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呪いと結婚  作者: 遠禾
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13

 噂が広がるのは早かった。


 学務長が直々に騒動を収めに現れた事も集まっていた観衆には印象に強く残ったらしく、その場にいなかった人間にも瞬きするよりも速いのではないか、という速度で話は伝わっていった。

 本日の授業全ての項目が終了した頃には噂はとんでもない尾ひれを付け、学生は勿論教師や職員、警備兵も巻き込んで大学内を縦横無尽に踊り狂っていたのを知って、ルドヴィカは驚愕した。そして思った。

 お前ら黙って勉強しろよ。


 噂の元凶は当然ながらディックの仲間達であろう。彼らは仲間への義憤に駆られたのか、噂の中身があまりにも偏っていて腹が立った。


 学内では浮いた存在として敬遠されていたルドヴィカが、噂の内容を耳に入れたのは授業の合間の移動中に話し掛けてきた人間が原因であった。


 大学内は移動が多い。教師によってどの教室を使用するかが決まっており、生徒は目指す授業の為にただでさえ広い学内を、上へ下へ隣の建物へ、と目指して歩き回る羽目になる。


 ルドヴィカもそうして学内を移動していたのだが、急に大声で呼び止められた。

「ねえ、ねえ! ルシカ、あの話本当なの!?」

 紳士淑女ばかりの学内で、はしたなくも大声を出す者など滅多にいない。驚いて立ち止まったルドヴィカを目指して、ひとりの女性が歩み寄って来た。

 ルドヴィカと同じように教室を移動しようとしていた学生達も、慣れない大声に驚き発生源を探して足を止め、こちらに注目するのも意に介していない女学生に、ルドヴィカは困惑しながら質問を返した。あんな疑問で何を問われているか察しろというのも、難儀だろう。

「あの話とは何の事ですか」

「もう、惚けないで!」

 いっそわざとであってくれ、と思うような大袈裟な素振りで首を振って見せた女学生は、ルドヴィカの前に回り込むと怒ったように眉をつり上げて見せた。とはいえ、本気で怒っている訳ではないらしい。

 暗い焦げ茶色の髪を鮮やかに染めた糸で刺繍した布で纏めている。切れ長の瞳は榛色で、身長も高く顔立ちが大人びているのか、随分と年上に見えるものの実のところエスキルと同じ二十歳だと聞いた。


 名前はジェーン・ルイス。貴族の立場や権力に疎いルドヴィカはルーフス国内の伯爵令嬢だという事しか知らない。


 どんなつもりでルドヴィカに構うのかは知らない。彼女は入学当初から屈託なくルドヴィカに接してくる数少ない学生だった。


 惚けないでと言われたり、詳細もなくあの話だのと追及されたところでわけがわかる筈もない。困惑して首を傾げるが、ジェーンの方はルドヴィカが自分に話すのを拒んでいるとでも思ったようだ。痺れを切らしたのかのように、自分から口火を切った。

「だから、ディック・エイドを返り討ちにして半殺しにしたって話よ! あなた、今実は物凄い法術の使い手だって四方八方で噂されてるわ、知ってるでしょ?」

 学内では表向き貴族も平民も関係なく、等しく法術を学ぶ学徒である。その為か、学生同士は地位など気にせず接するようにとある。だがここまで大っぴらに、それも他国の貴族を呼び捨てにする彼女の度胸は中々だと思う。

「知りませんよ、何ですかそれ」

 寧ろお前が周囲に広めているのか?と、疑いたくなるような大きな声でまくしたてた後、慌てた様子でジェーンは口を両手で抑えて辺りの人間の様子を窺って見せたのが、なんともわざとらしく見える。

「ね、本当?」

 ルドヴィカの反応で真偽が読み取れそうなものだというのに、食い下がる彼女にうんざりと胸中で溜息を吐いた。


 ルドヴィカはこのお嬢様の事が苦手だ。


 彼女自身に特別な問題がある、とは思っていない。

 寧ろ大多数の学生から敬遠されるのもやむ無しと、自分でも思う。故に友好的に接してくれるのはありがたいような気もしているのだが、やはりこうして会話を持ちかけられると早く終わらせたい、と思ってしまう。

 彼女自身の性格や外見に問題がある、という訳じゃないとルドヴィカは思っている。

 ルドヴィカなりに自身の気持ちの整理をしてみて思い付いたのが、最初に接してきた貴族の子女に対する言葉遣いを、うっかり間違えた為に学内で浮いた存在になってしまった事だ。あれが尾を引いていて、きっかけとなった貴族の女性には身構えてしまうのではないかと考えた。


「ディック・エイド氏に暴力を振るわれたのは本当ですが、返り討ちにしたのはわたしじゃないです」 

 彼女がまた学内に噂を広めるのではないか、という懸念もあって必要最低限の事実を告げるとジェーンはええ……と不満そうに声をあげた。

「わたし、あいつの事が嫌いだったのよ。庶民だからってあなたの事執拗にいじめるから。だから、あなたがやり返したって聞いてスッキリしたのに!」

「そう言われましても」

「それに!」


 ずいっと、ジェーンの顔がルドヴィカを覗き込んできて、ルドヴィカは反対に一歩ひいた。

「あなたの隠された力がとうとう解放されたのねって、わくわくしてたの! ねえ本当の事、教えて?」

 きらきらした瞳で迫るお嬢様は、見た目の気難しそうな雰囲気とは対象的に夢見がちらしい。

「そんな力ないです、ないんです」

 隠している能力はあれど、そんな大層なもんではない。学務長はそれなりの評価をしてくれているようだったが、よってたかって乱暴する野郎どもを薙ぎ倒すような力は自分にはない。

「授業があるのでこれで」

 適当に切り上げて話を終わらせようとしたが、かの人物はお構いなしだった。

「そんな、そろそろあなたの力を教えてくれも良いじゃない! わたしとあなたの仲でしょ!?」

 どんな仲だよ、と胸中で言い捨て逃げようとしたルドヴィカの外套を握り締めてジェーンは訴えてくる。

「ねえって……! あ、それともあっちの方の噂?」

「はい?」

「わたしが聞いた噂、もう一つあったのよ。あっちじゃない? 水晶玉になったカレル様の呪いを解く代わりに、ディックを呪って貰ったって!!おかげでディックがヴェルンにいる限り呪われるって聞いたわ」

「何ですかその噂!!」

 しかも半端に合っている部分があるから質が悪い。

 所詮貴族のお嬢様である。ルドヴィカの外套を握り締めるジェーンの指を引き剥がすと、ルドヴィカは足を速めた。 

「失礼します!」

「あっ! もう、ルシカ!ひどいっ」

 背中に追い縋る彼女の声を聞こえない振りで廊下を駆けながら、ルドヴィカは思う。やっぱり彼女は苦手だ。

 彼女の勢いに押されたのか、頭上のカレルは終始大人しかった。



 そうやって付きまとうジェーンを振り払い、全ての授業を終えたルドヴィカは学務長室に向かった。凄く疲れた。

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