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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 彼らからすればルドヴィカ一人に面倒な事や、公にするには荷が重い問題全てを背負わせ、潰すのが最良の手段だろう。

 出来る事ならエスキルがこの場にいた事実も抹消し、庶民の小娘の暴走の結果罪のない学生が傷付けられた事にしたい筈だ。何せ大学内とはいえ、留学生に対して問題を起こしたのだ。出来る限り最大限問題を縮小させ、外交問題に発展するのを避けたいのだろうが、ルドヴィカは彼らのようなお偉方の政策外交に気をまわすつもりは一切ない。

 

 ルドヴィカにとって今一番優先すべき事は、カレルを探し出す事である。

 考えるまでもなく、水晶玉の姿で不自由しているカレルが騒ぎになるとわかっていて、ディックを攻撃したのはルドヴィカを守る為であろう事は明らかだ。例え呪いを解く術を持つ人間だから、という下心があったとしてもルドヴィカにはその恩義に報いる義務がある。

「取り調べならまた後で伺いますよ。逃げも隠れもしません、まあ今後追及されたとて、今エスキル様が仰った事が全てですけど。それより、今は優先すべき事が他にあるんじゃないんですか?」

 自分に出来る精一杯のはったりを、薄ら笑いを浮かべながら述べてみた。嘘は嫌いだが、カレルの身の安全を捨ててまで守る信念ではない。

「何だと……」

 教師の落ち着かなげな怒りが自分へ向けられても、怯まなかった。カレルが心配で、それどころではない。

「この後わたしも授業があるので失礼します。ご用なら改めてお申し付けください」

 エスキルが庇ってくれたお陰で、今のルドヴィカは一切の否は存在しない事となる。これ以上こちらを拘束する謂れは、大学側にだってあるまい。


 下町の者、それも小娘に言い負かされたのが気に食わないのか、わなわなと肩を震わせる教師を置いて次の授業があるので、とその場を辞する事にする。本当の目的はカレルを探し出す事だ。

 ルドヴィカの近くにいたのは教師とエスキル、それにディック・エイドの仲間達だけだ。

 自分達からかなりの距離を取って、騒動の主軸を見据えんとする紳士淑女の群れが突然、爆竹を投げ込んだかのように左右に割れると、大きな体躯からは想像付かない優雅な足取りで一人の男が姿を現した。


 周囲の人間よりも頭一つ抜けて背が高く、初めて見た時と変わらず外套を着ていても厳つい印象だ。身体つきが大きくともだらしなく太って見えないのは、その姿勢や細く鋭い眼差しを中心として、彼の顔付きの精悍さ故だろう。

「……伯父上殿」

 おや、と傍らに立つエスキルの顔を見てちょっとした違和感がルドヴィカに生まれた。

 学務長が現ルーフスの国王の兄弟だとはなんとなく、噂程度に耳にした覚えはルドヴィカにもあった。

 国王の兄弟だという事は、その儘学務長は国王の弟であるヴェルン公爵の兄弟、つまりはエスキルの親戚筋にあたる。


 人懐こい反面エスキルは感情的な性格で、喜怒哀楽がわかりやすい。

 彼の伯父に向けた視線は溌剌とした、明るい表情とはかけ離れている。声にも先程のような堂々とした、強さのようなものが感じられない。

「エスキル」

 学務長の一言でエスキルは叱られる寸前の子どものような、バツの悪そうな目をしてあらぬ方を見つめている。

 もしかして、エスキルは学務長に対し良い感情を抱いていないのだろうか。

「伯父上。問題は解決しました。おいでいただくような、大袈裟な事はないです」

「それは安心した」

 一つに結ばれた長い金髪は、針金のように彼の背中を流れていき話している間、ほんの少しの所作にも揺れる事はない。

「大袈裟な事にならないなら、兄上にも友好の場で話しても構わないね? エスキル」

 兄といえば、国王を指してるとわかってルドヴィカは絶句する。何だかとんでもない事になりそうだ。

「……」

 何か言いたげにエスキルはあらぬ方を見つめている。その方向に彼が助けを求める誰かがいるのかと、ルドヴィカも追って視線の先を追うも、天窓から日光がきらきらと降り注ぐだけだった。


「わたしのもとへ報告に来てくれた教師が、カレルと名乗る水晶玉をエスキルが投げ、ディック・エイドが負傷したなどとわけのわからない事を話していたのだが、どこまでが本当の事か説明して貰えるかな」

 そりゃあ、昼間の食堂で騒いでいたのだから学務長まで話が行くのも頷ける。それにしても、話が微妙に曲がって伝わっている気がしてならない。

「カレルなんて……いる訳ないじゃないですか。あいつが今、屋敷から出る筈がないと伯父上殿もご存知の筈でしょう」

「ふむ。エスキルがそう言うならそうなのだろうな」


 弱腰なエスキルの反応を見るに、学務長は一筋縄でいかない厳格な人物かと思っていたのだが、意外にも彼はあっさりとエスキルの言葉に納得して見せた。


 面談の場で初めて対面した時にルドヴィカ自身も感じた事だが、学務長は口調や物腰は落ち着いており、威圧的な言葉遣いなどもないのに、相対していると重たくのしかかるような緊張感が纏わりついてくる。

 彼の顔付きや、大きく迫る外見が他者に威圧感を強いるのだろうか。


「それでは『彼』はカレルとは無関係だという事だね」

 彼が指差した方向はルドヴィカの足元、傍に置いてある麻袋だった。

「え……あっ!」

 気が付かなかった。麻袋が、拳よりひとまわり小さい程度の大きさに膨らんでいる。

 カレルだ。てっきりディックに一撃食らわせた後は行方不明になったかと思っていたが、彼は自由に動けるしカレル自身の思考は働いているのだ。ほとぼりが冷めるまでルドヴィカの近くに潜むのが最善だと考え、行動するのは自然な事だ。

「ああっ!?」

 エスキルも膨らみの正体を悟って叫んだが直ぐに口を抑えたのを見て、ルドヴィカも自分がしでかしたと悟った。反応するべきではなかった……いや、無反応を貫いても既に学務長に気付かれているのだから、最早何の意味もない。

 会話は全て聞こえていたのだろう。水晶玉が直ぐに袋の中を動き出すのが、膨らみが移動するのを見てわかった。逃げるつもりだ。


「まわれ。くだれ、そろっておちろ」


 平坦な声。重たく腹の底に響くようなそれとともに、麻袋の周囲四方を光が包み込んだ。

「え……なにっ!?」

「光の魔術だ」

 ルドヴィカの言葉に答えたのは、エスキルだった。彼は天窓を指差して見せる。

 明るい光が、方向性を伴い落ちてきている。光の束が柱のように麻袋を包みこんでいた。

「動かなければ、害はないよ」

 学務長はルドヴィカとエスキルのやり取りには関心はないらしく、水晶玉の姿をした甥に向けての言葉にしては冷淡にも聞こえる、静かな問いを麻袋に向けた。 

「ただし、僅かでも動けば光の柱に焼かれるだろうね。素直にこちらに来なさい」

 光の柱の一部がゆっくりと、麻袋に道を作るように下り始める。

 じり、じりと水晶玉が麻袋から姿を現した。誰かの動いてる……といううめき声がルドヴィカの耳に届いた。

「エスキル。ハガラズに伝えておきなさい。隠しきれないと」


 こつん、と光の柱から解放された水晶玉がルドヴィカの足元で小さく、申し訳程度に跳ねて見せた。


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