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ルドヴィカの処遇については一段落したが、本題はカレルの扱いだ。
解呪の能力を頼りにしているとはいえ、カレルがルドヴィカの頭上から離れずにいるのは妙だ。ご執心具合が異常だと思われても仕方がない。口にしないのは全員お育ちが良いからで、ルドヴィカがカレルを誑かしたと思われていてもしょうがない状況ではある。
勿論そのような事実はない。
それに、ルドヴィカにはカレルが自分から離れない理由にはおおよその予想がついている。自分は決して聡い人間ではない。それでもカレルが零す言葉の、水晶玉の行動の端々からはっきりとその意志が伝わってくるのだ。
彼は自分の家族、特にエスキルに対して頑なというか、深く関わりたくないのだろう。ルドヴィカに特別な関心なんて当然ない。ただ、他に頼る場所が彼にはないのだ。
なんなら呪われたのは彼にとってある意味好都合だっんじゃないか、という気すらする。呪いを解いて貰うのを口実に公爵家を抜け出したかったのが、本当の理由ではないか。
それでも一応確認はしなければならぬ、とカレルに疑問を投げてみる。
「カレル様はどうなさるんですか?」
『きみと行動をともにしたいと考えているのだが』
想像とおりの答えに、どうしたものかと頭を抱えたい思いだが、ルドヴィカの頭の上にその公子様がいらっしゃるので、それは不可能だ。
それにルドヴィカが両腕を戦慄かせるよりも先に、水晶玉の声が聞こえていたかのように、学務長がルドヴィカに問うてきたのだ。
「カレル自身は、何と言っているかな。彼の意見があるなら聞いておきたい」
「カレル様のご意向を窺うのに、わたしの口を通じてでいいんですか? 信頼性に欠けると思いますが」
先程の学務長にお言葉に対する控え目な嫌味だったが、気が付いているのかいないのか、彼は淡々と答えるのみだ。
「仕方ないだろう。そこの水晶玉がきみの頭上から離れないのだから」
確かに水晶玉はルドヴィカの頭上に収まっている。が、別に釘で打ち込まれた訳でも糊でくっついてもいないのだ、こっちの人間が信用ならないなら頭上から引き剥がしてくれりゃ良いのに。そりゃカレルは逃げるかもしれないが、学務長の手腕があるなら直ぐに捕まえられるだろう事は、食堂の件で証明出来ている訳だし。
言いたい事を全て遠慮なくぶちまけられたら、どんなに良いか。しかし現実のルドヴィカは単なる一般庶民だ。文句を言っても、結局権力に従うしか生きる術などない。
「……では、僭越ながらカレル様に代わり申し上げます。カレル様の意向としてはこの儘わたしと同行したいと」
「ふむ」
緩やかに水晶玉が人の頭上で転がっているのが、ささやかな頭にのしかかる重量で理解出来た。悠長なのか、彼なりのアピールなのかはルドヴィカの知ったこっちゃない。
「仕方がないね」
「はあ?」
異議を込めた奇声を発したのはルドヴィカでもなければ、勿論水晶玉の姿をして口という器官を喪失したカレルでもない。
自分の伯父であり、学務長というルーフスという国の規模で見ても重要人物に、明らかに奇異な化物でも見るような視線を送っている。
「何だいエスキル。疑問でも?」
「えっ」
学務長の言葉に少したじろいだような表情を見せ、しどろもどろに話し出した。
「……いえ。ただ、未婚の女性の元に人の姿をしていないとはいえ、年若い男が寝食をともにするのは如何かと、思って」
言いたい事はわからなくもない。こんな姿をしているけれどカレルは人間だし、公爵様の息子でもある。ルドヴィカが下心を出さないとも限らない、とか疑ってるんだろう気持ちはわかるが不快である。
「安心してください。カレル様を拐かしたりなどいたしませんから。ただでさえ誘拐の嫌疑がかかってるのに、この状況下でさらなる誤解を生みかねない行動はしません」
はっきりとそう告げると、エスキルは気まずそうにそっかと呟いた。
だからなんでそっちが気後れしてるんだ、と思ったりもするが最早結婚話の破棄の話どころでもない。こちとら人生の進退がかかっている。
「当然だけど、護衛も付けることとなる。バレンシス嬢には彼らに全面的に従ってもらう事になるが、構わないね」
護衛という名の監視だろうな、というのはルドヴィカにも想像は付いた。
「はい。異論はありません」
寧ろ護衛が付くのは願ったりな状況かもしれない。自分の無実の証明は、恐らくカレルが人間の姿に戻ってから彼の口から直々に語られるまで続くだろうし、こちらは腹は決まってる。
一先ず処刑だの投獄だのは回避出来た。今後の公爵の判断によってはその限りではないのはわかっているのだから、正式な処罰が下るまでに、カレルにかけられた呪いを解くしかない。
「決定だ。ルイス嬢。バレンシス嬢を連れて行ってくれるか」
「はい! わたくしにお任せくださいませ!!」
学務長の言葉を受け、罪人疑いの人間を連行するだけなのに妙な使命感でも感じているのか、ジェーンははきはきと答えて一礼する。
彼女の横に駆け寄り、ルドヴィカも頭を下げた。ともあれ現状は学務長の配慮も大きい筈だ。学生を守る為に動く、という彼の言葉は正しかったのだと思う。
「大変ご迷惑をおかけいたしました。この恩に報いるよう、最大限の努力をします」
ルドヴィカが頭を下げると同時に、ジェーンがぷっとこちらを見て吹き出したように笑った。
「何ですか、わたしおかしな事をしましたか」
「ちが、そうじゃ、な……っ」
必死で口元を覆いながら訝しげな顔を向けるルドヴィカに、彼女は言う。不敬でしたらまことに申し訳ございません、と笑い混じりに付け足しながら。
「ルドヴィカが一礼するのに合わせたみたいに、カレル様がぽうんと跳ねたんだもの……一緒にお願いしますって言うみたいに。何だか、水晶玉の姿なのにお可愛らしくて、ついね」
くすくす笑う彼女の言葉を受けて、半眼で頭の上に問いかける。
「……何してるんですか」
『せめて何か、気持ちを表せないかと思ったんだ』
心外な、とでも言うようなカレルの返事にルドヴィカは肩を竦めた。伝わるわけがなかろう。