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随分とまあ、何もかもあけっぴろげに話してくれたものだ。
そしてそんなカレルの体験し、見聞きした話を全てその儘、中身の精査もせずに自分の身の口から発言するのもどうかのかと自分でも思わなくもない。しかし止められなかった。
話していくうちにどんどんエスキルの、表情が硬化していくのが見えたからかもしれない。まさか聞かれていたとは、とでも言いたげに。
兄の企みがどんなものかは自分にはわからない。しかし、彼女に呪いを解く力があるというのなら助力を求めたい。そして助力を頼むには、兄や母を通してはきっといけない事態に繋がる。
そんな風にカレルは話を締めた。
場の空気はとても冷えていた。
日が沈みつつあるのと石造りの塔、それも窓の少ない建物には太陽の暖かさは酷く遠いものだ。灯りといえば、部屋の隅に設置された燭台の炎だけで現代の文明から遠く離れたその光は、心許なく感じた。
ジェーン、ルドヴィカ、それに学部長。恐らく人間の顔を持っていたらカレルもそうしていた事だろう。全員がエスキルに、真意を問う視線を向けている。従者以外の追及の意思が、感じ取れない程鈍い人間でもない筈だ。
彼は、エスキルは誰とも視線を合わせようとはしない。その様子だけで、何かしら後ろ暗い事があるのは誰の目にも明らかだ。彼の横顔からは、多少品性を欠いても構わないから弟の呪いを解いて欲しい、などという美しい兄の思いと精神性を感じる事が出来ずに実に残念に思う。
彼の様子を見ていると、ルドヴィカはそもそもの結婚話の目的も本当に弟の為なのか怪しい気がしてきていた。
ひょっとして、自分はカレルの呪いを解く為ではなく、もっと何か別の企みの為の火除けに利用されようとしていたのではないか。
公爵家と庶民の結婚なんて国内外で大騒ぎだ。彼の目的は、結婚話から浮かび上がる何某かの動きなのではないか。
話すべき事は話し終えたとカレルが沈黙し、エスキルも口を開かない以上誰かがこの場を制し、動かす必要がある。
自分が相応しい人物などととは思っちゃいないが、自分にしか出来ない気がした。
「失礼いたします、学務長。発言の許可をいただきたい」
一礼し、学務長に視線を向ける。彼が頷いたと見て、ルドヴィカは再び頭を下げてから口を開いた。
「解呪の能力があるとはいえ、わたしはただの一般庶民に過ぎません。ですが、カレル様をお連れした以上どうして行動をともにするに至ったか、ここからはわたしの口から話したく思っています」
ルドヴィカがカレルの呪いを解いてどうのこうなんて、所詮は噂と本気にしていなかったのだろう。
あの噂は本当だったの? と今にも大声で叫びそうな表情で、ジェーンは口元を抑えた。流石に学務長と公爵家の方々の手前、自制が働いたらしい。
「わたしがカレル様に出会ったのは、公爵夫人ガートルード様との面会の後です」
敢えてその話を口にしたのは、エスキルの様子を見る為だ。
「……色々ありまして、わたしは町外れの森にいました」
「色々って何?」
「こちらの方とお会いしたからです」
頭上を示す。指差すのは不敬にあたるかと思い、両手を仰ぐように広げたところ逆にルドヴィカ自身を、周囲の人間に敬えと促すような形になってしまって恥ずかしかった。が、出来るだけ大真面目な面を維持しつつ話し続ける。
「カレル様のお姿を他人の目に晒すのは、避けるべきと考えました。一度、人目のない場所にお連れするべきだと考えたのです」
「ちょっと待って!?」
少しばかり動揺した様子のジェーンが口を挟んだ。
「ルシカあなたこのお姿のカレル様を見て、ひと目でカレル様だと見破ったというの!?」
「勿論です」
嘘っぱちである。
事情を何一つ知らずに跳んで跳ねる水晶玉を見て、ああカレル様だと頭を垂れる者がいたら見てみたいものだ。
エスキルが少しでも動揺するかもしれない。何某かの彼らの企み、背景の一端をルドヴィカが握っていると思わせたい。
しかし、エスキルの反応はルドヴィカの意図とはかけ離れたところに現れた。
「森? 森に行った……カレルと二人で? 水晶玉なのに?」
不審そうな表情でぶつくさぼやいている。
何だ、高貴な身分であるところの我が弟を森なんぞに連れてくな丁重にもてなせとかそういう事か。自分は朝っぱらから井戸汲みの手伝いしてる癖に。
よくわからないが、特に疑問を明瞭にしようと追及してくる様子もないので、不気味にも見える彼はその儘、ルドヴィカは続けた。
「先程カレル様ご自身から聞かせていただいたように、あのような場所に来てくださった理由はただ一つ。ご自身にかけられた呪いを解く為です」
ご自身、といっておいて何だがルドヴィカの口から説明しただけだ。彼らがどこまでルドヴィカの話した内容を信じたかは、わからない。
「わたしはカレル様の呪いを解いて差し上げたいと、本心から思っています。カレル様とお会いして直ぐに、公爵家に報告しなかった事は大変な罪だと自覚しています。罰せられるならば受け入れます」
これもまた嘘っぱちだ。はったりだ。大嘘つきだ。
この儘カレルを連れ帰られて、自分は公爵家の男子を拐かした誘拐犯として重罰に処されるなどと、たまったもんではない。
ここでは殊勝だ、殊勝な態度だ。所詮庶民。珍しい才覚があれど、罰を逃れる程大したもんじゃない。現実カレルの呪いが解けていたならまだしも、自分は彼にかかった呪いの先端すら見えちゃいない。
殊勝にしながらも、ここで安易に罰してはならないと思わせなければ。
だからこそはったりをきかせた。ルドヴィカは解呪だけではなく、何か別の才能でもあるのかと思わせておきたい。水晶玉をひと目見て、カレルだと見抜けるような。
「ですが、許されるならカレル様の呪いを解く為に、わたしは自分の力を使いたい。お願いします」
ルドヴィカが今出来る、精一杯の虚勢をはった。