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呪いと結婚  作者: 遠禾
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「それを判断する立場にある者はこの場にはいない。わかるね」

 そう言ってルドヴィカを見据えたのはエスキルではなく、学務長だ。淀みなく、一際声を張り上げている訳でもないのに明瞭な彼の言葉は、ずっしりとルドヴィカにのしかかる。

「勿論エスキルとカレルにも、そのような権限はない。きみの期待も要望も、判断を下す事は出来ても具体的な裁量を下すのは、この領地を治める人間である公爵と官僚だけだ」

「……」

 安直な考えだったか。

 エスキルや学務長をなんとか説き伏せる事が出来たなら、カレル自身も庇ってくれている事だしなんとか無罪放免とカレルの解呪を仰せつかる幸運が恵まれる、と思ったのだが浅はかだったか。


「一先ずきみには身柄を確保、確認出来る場所に控えていて貰いたい」


 なんてことだ。事実上の罪人扱いではないか。

 無罪放免なんて楽観的な考えはなかったものの、これは本当に最悪死刑もあり得るのでは。

 最悪の考えに戦慄していると、ルドヴィカの嘘八百が混じった訴えに文句の一つもなく聞いていた頭上の水晶玉が、急に言葉を発した。

『すまない』

「へ?」

『僕の浅薄な行動のせいで、きみに謂れのない罪が課せられるかもしれないなんて、そんな事も考えもしなかった』

 

 今更言っても詮無いことだし、カレルだけの責任とはとても言えない。功を焦ってカレルの存在を隠しだてしようとしたのは自分だ。

「いえ、わたしはカレル様にお会い出来て嬉しかったです」

 顔も知らない相手だが、カレルに向けたそれは紛い物ではない、確かな本音だ。


 根本にあるのは自分の利益だったのは取り繕いようのない真実だ、だがカレルが同じように顔も知らないし常に呪われているような珍奇な小娘を頼ってくれたのは嬉しかった。

 誰かに、自分の、ルドヴィカ重要な存在だと、価値を示して貰えたのは初めてかもしれない。

「学務長、質問があります」

 とはいえ彼の期待に答える事が最後まで出来なかったのは、ルドヴィカの手落ちだ。悔しいが言い訳のしようがない。

 解呪の専門家として名を立てる将来を夢見ていた身としては、ここで彼と別れ見えない呪いの謎を解く事が出来ないのは悔しいが解呪が出来なければただの庶民、それも小娘でしかない自分に足掻く力すらありはしない。


「身柄を確保、とのお言葉ですがわたしは捕縛されて罪人として処されるのでしょうか」

「まさか」

 その返答に、一先ずほっとして胸を撫で下ろす。カレルの呪いを解くも何も、問答無用で命を奪われてしまったら、元も子もない。


「今の話はカレル本人の口から聞けた訳ではなく、きみを通じて聞かされたものだから正確さに欠けるの確かだがね。現時点できみを罰する法は……それこそ、公爵の考え次第だろう。今後、きみがカレルを連れ出した証拠など出てきたら話は別だが」

「では、わたしはどういった処遇を受けるのでしょうか」

「自分で自らの処遇を問うのか」

 呆れたような言葉だったが、学務長の顔からは自分に向ける感情は読めなかった。隠しているのか、本当に何も感じていないのか。それとも、心そのものが何かに動かされる事などがそもそもないのか。


「裁きというものは、第三者が公平にと権力者に対して審判を促すものだよ。そうだ、きみには彼女の屋敷に留まっていいて欲しいと考えている」

 そう言って示された先にいたのは、ジェーン・ルイス嬢だ。

 漸く無関係な筈の伯爵令嬢が、この場にいて誰にも咎められない理由がわかった。


 わかったからといってルドヴィカの監視の為に、何故ルイス伯爵邸が選ばれたのかについては納得がいく訳ではないが。

「どうしてルイス嬢が、わざわざご邸宅を提供してくださるんですか?」

「友達の為に決まっているじゃない!」

「はあ……」

 ますますもって胡散臭い。

 ジェーン・ルイスはルドヴィカに対して初対面時からずっと親しげであるし、何か下心があるように感じだ事もない。その裏表のなさが、逆に信用出来ないと感じるのは、ただこちらの性根の問題なのだろうか。


 実は送られたルイス伯爵邸にて、人知れず罪人として抹殺する予定でも組まれているのかとすら思う。それくらいに彼女がルドヴィカに親身になる理由が思いつかない。

 

「そういう事だからね! ルシカには悪いんだけど、家であなたの事を監視しなくちゃいけないの」

「はあ」

 取り敢えず、問答無用で処刑だとか監獄行きだとかのお先真っ暗な処遇は避けられるようだ。


 取り乱したりなどしないよう気を張っていたが、本心は不安で仕方がなかった。死ぬのは怖いし、こんな惨めに呪われ続けた儘終わった人生など、絶対に許せない。

「わかりました。ルイス嬢、大変ご迷惑なことを承知しておりますが、暫くご厄介になります」

「厄介って、何を変なこと言ってるの?」


 吹き出したように小さな笑い声をあげる彼女は、上品に口元を細くきれいな指で抑えていて、こんなきれいで上品な女性が自分を選んで親しげにするのか、ますます不思議だ。

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