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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 それからはもう大騒ぎだ。

 ルドヴィカだけが面倒な目に遇うのならば、食堂にいた学生も皆見なかった振りのひとつもしてくれるだろうが、加害者とはいえ学生が昏倒した現場に居合わせたらそうもいかない。


 しかもその直前にエスキルが大層な剣幕で暴れたものだから、余計に騒ぎが大きくなって収集もつけようがない。

 遠目に様子を窺っていた目撃者にも異常事態なのは明らかで、彼らに口外禁止を言い含めるにも、まず何があったかを大学側も把握せねばならない様子だ。何せあの労働階級、庶民にも親切で平等に接するエスキルが、尋常ではなく起こり狂っているのだからただ事でない。


 遠巻きに見ていた学生が伝えたのか、教職員が何人かやって来ると事情聴取の運びとなり、ルドヴィカにエスキル、それにディックの仲間が食堂の一角に集められた。

 現れたのはルドヴィカの父親よりも年上だと思われる壮年の男性教師だ。恐らくどこかですれ違ってはいるのだろうが、魔術の教師なのだろうルドヴィカには見覚えがない人物である。

 

 その場にいた全員への事情聴取とは言っても、事実上ルドヴィカ一人の取り調べだ。

 何しろこの場にいたディックの仲間達は、ルドヴィカの傍から飛び出した水晶玉が彼に攻撃を繰り出した光景を目撃している。


「彼らの証言により、きみが謎の球体を操りディック・エイドに暴行を加え昏倒させたというのは間違いないか。しかも、その球体は呪いによって姿を変えられたカレル様だと言っているようだが」


 ディック本人はショックが強く、また怪我もしていた為に手当の為に他の教員によって運ばれて行った。

 その際に取り調べが行われており、ディックは自分が知っている事が事実だと判断し、そしてぺらぺらと喋ったのだろう。ふてえ野郎だ、とルドヴィカは胸中で毒づいた。

 魔術には人体を修復するものも存在している。手当と魔術が重なれば、ディックは直ぐに回復するだろう……精神的なショックについては、ルドヴィカは知った事じゃない。

「ルドヴィカ・バレンシス。間違いはないか?」

「……」

「答えなさい」

 どうやら黙秘を貫いてもいけない状況のようだ、しかしうまい言い訳も思い付いていない今、水晶玉になった公爵家のお坊ちゃんを拐かしたなんて客観的な事実を認め日には、どんな未来が待っているかわかったもんじゃない。

 とはいえ隣にエスキルもいるので、あれはカレルではないという言い訳は通用しない。完全に追い詰められている。


 本音を言えばこいつらを無視して今直ぐカレルを探しに行きたいのだが、それを許してくれるようには見えない。

 領主様の息子を誘拐したとなれば、死罪とまでいくのだろうか。ルドヴィカのいい分は聞いては貰えないだろう。

 答えないルドヴィカに、やや苛立ったような教師の言葉が追いかけてくる。

「これ以上の沈黙は肯定と取る。本当に言うべき事はないのか?」

「待って欲しい」


 うまく回らない頭に必死で打開策がないかと、纏まらない思考をこねくり回していたルドヴィカの隣でエスキルが口を開いた。


「エスキル様?」

「この度は俺の不徳の結果なんだ。あの水晶玉も俺の持ち物だ。彼女は関係ない」

 無理がある言い訳だ。教師も信じているようにはみえず、寧ろ相手の立場があるからと折れる気配はない。

 というか、何故エスキルはルドヴィカを庇うような事を言うのだろうか。彼にとっても、ルドヴィカは弟を誘拐した犯人にしか見えない状況の筈だというのに。

 不快そうに教師は眉を顰めた。厄介な事態を面倒がってるのは見て取れた。

「我々は学び舎の平和を維持する義務があり、幾ら公爵家が出資していようがそれに仇なす者には、それ相応の罰を与える事を厭わない。それを理解した上で、仰っておられるか」

「勿論だ」

 一瞬眉を顰めると、エスキルは視線でルドヴィカを示す。

「彼女が連中から不当な扱いを受けていた為に、つい先走った。やり過ぎたのは反省しているが、平和の維持をうたうのなら、俺と同じようにルドヴィカに暴言、暴行を行った人間にもそれ相応の罰を与えてくれるか」


 彼の視線は、目撃者の為に食堂のこの片隅に留まっているディックの仲間達に向けたものだ。

 彼等はエスキルに睨まれ、恐れをなしたのか怯んで見せた。恐れているのはエスキルではなく、彼の背後にある自分達では敵わない権力に対してなのだろうが。


 エスキルがルドヴィカを庇うのは何故か。彼も弟にかけられた呪いを解きたいと思っているのならば、解呪の手段を持つルドヴィカが罪に問われて、カレルを救える可能性が減るのを避けたいのだろうか。

「そうですね。見てください、外套がこんなに傷んでます。あいつ……こいつらにやられたんですよ。今まで黙って見てましたけど、どうしてくれるんですか」


 考えた結果、ルドヴィカはエスキルに話を合わせる事にした。彼がルドヴィカを被害者側に持っていってくれるなら、水晶玉の件はうやむやに出来るかもしれない。

 外套の襟周りや、細やかな刺繍の金の糸が解れており、生地そのものもくたりと皺がよっている。それを示して見せると、衣服の金額を考えたのか、それとも法術の名を冠する大学の最高峰の制服を汚された不快さからか、教師も渋い表情を見せた。


 ルドヴィカが睨みを効かせると、連中は露骨に不快気な反応を見せた。それに畳みかける。

「これまでも嫌がらせも散々食らってきたけど、教職員は何もしてくれないどころか、一緒になっていびってきました。それについてはどうお考えで」

 今度は教師が返答に窮し、黙り込んだ。


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