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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 自信満々なジェーンには申し訳ないと思うが、公爵の側近でも縁者でもない一伯爵家令嬢にお墨付きを与えられたとて、それを根拠に信頼しろと言われても無理な話と言わざるをえない。

 そんな訳で頭上の水晶玉に問いかけてみる。ルドヴィカがルイス邸に運ばれる段階で、そこらの事情はあちらこちらに筒抜けだろうし、使用人がいるからと口を噤んだところで最早無意味であろう。

 傍目ではそこにいるとわからない程の大きさになって、再びルドヴィカの頭上でのんびりしていたカレルに話し掛けた。

「カレル様はどう考えておられますか?」

 ところが使用人はそれまでの主人の元で花を添えるべきとばかりの、優美な笑みはどこへやら。途端慌て出した。

 

「え……あ! カ、カレル様は今いらっしゃるのですか?」

 カレルも同行する旨伝えていなかったのかなと疑問を浮かべたりもしたものの、ルドヴィカとともに行動したいと言い出して、その要求に許可が出たのはつい先刻の事だ。急遽公爵子息が同行するに至った事情など、話す時間などはなかったように思う。

 慌てふためく従者の様子を見て、初めてその考えに至ったジェーンも冷や汗を浮かべて見せた。なんたる非礼。

「あ! ごめん言うの忘れてた」

 いや全くうっかり者であった。ルドヴィカとジェーン、双方が当たり前のように受け入れてしまっていた。

 慌ててどちらにいらっしゃいますか?と揺れる馬車の中で膝をつこうとするアリサを押し留めた。

「すみません、今カレル様傍にいらっしゃるんです。気が利かなくて申し訳ない」

『僕の存在など路傍の石ころとして、いない者としてくれても構わないが』

「カレル様もこう仰ってますし、わたしもカレル様が当たり前に見えてると思ってました、すみません」

「こう仰ってます、と言われてもどこにいるかもわからないのに、わけわかんないよ」

 ジェーンの指摘にはっとして頭上を見上げる。とはいえども、自分の頭部に潜む存在はルドヴィカは勿論誰も視認出来はしない。

「カレル様は奥ゆかしい方でいらっしゃいまして、過度に控えられては、かえって困ると仰っていらっしゃいますから」

『奥ゆかしくはないから、その発言は訂正するべきだと思うが』

 妙なとこで頑固でいらっしゃるカレルは無視して、アリサを馬車の座席に座らせた。全く、偉い方と行動をともにするのも面倒臭いものであるななどと不敬の念にまみれた事を考えた。



 アリサも落ち着き一息付けた、と思ったところで会話を元に戻そうと、ルドヴィカは再び頭上に収まった儘のカレルに質問を始めた。

「カレル様、先程のお話どう思っておられます?」

『先程の話とは?』

「公爵は、わたしを御子息誘拐の罪で処罰されるおつもりか、という話です」

 ジェーンにはカレルの声は聞こえない。しかし彼女も会話の成り行きは気になるようで、身を乗り出さんばかりにルドヴィカの対面に座った座席で目を輝かせている。

『……僕にはわからない』

「そうですか」

「ルシカ。カレル様はなんと仰ってるの?」

「わからないと」

 何だつまらん、と言わんばかりの表情を浮かべてジェーンはそうと頷いた。

 馬車の中に沈黙が広がる。

 車輪と馬の蹄が石畳を蹴る音が、闇も深い世界においてその存在を主張しているようだ。

 それから暫く誰も口を開かなかった。

 元よりルドヴィカもお喋りな性質ではないし、ジェーンもアリサもカレルの存在がある事が、緊張に繋がっているのか居住まいもかちんこちんとなっている。まるで大きく精巧に造られた、綺麗なお人形のようでもあった。そこまでの事なのだろうか。


(いや、違うか)

 寧ろルドヴィカの方が、異質なのかもしれない。あまりにも、公爵家の人間に対して自分は畏敬の念が足りない。

 言い訳に過ぎないかもしれないが彼との出会いを考えると、それも致し方無しとルドヴィカは考える。何せ未だ彼のお顔すら存じ上げず、初めて出会ったのが水晶の姿なのだから。


『何も、見えないな』


 急にカレルが呟いたので、ルドヴィカは車窓に顔を近付けてみる。そうしたところで何も見えはしないのは変わらない。街灯の明かりなど、町中を照らし出すにはあまりにも頼りなくささやか過ぎる存在だ。

「カレル様は我々の生活に興味がおありなのですか?」

 大学に向かう道すがらカレルが視界に入るもの、その辺右から左にまで忙しなく文句を付けていたのを思い出した。

 彼にとっては文句でも何でもなく、新鮮で珍しくて、幼子が初めて目にするもの全てに好奇を惹かれて走り出すようなものなのかもしれない。

 自分達の生活にお貴族様が好き勝手言っているように見えて、あの時はあまり良い気はしなかったが、今となればカレルにとっては無邪気な好奇心のなすが儘でしかなかったのかと。

『興味がないと言えば嘘になるのだろう』

「それなら、水晶玉になる迄待たなくても我々の元にいらっしゃっても良かったのに」

『そういう訳にはいかない』

「そうなんですか」


 ああ、また要らない事を口にしたのだなと察した。

 ほんの僅かな時間しかともにしていないというのに、表情すら見えないのにカレルの感情がわかるようになってきたような気がする。当然ながら、カレル本人の気持ちを直接照らし合わせ確認したわけではないので、自分の驕り高ぶりである可能性も否めない。


 正面に座るジェーンが、ルドヴィカの声しか聞こえていないにも関わらず、自分達のやり取りに片眉だけひそめて見せたのは、気が付かなかった。

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