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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 自身の姿は兄のみならず、周囲の人間を驚愕させた。

 屋敷の者は当時王城に出向いていた公爵へと使いの者を走らせ、これが機密でなくてはならない重大事件な為に適当な者に金を握らせて使いに出すわけにもいかず、実に時間がかかった。兄は慌てふためき、母は黙り込んで自らをあなたの息子だと主張する水晶玉を、凝視していた。騙されないぞとでも言いたげに見えた。

 そんな中使いの者が帰ってきた。彼の持つ父の返事を聞いて、カレルは絶望的な気分に陥ったという。

 父の言葉はこれだけだった。カレルの従者と一部の人間以外には絶対に、この事を漏らすな。カレル自身は自分の部屋から出る事を禁ずる。何があろうとも。


 未だ十五の歳とはいえ、カレルも自身の立場や父親の面子については、重々承知しているつもりだった。

 彼にとってはこの事件は、一大スキャンダルのようなものだ。罪のない少年が、他者の悪意に無慈悲に晒された、などと誰が信じよう。

 父親の罪か、息子の罪か。それとも公爵家そのものへの恨みか、はたまた王家への何らかの意思表明の一貫なのか。

 この件を耳に入れた悪意ある第三者は、大袈裟な声をあげるだろう。厄介事を避けるには、原因を蓋をしてしまい込む以外に方法はない……わかっているつもりだった。


 屋敷へ帰ってきた時に息子を見舞う事すらもしなかった父親に、カレルは暗澹たる思いだった。やはり自分は愛されていないのだ、そう思った。


「……やはり?」


 どういう意味だと問おうとしたが、カレルは自分の言葉がルドヴィカ以外には聞こえていないのを好都合とでも捉えたのか、こちらの浮かべた疑問符をきれいに無視した。

 触れられたくないのなら、わざわざ聞かせてくれなければ良いのにとも思ったが、後でしまったと思うような発言をして自分の首を絞めるのはルドヴィカ自分にも痛い程身に覚えがある。しつこく追及するのも自分を自分で糾弾するようで、口を噤んだ。

 顔こそ見せには来なかったが、公爵はカレルの身におきた事件において様々な指示していた。


 法術の中には、一見すると術師の仕業かそれとも自然発生した病や、火事などの事件かはわからないものも存在する。


 気が付いたら水晶玉になっていた、なんて自然発生する訳ないだろうと言いたいところだが、この世界には賢者のように全ての知識を統べる者でもない限り、ただの人には把握するのも理性が拒むような、悍ましい事柄も起こり得る。

 ただの人にはわからない、奇跡と呼ぶにも躊躇われるような災害を、術師の仕業か自然現象かを容易に調べる方法は現在確立されていない。

 賢者の知を得られたならば確実に真実が明らかとなるだろうが、それは即ち公爵家の息子が呪われたという失態を世界中に公表する事に他ならない。父親がそのような手段を取る筈もなかった。

『状況証拠から考えると、呪われた以外の原因は考えられない……悪魔に魂を売ってまで呪うならば、相手を間違えているからだ』

 

 カレルを呪う程……もしくは、呪われる事を望む人間がいる。

 公爵家は順調にいけば長男のエスキルが継ぐ事となるのは、誰の目から見ても明らかだ。長男だからという理由だけではない。領民からの親しまれており、エスキル本人も真面目で勤勉な青年であるという信頼の厚さにくわえて、あの美貌だ。

 誰かが公爵家を引きずり落としたいと考えた時に、真っ先に狙うのはどう考えてもエスキルの方である。

 それなのに、実際に呪いがかけられたのは領民どころか社交界にも顔を見せない、跡目も兄の次だというカレルの方だというのはかなり不自然だ。

『僕を呪った人間の考え、恐らく他の人間には思い付かないだろうが僕はわかる』

「カレル様、それは本当ですか?」


 彼の言葉に動揺を見せたのは、ルドヴィカだけではない。

「ルシカ、カレル様はなんと仰ったの?」

 ジェーンの問いに、ルドヴィカは彼の言葉をその儘口にした。

「カレル様……ご自分を呪った犯人に、心当たりがあるそうです」

「ええ、そうなの!?」


 ルドヴィカにもカレルの言葉は心外だった。何故なら、呪いをかけた犯人がわかっているなら、ルドヴィカをわざわざ探す必要など最初からないからだ。

 呪いを解く方法は何もルドヴィカのような得意な才能を持つ人間にしか許されない、絶望的な力などではない。

 呪いをかけた犯人がわかったなら、呪い返しという呪法をその儘術師に返す手段がある。もっと単純に呪いをかけた犯人さえわかったら、そいつを捕まえるという手段もある。呪いをかけた本人にならば、呪いを解く事が出来る。公爵家に喧嘩を売ったのだから拷問でも何でもして、力ずくで呪いを解かせたら良いのだ。

「カレル様、呪いをかけた人は誰なんですか?」

 兄でありながら学務長室に現れてから、これまで我関せずといった表情だったエスキルも、顔色を変えてルドヴィカの頭上を凝視している。


 しかしカレルの返答はすげないものであった。

『言いたくない』

「言いたくないって……相手は、明確にカレル様と公爵家の方々に攻撃の意思を見せているじゃないですか」

 ルドヴィカやジェーンなどの、公爵家に無関係な人間がいる手前口に出来ないというならわかるが、そうでもなさそうだ。

『確かな証拠がないんだ。今は控えさせてくれ』

「でも……例えば、術師に頼んで呪い返しして貰えば本当の事もわかるんじゃないですか?」

『それでもだ』

 頑なな口調は前にも覚えがあった。

 あの時は確か、エスキルの名前を出した時だ。

 出会ってからほんの僅かな時間しかともにしていないが、カレルが頑な態度を見せた時は本当に何も言っても無駄だというのを強く感じる。


「ルドヴィカ・バレンシス。ひいてあげてくれないか」

「学務長」

「カレルなりの考えがあるのだろう。そうだね」

 肯定する声がする。ルドヴィカは頷いた。


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