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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 父の命により外に出る事を禁じられたものの、普段からカレルは自室にこもりがちであっと為、さほどその命令を苦に感じる事はなかった。最初は。


「……最初は?」

 カレルが公式の場にすら現れる事が滅多にないのは、領民にとっては慣れてはいた。それだけでなく領主の屋敷の中ですら自室にこもりきりなんて、彼は一体どんな生活をしているのか。

 疑問はあれども、今はもっと気にしなければならない事がある。意味ありげに付け足された言葉の先を、恐る恐る突っ込んで尋ねたルドヴィカに、カレルは答えた。

 どこか浮かれた響きの声音な気がした。


『気付いてしまったんだ。この姿なら誰にも見つからないと』


 小さくも大きくもなれると気が付いたのは、自身の水晶玉の姿の不便さに嘆き悲しんでいる最中の事だ。

 物も掴めないし、読み書きなどは以ての外だ。食事や排泄、湯浴みの必要がないのは寧ろ便利な気がする。しかしそれは一生水晶玉の姿でいるのを耐えてまで手にしたいかと問われたら、御免こうむると答えるしかない。


(せめて、人と同じ大きさになれないだろうか)

 視界が低過ぎるのは、どうにも不便で仕方がない。

 転がって移動出来るのは便利だったし、飛び跳ねるとかなりの時間浮いていられることも早々に発見した。魂の存在しない水晶玉には有り得ない動きに驚きもしたが、何度も飛び跳ねなければ他者の顔も見えないのは実に不便だ。見なくても良いといえばそのとおりだが。


 大きくなれないものか。そう考えた時だ。


 みるみるうちに傍に控えていた侍女と同程度まで大きくなった自分の姿は、我ながらこの世界に存在する物体として許されるのかを疑う程異質だった。と、カレルは語った。

 主人だと知らされている数少ないカレルの侍女は、それでも水晶玉が自分の身長程にも大きくなったのを目撃し、信じられない光景にショックが大き過ぎたのか、その場に倒れるのを目の当たりにした。

 焦る。今の自分では助け起こす事も出来やしないのだ。早く他の者を呼ばなければと考えて気付く。


 自分は水晶玉だ。呼び出し鈴に触れる事は出来ない。大声を出そうにも今の自分には声帯だってない。触れた者にしか、自分の声は聞こえない。

 非常事態だ、廊下に出て助けを呼ぶ事も考えたが、扉は閉まっている。自分には手がない。ドアノブを掴む事さえ出来やしない。


 不甲斐なさ、無力さに打ちひしがれかけてふ、と気付く。

 そもそも何故侍女は倒れた? 自分の姿に驚いたからではないのか?

 彼女は突然巨大化した水晶玉の姿に、驚きのあまり気絶した。大きくなれるのならば、逆も可能ではないかと考えた。

 それは不思議な体験で、未だに自分の肉体の代わりとなるこの丸いだけの物体が自由自在になるのに驚いている。

『そのおかげで助けが呼べた訳だが』

 初めてカレルと出会った時の事をルドヴィカは思い出す。締めた扉の中に、水晶玉は突如出現し、現れた時と同じようにいきなり消えた。あれは小さくなって鍵穴から侵入、逃亡したのだとカレル自身から聞いた。


 人間の目では捉えられない程の大きさにまでなったのは、その時は倒れた侍女の為だったがその後、カレル自身の自由の為の大きな力になったのだ。

 実質父からの軟禁命令なんて、この力に気付いたカレルには何の意味がなくなっていた。

 自分が水晶玉の姿である事。誰にも目撃されずに部屋を出入りするばかりか、屋敷の外へ出ても誰にも阻止する術がない。なんて素晴らしい事だろう。

 最低限の世話をする為に(といっても、水晶玉のカレルの世話に必要な仕事など存在しないといっても良かったのだが)部屋に出入りする侍女の目さえ欺ける事が出来たら、後は自由だった。

 屋敷の人間の目を気にしないで良い事に、感動した。



 そうやって他者の目を盗んで、屋敷内を徘徊するようになっていたとある日の事。いつものようにころころ屋敷の廊下を転がっていたカレルの耳に、母と兄の会話が聞こえてきたのだ。

「呪われ子のことなのだけど」

 母の声で呪われ子、と聞いた時に動きを止めてしまった。自分の事を指して、母親はそう言ったのだと思った。実の母親にすら忌み子として扱われるのかと自嘲したが、続く言葉は想像の外にある存在を指し示していた。

 

「その娘は解呪の力を持っているというのは、確かなのだな?」

 娘? 誰の事だ?

 彼らの話の続きをじっと待つ。小さく小さな自分の姿を咎めるような人間はどこにもいない。

 聞こえてきたのは兄の声だ。

「はい。その娘……ルドヴィカ・バレンシスの解呪の能力を利用する価値はあると思う」


 彼の、兄の物言いに酷く不快感と不安を覚えたのは確かだ。

 兄の言葉をその儘信じるのならば、ルドヴィカ・バレンシスという解呪の力を持つ娘を上手く言葉巧みに利用し、カレルの呪いを解かせた後は適当に口封じをして捨て置けば良いとでも言っているように聞こえる。

 相手が偶々奇異な才能を持つだけの庶民だったとはいえ、そのような扱いに酷く不快感があった。


 公爵家が利用する前に、彼女に接触せねば。

 彼らは未だ都合良くルドヴィカを使うにはどうするか、という話をしているようだったがカレルはその場を後にした。

 先に彼女に接触し、兄達の企みから遠ざけねばならないと思った。

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