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呪いと結婚  作者: 遠禾
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「ルイス伯爵家は公爵派、ということになるのは間違いないと思います。半ば公然の事実、というかアピールしていると言っても良いと思うわ」

 ジェーンは屋敷のなかを見渡すように、あたりに視線を巡らせる。つられて室内にルドヴィカも視線を向けた。

 立派な調度品や壁紙、絨毯。その全てがルドヴィカには想像もつかないような金額で取引されている上等な品物であるのは、見ただけでわかる。

「ルシカも不思議に思ったんじゃない? 色彩の統一された、このお屋敷を」

 豪華な屋敷。広大な庭、立派な銅像に外敵の侵入を防ぐには充分な高さの門塀。


 確かに素晴らしく価値あるものばかりなのだろうが、その全てが色と呼ぶのも憚られるような夜闇に飲み込まれる少し手前の、太陽が大地に飲み込まれた後の色合いで埋め尽くされている。

 それらが与える印象は実に陰鬱で、心が沈むような存在感を与えてきて寛ごうにも、じめっとした屋敷全体の暗さに引きずられて、気分が暗澹としてくるのだ。明るく陽気なジェーンの印象からは、あまりにも似つかわしくない。

「正直に言うと、外から見た時から何でこんな灰色っていうんですかね……暗い色のものばかりなのか、不思議でした。貴族の方のお屋敷なら、多少なりとも明るかったりきらきらしてたりするもんじゃないかって、そんな思い込みがあったからかもしれないけど」

「うん。これは意図してのものなの」

(公爵家、ひいては神殿に対するおもねりだろうな)

「おもねる? どういうことですか?」

 水晶玉に向かって問うたつもりだったのだが、自分に向かって言われたと受け取ったらしい。眉を顰めたジェーンがたしなめるように言う。

「それはわたし達ルイス家の人間が公爵家に対して、媚びへつらっているという皮肉に聞こえるわ。ものの見方がひねくれていて、失言に値すると思うの」

「あ、すみません」

 失言と言われても、実際の発言主はカレルなのだがなあとルドヴィカは思ったのだがここで揉めても話が止まるだけなので素直に謝り、先を促す。

「お屋敷全体がこんな色なのと、公爵家にどのような関係があるんですか?」

「公爵家、というよりは神殿への気遣いね」


 余程腹が立ったのか。気遣い、という部分をジェーンは強調して言った。

「神に仕える方々の着ている礼服は基本的には白なのは、知っているでしょう? だけど神殿に於いて本当に大事にされ、象徴として見られているのは黒なの。かなりの重役の方々になると、漆黒の礼服を着ることが許されるの」

「確かに、学部長は何時も黒い服を着ていらっしゃいますね」

 彼の暑かろうが寒かろうが、常に脱ぐことも上から重ねて身に纏うこともない、漆黒の外套を思い出す。彼以外の黒を纏う神殿の人間を知らないから確かめようはないが、それならあの下に着ている衣服も、恐らく黒なのだろうと思う。

 黒は神殿にとって重要かつ、神聖な色であってそれを意図的に取り入れるのは一部の幹部以外許されない、不敬である。神殿に仕えるものはそうならうのだと、ジェーンは言った。

 ただ、あくまで神聖視される色については神殿の存在する、唯一神を祀る総本山のアーテル国内での話だ。ルーフスではそのような、禁忌とされる色などはない。町中で白の礼服を着た人間を見かけると神殿から来たのだな、と思う程度だからルドヴィカも深く気にしたことはない。

 

「白も黒も、神殿の方々のみが身に着けることの出来る神聖な色ゆえに、わたし達が選んで身に着けることはないけれど、神に遣える彼らへの敬意を表するためにわたし達は黒でもなく白でもない。狭間の色を屋敷や家具、調度品にも取り入れているのよ」

「ははあ……」

 カレルが言っていた意味が、漸くわかった。

 ジェーンは自分の家が、神殿に対して敬意と畏怖、それに尊敬の念を伝えているのだと主張しているつもりなのだろうが、ルドヴィカにも本当の目的は見え透いたものと推測出来た。


 ルイス家の子供はジェーンのみだ。王家は勿論のことだが、ルーフスに女性相続の観念は存在しない。神殿関係者、それもそれなりの地位にある者とジェーンの間に婚姻を結ばせる為に、神殿にも繋がりのある大学にジェーンを通わせて法術を学ばせる。うまくいって、ジェーンに魔術の才能が花開けば自然と権力ある人間の目にもとまるだろう。そこでジェーンと婚姻を成立させて、ルイス家の力を大きくしようという魂胆ではなかろうか。ジェーンにそれを伝えたところで、いやらしい妄想だと断じられておしまいだろうが。


「成程。公爵家は王家、ひいては神殿に繋がる血脈を受け継がれていると言われていますから。屋敷まで神殿への気遣いを見せるのは、そりゃ公爵派ってなりますね」

 取り敢えずルイス家が公爵派閥に属しているのは、よくわかった。屋敷全てを公爵家、いや神殿か……に取り入る為に造るのは金持ちとはいえ、規模がでか過ぎると内心ルドヴィカは恐れをなしていた。


 階級社会にはおいおいにしてそういった派閥闘争のようなものがあるとは、物語や演劇のなかで聞いたことはあったものの、現実の話として聞くといまいちぴんと来なかったのだが、まざまざと見せ付けられるとこれがまた辟易するものなのだと思い知らされた。

 権力や家の誇示する為の労力などを鑑みると、良くやるなと思う。日々汗を流して働くより、余程疲れそうだ。


 公爵家、そのものへの派閥とは。公爵家に従う有象無象同士が勝手に敵対しているとか、そんなものと想像していたのだが。

「公爵家……てことは、別の派閥もあるんですよね。敵対している、別の誰かが頭の派閥が」

 ヴェルンにおいて、公爵家に継ぐ階級となると他にもいくつか大きな家の名前が浮かばなくもない。ただ、彼らがこの広大な領を収める公爵家に楯突くだけの権力などあるのかどうかと言われると、甚だ疑問だ。

 ルドヴィカの問いにジェーンは小さな声でぼそり、と呟いた。

「夫人派よ」

「フジンハ?」

 なんのこっちゃ、と最初意味がわからずルドヴィカは眉を顰めた。

(公爵夫人の派閥という意味だ)

 補足するように水晶玉が言う。

 手のひらの上に視線を向ける。やはりつるりとランタンから漏れる光を受けて輝く水晶玉には、表情のようなものはなくその声色から感情を推測するほかない。

 沈んだもののように聞こえたのは、ルドヴィカの勘違いだろうか。

「公爵……夫人ってことですか?」


 ヴェルン公爵家当主とその妻が、暗黙の上で睨み合っていると、そう彼らは言っていたのだ。


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