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ジェーンとルドヴィカが話をしている間、エスキルとその従者は一切口を開かず無言を貫いていた。
彼ら二人の間で交わす言葉の応酬などもなく、彼らの後方をついて歩いているルドヴィカには、かの主人と従者は奇妙なもののように見えた。従者の方の人となりは存じ上げないが、普段は誰にでもどんな時でも積極的に喋るエスキルの無言は、腹に一物抱えてますと言われているようで不審さしか感じない。
訪れた時と同じように渡り廊下に出た時に、外はかなり暗くなっている事に気付いた。この分だと帰ってからの自分に割り当てられた家事に取り掛かるには、随分と時間がかかってしまうだろう。憂鬱だと考えてから、いやこの儘自分はジェーン宅に連行されるのだった、と思い出してまた憂鬱な気分に追いやられる。
公爵家の方々が沈痛……なのかどうかは知らないが、兎に角静かである以上、自分達がきゃっきゃとはしゃぐのも無礼にあたるというものだ。何時の間にかルドヴィカもジェーンも口を噤み、大人しく彼らの後を付いて歩いていた。
そんな最中も、カレルはルドヴィカの頭の上をころころと転がっている。隠すのも最早無意味であると自覚しているからか、彼は今子どものこぶし大程の大きさである。大きさが変化したところで、重量は彼自身の意思で変化する為に、おルドヴィカの頭部に明らかな負荷などはかかってはいない。
それでも全く重さを感じないという訳でもないので、彼が頭上を転がると振動とも言えない動きがそれをルドヴィカに伝えてくる。
カレル様落ち着きないな、暇なのだろうか……などと考えながらルドヴィカは塔から学び舎に近付きつつある渡り廊下から、町を見下ろした。随分と暗くなっている為に、ぽつりぽつりと街路に灯された炎しか視界には捉えられなかったが、その光そのものが平和な夜を迎えつつあるのをルドヴィカの目に教えてくれた。
この世界は平穏無事であると、ルドヴィカは思っていた。学務長の言うように自身が紛争に巻き込まれる、そんな事があるなんて実感はあまりない。
でも、例えば。あいつ、ディック・エイドの実家がカレルとルドヴィカの所業に怒り狂ってお命頂戴とか言い出したらどうしよう。
あっちが先に手を出したのだから、こちらは攻撃は最大の防御とばかりに反撃しただけだなんて言い分を、あの傲慢な人間を育てたお家が認めてくれるだろうか。それは楽観的な予測に過ぎないと思える。
呪いを解く事が出来る能力は確かに希少で、ルーフスにとってもルドヴィカは貴重な人間かもしれないが、国同士の問題に関わってきた時、国がルドヴィカを庇ってくれる程の存在にはなり得ない。それこそ、カレルの反撃含めてルドヴィカの一存だったと罪を押し着せて犠牲にする方が余程有り得る話だ。
「武器が、欲しいな」
ぽつりとこぼした言葉は、強い風に巻かれてしまったのか誰かに咎められる事もなく流れて消えていった。
自分の身を守る武器がなければ、これからは生きていけない。嫌な実感があった。
解呪という他人にない能力があれば、この力を用いてアーテルに留学出来たなら、自身の持つ貴重な力は自ずと大きく、金になり、生活も豊かになるという単純な期待を持っていたが、それはつまり敵を作る事に繋がるんじゃないか。
目立てば他人に煙たがられる。例え注目を浴びたのが取るに足らないような庶民、見下す対象だったとしても。
ディック・エイドの存在が、ルドヴィカの考えを証明している。どのような能力があるのか、またはないのかもわからない。自分にとっては喋る家畜程度の認識しかないだろうルドヴィカの事を、奴は異常に疎んでいた。庶民の分際で大学に在籍している、そのたった一点が気に食わず、奴はあのような暴挙に出たのだから、何時どのような立場に立たされてどんな憎悪を向けられるか、わかったもんじゃない。
「ルシカ、足遅くない?」
「ああ、すみません」
気が付けばルドヴィカを置いて貴族の方々は渡り廊下の先、学び舎の入口前まで来ている。
身長が低い為に脚も短い。ルドヴィカの足が遅いのは事実ではあるが、今遅れを取っていたのは物思いに耽っていた故であった。しかしルドヴィカは素直に足の遅さを認めると、彼らを追って小走りに駆け出した。
果たして強くなるに必要な事とは何であろうか。
武術の心得など、勿論ルドヴィカにはない。武器の扱い方も知らないし、知っている刃物の扱いといえばナイフで果物を切る方法くらいだ。