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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 ルドヴィカより四歳年上のエスキルは、公爵家に生まれた長子という事で常に注目の的だった。

 幼い頃から文武両道で気さくな人柄、そしてとても心優しい事で市民からも慕われていた。父親であるヴェルン公爵に外見こそ良く似ていたが、彼のような、市民に対しての一線をひいた威圧的な雰囲気は全く存在しない。

 公務とは関係なく町中に現れては、貴族が持たない筈の小銭で買い物をしているところをよく見かけた。居丈高に振る舞う事もない、彼の物腰の柔らかい人柄が人々から好意を持たれていた。


 そんな彼は幼い頃早々に魔術の才能があると、神殿の見立てで決定していた。

 魔術とは、自身の言葉や声、視線に魔力を込めて自然現象では起こらない奇跡を発現させる能力だ。使いこなせば自然災害や事故、万が一の諍いでも貴重な戦力と化す強大な能力である事もあって、神からの力の伝道者という神殿のもと、どこの国も魔術師を育てようと必死だった。


 それなのにエスキルには魔術の才能があっても、実力は乏しかった。

 魔術にしても呪法にしても、誰しもどちらかの才能はある。しかしそれが社会で役立つ程の能力かは学び、磨いていかなければわからない。そして学ぶには金がかかる。庶民にとって、才能で食っていけるかどうかもわからない能力に金をかける余裕はない。

 だからこそ潤沢なな資金を投資しながらも、エスキルの才能が開花しないと知られた時の庶民の落胆具合は凄まじかった。幼い頃から領民皆から愛されてきて、きっと名君になると期待されてきた公爵子息が能なしだなんて、と誰もが口にはしないが思っただろう。それはエスキル本人にも伝わっていた筈だ。



「こんな事しか出来ない。どうしよう」

 親しくなる前、そう言って大学近くの文具屋の前でしょぼくれていた当時大学に入学したばかりのエスキルをルドヴィカは目撃した事がある。

 彼の手はびしょびしょに濡れていた。当時は畏れ多くて話しかける事などとても出来なかったが、後になって聞いたところによると頑張って頑張って、漸く手のひらに喉が潤う程度の水が出て来た、との事だ。


 エスキル自身は勉学にも熱心だったが、それと魔術の能力を高めるかはまた別の物らしかった。


 当時既に度重なる呪いの結果捻くれていた十四歳のルドヴィカだったが、エスキルの情けない様子に何故だかひどく心惹かれた。王に連なる血を持つ方がなんと情けない、とは不思議と思わなかった。

 寧ろ彼のような恵まれた血筋を持ち、勉学に不自由しない環境があっても、それでも報われない事もあるのかと驚いた。



 それは解呪の才能を認められ、その希少さを磨く事もせずに終わらせるには惜しいと、大学側からも乞われて進学したルドヴィカにはきっと、本質的には理解は出来ない。


 庶民でありながらも大学で一心不乱に学ぶルドヴィカに、近付いてきた学生はエスキルを含めほんの僅かだ。


「俺は才能がないんだよ」

 ある時ルドヴィカに彼はそう言った。何時も明るく笑っている彼の、厳しく重たい表情を見たのは初めてだった。

 解呪、という王族はおろか法術の専門家が集う神殿にすら所属している人間はいないという才能を持ったルドヴィカに、一体何が言えただろう。

 黙って彼の言葉の先を待つルドヴィカに、エスキルは自身の両手を握り締める。悔しさか嫉妬か、どのような感情がそこにあるのかはルドヴィカにはわからない。

「カレルが羨ましい。俺は長男でありながら、あいつにはかなわない」

 エスキルにとってその事実は貴族や庶民より、ずっと重たくのしかかってきていたのだろう。しかしルドヴィカは庶民の上、跡目争いに縁のない女である。更にはエスキルとは反対に、庶民でありながらも希少な才能と能力があった。気休めに何が言えるか。

「すまん」

 黙った儘のルドヴィカに彼は取り繕った笑顔を浮かべた後、続けた。

「困らせたよな。だけど、ルドヴィカに聞いて欲しかった」

 彼がどのような意図で、ルドヴィカに弱音をさらしてくれたのかはわからない。庶民の子供なら些細な嫉妬で済むかもしれないが、彼の立場ならこの発言をあげつらってどのような話を立てられるかわかったもんじゃない。口にするべきじゃないのはわかりきっていた。

 それでも聞いて欲しかった。その言葉が、誰にでも朗らかで笑顔のイメージの強い彼の本音が、ルドヴィカの心に深い釘を打ち付けたように抜けなかった。



 彼の事が支えられるのならば、その役目を請け負いたかった。それは、公爵家だからとかなんて理由じゃ絶対にない。


 屈辱に唇を噛み締めた。

 呪われて、侮辱される。好意を持った相手はあっさり自分を弟を助ける為の道具にした。

「ルドヴィカに聞いて欲しかった」彼の言葉が頭から離れない。

 そんな彼の思いに絆され大学にも口止めされていたのに、解呪について話してしまった。自分の愚かしさに涙も出ない。

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