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呪いと結婚  作者: 遠禾
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3

 見た目は華々しくも立派にな造りの馬車であったとしても、長時間中で揺さぶられるにいると結局のところ、快適な乗り物とは到底言い難いものらしい。

 到着しましたよ、というアリサの声とともに開かれた扉から転げ落ちんばかりにルドヴィカは脱出した。

 閉じ込められていた訳でもないが、なんとも疲弊している。


「つ、かれ……た、くそ」


 小声で毒吐きつつ、外の空気を腹一杯に吸う。地面が揺れていない事への感謝を、この地を創り給うた唯一神に熱心に向ける。この世が海ばかりでなくて、本当に良かった……船なんぞ載った事もない為馬車と比較してどの程度揺れるかなどとは、知る由もないが。


 脚だか腰だかと言うより前に、全身へのずっしりとした疲労が重くのしかかっている。

 馬車に揺られていた事もそうだが、小さな部屋に押し込まれ、のびのびと手足を伸ばす事も許されない状況が続くというのは想像以上に疲れるものなのだと実感した。小さいのは自分小さな家の、更に小さな部屋だって同じではあるが、少なからず緊張を強いる赤の他人、それも高貴な方々がいない分、気持ちは解放されている。

「早く行きましょう。すっかり寒くなっちゃったから冷えて仕方がないわ。早く暖かいお茶を飲みたい、ねえ」

 ぐったりと疲労感に打ちひしがれるルドヴィカと対照的に、ジェーンもアリサも涼しい顔を崩すことなく、優雅な佇まいを見せて微笑んでいる。彼女らの様子が信じられず、思わずルドヴィカは質問していた。


「ルイス嬢、お疲れではないのですか?」

「どうして?」

 けろりとした表情とともに返された言葉からは、本当に疲れを感じていないのか強がりなのかは見て取れない。それなら良いです、と疑問を抱きつつ引っ込むしかない。庶民如きが馬車の乗り心地に文句をほざくな、と言われたら言い返しようがないのも確かだ。

 

 意識を変えよう。真正面に見える夜闇に溶け込むような外壁を、ルドヴィカは見上げた。

 

 第一印象は、馬車と比べて随分と簡素な建物だという感想だった。色彩らしい色はどこにも見当たらず、外壁も、門扉から窺える屋敷も冬の空を連想するような灰色だ。外から見る限り、酷く重々しい。

「ここが、ルイス嬢のお宅ですか」

「うん、そう。代々続く、由緒正しきルイス家の所有する屋敷なの」

 誇らしげなジェーンの様子を横目に見てから、再びルドヴィカは外壁を見つめる。こちらの視線を追うようにして、ジェーンが白く細い指を屋敷へと向けた。


「見て。あの紋章も銅像も、全てお祖父様の代から手入れして、こんなに綺麗な姿が保たれているの。ルシカはぴんと来ないかもしれないけれど、何十年も雨風に晒されても欠けもせず磨かれた姿を保つのって、とても凄い事なのよ」

 よくよく見ると外壁には複雑な文様が刻まれ、ルイス伯の紋章が門扉に大きく嵌め込まれている。屋敷へ続く中庭の中央には、ジェーンの言うように、見た事のない生き物の銅像が咆哮をあげていた。


 一見すると貴族の邸宅とは思えぬ寂しい外観に見えたものだが、彼女の説明を耳に入れながらじっくりと観察してみてわかった。細部への細やかな建造は寧ろ立派なもので、顕示欲に溢れているのだ。

 門扉の左右には長い鉄の棒が天に向かっていて、それは煌々と光っていた。炎とは別の魔術の光なのだと話すジェーンは言う。

「ルイス家は代々魔術師の家系だから。魔術の研究や、新たな術の開発においては並々ならぬ熱意があるの」

「では、この光とかも新しい魔術の研究の賜物だったりするんですか?」

「秘密」

 おや? と彼女の横顔を見つめる。まさかはぐらかされるとは思っていなかったが、ジェーンもジェーンで、ルドヴィカの反応を面白がっているように見える。悪戯っぽく笑った儘、彼女は自身の言葉の意味を教えるつもりはさらさらないように見えた。

 ルドヴィカは虚を突かれた思いで、しかしそれ以上ジェーンにしつこく訊く事も出来ない。控え目に頷くのが精々であった。


「秘密……ですか」


 きらびやかな魔術の力。魔術は、呪法とは違いその効力はとても短いものが多い。

 炎や光、風の魔術はその筆頭であった。人の声により発動するその力は、形として遺す事が出来ずに儚く、一瞬で消え去るものばかり。

 解呪という力が法術の大学に入学する為に大きな要素となるように、一度成功し相手に何かしらの事象が発生した後は、対象が滅びるまで永久的に力が消えない呪法との、その力の在り方の大きな違いであった。


 魔術の知識は呪法と比べると勤勉とは言えない為に、ルドヴィカにはこの光を保つ為に、どれだけの魔術師の能力と技術が必要とされているのか想像する為の知識すら足りない。


「さあ、迎えの支度は整っております」

 アリサに促されて、ルドヴィカの家が何十と入りそうな広大な敷地に足を踏み入れた。


 

 門扉や屋敷をぐるりと取り囲む塀は石造りの堅牢なものであったが、屋敷は更に物々しい色彩で構成されていた。

 色彩、と呼ぶのも自身がない。高名な画家は鉛筆のみで凄まじい作品を描き出すというが、まさにそれだ。

 ルイス邸はあらゆるものが灰色と呼ぶべきか、黒とも白とも呼べぬ色が敷かれていた。調度品も、絨毯も。廊下も。飾られた絵画や壁も。

 あらゆるものが薄暗い世界に閉ざされている。

「さ、入って入って、歓迎するから!」

 そんな世界の中で明るさを失わないジェーンが、いっそ異形のように思えてくる。

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