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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 渡り廊下の反対側には全く同じ服装の、こちらは体格の良い男が門番として立っていた。

 以前学務長との面談の時にもここを通ったのだが、わかっていた筈なのに面食らったルドヴィカは足を止める。

 扉を開いた、その目と鼻の先に厳つい男が立ち塞がっているのだ。武器らしいものも持たず、兵士のような甲冑も身に着けていない。これで門番の役目を果たせるのか、と疑問に思うが威風堂々とただ丸腰で立ち尽くす男の視線は全く恐れなど知らぬようだ。

「ルドヴィカ・バレンシス嬢ですね。承知しております。どうぞ」

「はい……ありがとうございます」

「どうぞ」

 対岸側の門番と同じく、他に言葉を知らないかのように同じ言葉を繰り返す男が、一歩横にずれて出来た空間をすり抜け塔の中に入り込んだ。

 扉を抜けた場所は何もなく殺風景な小部屋となっていて、この部屋を出ると塔の二階に出る事となる。

 そこに、門番以外にもう一人男がいる事に気付く。


「バレンシス嬢だな。待っていた」

 黒髪を引っ詰めて結んだ、愛想のない男だ。身長はルドヴィカよりは高いが、長身という程でもないと感じる。

 着ているものは神職に従事する者の中でも、身分の高い人間のみが着用する事を許される黒装束に身を包んでいる。確かエスキルの護衛の男だ。

 護衛というとエスキルの方が身分が上だと思われそうだが、神殿という大陸では絶対的な信教に於いて黒服の着用を許されるのは、一部の高位教職者のみだとされている。

 どんなしがらみが公爵家と彼の間にあるのか、それをルドヴィカは知る由もない。単純な力関係では、教職者……神殿の幹部は大陸のどの国家とも対等な立場とされているが、実際には国王は賢者に意見する立場にはないという。そのような話を聞く限り、ルーフスの公爵家よりも神殿の黒服を許されている彼の方が立場が上なのではないかとも思うが、細かい事情があるのかもしれない。


 自分を待っていたと言うのなら、理由は一つしかない。

 やはりカレルを拐かした犯人として疑われているのだろうか。拘束され、裁かれたりするかもしれない。

 顔色が悪くなるルドヴィカに、彼は首を振った。こちらの想像する事はわかっている、だがそれは誤解だとでも言うように。

「失礼した。わたしはヒュー・クェンティンという者だ。エスキル様の護衛を務めている」

「そうですよね、エスキル様と一緒にいるのを見た事があります」

「それなら話が早い」

 ヒューの方も、ルドヴィカに見覚えはあるのだろう。

「きみが確かにここに来るか、主が心配している。その為もう暫く待って来なければきみの家に向かうつもりだった」

 そんなにエスキルから自分は信用がない存在だったのか、と衝撃とともに湧いたのは怒りである。

「そんなに信用がありませんか? わたしは」

「エスキル様の判断だ。わたしは個人的な意見を言う立場にない」

「そうですか……そうですよね」

 彼が、エスキルが何を考えているのかルドヴィカにはさっぱりわからない。

 婚姻の話も、その癖自分が被害者とばかりに目を逸らすのも。カレルとルドヴィカを、他者から守るような言動を取ったのにまた今、ルドヴィカに対する信頼など無用と言わんばかりの言動を伝えてくる。


 ルドヴィカが学内で孤立していた頃に、真摯な言葉を向けてくれた彼が今のエスキルと合致しない。

 自分がエスキルを、過剰に善人と誤解していただけに過ぎないのだろうか。わからない。

「わかりました。行きましょう」

 どうせ何を訴えたところで自分の気持ちを理解し、上辺だけでも同情してくれる人間はいない。ララに呪いをかけられていた時だってそうだった。


「カレル様はともにおいでか」

「いらっしゃいますよ」

 相変わらず小さくなった状態で頭上に潜んでいたカレルは、ルドヴィカとヒューの会話も聞こえているだろに反応をしない。ルドヴィカにしか聞こえない言葉を発する事すらない為に、本当に反応していないようだ。

「本当か?」

「疑われても仕方ないとは思いますが、カレル様お自ら動いたり話したりしない以上、わたしには証明の手段はないです。納得していただきたい」

「……そうか」

 神経質そうな男だ。ルドヴィカが何かしでかしたり、カレルの存在を隠しでもした日には、帯刀した武器で一撃で切り捨てられそうなひりひりとした緊張感を解き放っているのが、ルドヴィカの目にも明らかだった。


 男、ヒューの後ろに続きルドヴィカは窓がない為日中炎が炊かれ、光を維持した塔の中を歩いた。魔術の炎は、不思議と弱まる様子もなく煌々と燃え続けていた。

 学務長の部屋は三階の一番奥の部屋である。石造りの塔は学生が授業を受ける学び舎や食堂と違い、一切の装飾や信教に基づく絵画などが廃されており、実に殺風景だ。

 元々が神殿の施設として建設されたのだから、この塔も神殿に纏わる貴重な財産が収納されている筈なのに、その全てがしまい込んでいるのにどのような意味があるのだろう。


 ルドヴィカには一切関係のことない事ではある。しかし、廊下には絨毯もなく剥き出しの床はひんやりとした空気を発していて、夜に近付き始めた時間もあり寒気を感じた。 

「こっちだ」

「知ってます」

 従順について歩けば良いだけなのに、やはり要らん一言を付け加えてしまった。まさかこの一言で不敬罪で死刑だとか言われるとは思わないが、相手の横顔を窺ったが何の感情も見て取れなかった。


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