失望だとかいう程彼女に、ジェーンに好意があったのか、そうなのか。
「疲れた……」
呟いて、目を閉じた。嫌な気分だ。
自分が良い人間などとは思っていない。利になることにしか頭は動かないし、慕っていた筈のエスキルが自分との結婚話をひっくり返した後もぐじぐじと胸中で未練と恨みつらみを唱えている。
「ああ、そっか。わたしも、そうか」
(ルドヴィカ?)
失望。貴族様からすればたかだか一般庶民になんて、施しのひとつを崇めながら恭しく受け取っておけと言いたいところを彼女は、ジェーンは友達だからと言い張った。
自分はそれを素直に受け取らなかった。
貴族に対して常に偏見と羨んでばかりで、卑屈に身を引く態度を見てジェーンも何処か感じ取っていたのではないか。
「ルイス嬢に、心から友達になりたいと思えるような人間じゃなかったんですよ、わたしは」
カレルは、何の返事も返してはくれなかった。慰めなど期待してはいない。寧ろ、ルドヴィカの性根もジェーンと同じように叩き潰さねばならぬと思ったかもしれない。
結局彼は何も言わなかった。ルドヴィカもそれ以上は口にはしない。懺悔も過ぎれば、卑屈さや偽善と同じだ。
身分の違いを気にさせないひとが、一人だけいた。彼が自分と同じ立場でも、ジェーンのように見栄と善良さで着飾った振る舞いにも、無垢に素直にありのまま受け入れた、そんな気がする。
……あんな酷い言葉をぶつけられたというのに。
深々と溜息を吐いて、頭を振った。何も考えたくなくなっていた。




