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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 水晶玉がころころと滑らかに動く様をディックの仲間達や、ルドヴィカを詰問していた教師は唖然として見つめている。

 エスキルは当然弟だとわかっている為か、水晶玉がルドヴィカの近くで動きを止めたのを見ても、特に動揺は見せなかった。その代わり、何か物言いたげに口を開きかけたものの、直ぐに閉じた。


 水晶玉が動き回る様を初めて目撃した学務長も、特別動揺した様子はない。


 どのような理屈かは知らねど、学務長は水晶玉の正体を既に見通しているようだ。その理由が、ルドヴィカが水晶玉をカレル様と呼んでいた、なんてディックの証言を根拠にしたものではない事くらいは自分でも容易に想像が付く。


「何の事でしょうか」

 エスキルが口を開いた。彼の表情には、先程までのいたたまれないようなどこか身の置き方に困っている様子は拭い去られている。それどころか、勇ましい顔付きを見せていた。

「こいつはただの水晶玉です、動いていたってのも、俺が魔術で動かしていたんですよ。カレル? カレルは屋敷にいるに決まってるじゃないですか」


 苦し過ぎる言い訳ではないかと、ルドヴィカは思った。

 エスキルにあるのは水の魔術の才だ。水晶玉などの物質に、本来持ち得ない何らかの能力を付与する術は、それこそ呪いによって刻まれた言葉の力でなければ有り得ない。

 言い訳をするのなら、水晶玉ではなく水で造り上げた球体だと言い張った方が未だ信憑性があったのではないだろうか。そんな真似が魔術で有効なのかはさて置き。

 エスキルは余程カレルの正体が明かされるのを阻止したいようだ。妙に意固地になっているようにも思える、公爵家の威信がかかっているのかもしれないが。


「成程」

 不思議な事に、学務長はエスキルのばればれな嘘にも、すんなりと納得したように頷いた。

 ルドヴィカすら疑わしいと思った説明に学務長が騙されるのだろうかと思ったのだが、やはりそんな単純な話ではなかったようだ。


「その魔術の話は初耳だな。風と光の魔術には、瞬間的に物質を空中に浮かべるものは存在したが……自由自在に物体を操作するとは。前例も聞かないきみの術について、詳しく聞きたいものだ」

「あぐっ」

 ただ単に墓穴を掘った形になってしまったエスキルは奇怪な嗚咽を漏らした後、苦虫を噛み潰したような顔をして沈黙した。

 

 そんな甥の反応も見ていないような顔をして、飼い主の傍で落ち着く番犬よろしくルドヴィカの足元で動かなくなった水晶玉を見下ろしながら、一言告げる。


「その水晶玉を、わたしの元へ」

 水晶玉が床から離れ、高く跳ぶ。自分達が攻撃されるとでも思ったのか、学生達が一歩ひいた。つられてか、遠くからこちらを興味深く見ていた野次馬達がどよめく姿も視界に入った。

 彼らの警戒とは裏腹に、水晶玉はふんわりと、重さなど感じていないかのようにルドヴィカの頭上に落下した。またも何か言いたげに、エスキルが口元をひくひくさせたがやはり何も言わない。


 水晶玉はルドヴィカの頭上でなんとなく、心細さを感じる雰囲気の言葉を放った。

『嫌だ。行きたくない』

「行きたくないと仰ってます」

 なんとなくカレルはそう言うような気がしていた。とはいえ、ルドヴィカに何か出来るという事もない。そのまま素直に伝えるだけだ。

「ふむ」

 先程の行動を見るに学務長は水晶玉の正体がカレルと知れたところで、身内だか貴族だかの立場を考慮して、穏和に話を持って行ってくれるような人物とはルドヴィカには思えなかった。抵抗すれば、ルドヴィカ諸共力ずくで抑え込まれるだけだろう。

 


 その予測に反して、学務長はあっさりと引いて見せた。

「よろしい。バレンシス嬢、その水晶玉を預かっていてくれるだろうか」

「良いんですか? わたしが一緒でも……」

「その代わり責任を持つように。決してなくしたり壊してはいけないよ。加えてお願いなのだが、その水晶玉を本日の授業が全て終わった後、わたしの部屋に持って来てもらいたい。良いだろうか」

 あくまでただの水晶玉、といった扱いである。中身は彼の甥である筈なのだが。

「学務長のお部屋にですか?」

「そう。エスキルも一緒に来なさい。良いね」

「……はい」

 限りなく嫌そうな顔をしたエスキルが、ちらちらとルドヴィカの頭を見たり目を逸らしたりしながら答える。弟の事が気になって仕方がないらしい。


「時間は有限だ、そして学ぶ権利は限られた時間の中でもほんの僅かだ。学業に専念なさい」


 その一言で場は解散となり、教師がルドヴィカを含めた学生を蹴散らそうと、声を張り上げる。


 その中にはエスキルもいた筈なのだが、ふと気が付いた時には姿はない。気まずさはあれど、聞きたい事は山程あったのにと思う。カレルを打ち飛ばした棒なんて、一体どこから持ち出したのか。気が付いたら素手だったから、余計にわけがわからなかった。 

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